部屋を出ると、そこはすぐ外で客用の小屋のようなものだった。東アファーデ湖村は湖畔にこじんまりとした家々が並び建っている。ラーシュ村長の言葉通り、湖とは別に小さな池が点在していた。
村民の多くは池の水を生活水として使っているようだ。
小高い丘には紹介された釣りギルドらしき小屋が建っているようで、メンバーらしき者たちが何度も出入りをしている光景が見られる。村の外の東側には海らしき波の音も漏れ聞こえていて、釣り人には最高の村と言っていい。
太陽の陽射しをまともに受けたこの村では、村長と似た格好の若者が多く見られる。移り住んで来たと言っていたが、旧湖村の生き残りという訳では無さそうだ。
「ふふっ、どうです? のどかな湖村でしょう?」
「そうだな。実在していて何よりだ」
「当たり前ですわ。妙な体験をされたと思いますけれど、現実をお確かめされては?」
「……もちろんだ」
ミルシェがいるというだけでこんなにも安心出来るのはいつ以来だろうか。
後はあの二人の行方が気がかりだが……。
「あっ、アックさん! ミルシェさんとのお話はお済みになりましたか?」
「おかげさんで」
ちゃんと話をする時間を与えてくれたわけか。
「それでは、早速ギルドへ向かいますか?」
「ぜひ」
「あたしはシーツを洗ってきますわ。アックさま、どうぞごゆっくり」
「ああ、ありがとうな!」
ミルシェはこの村に相当慣れているようで、おれたちが寝ていた小屋に戻って行く。
「そういえばラーシュ村長がギルド長です?」
「あははっ、ラーシュで構いませんよ。村長と言っても大したことしてませんから。ギルド長でもありません」
「なるほど」
「メンバーは全部村の人間です。ギルド長などではありませんが、リーダーはいますよ。リーダーに教わりながらスキルを磨いていくのがいいと思います」
ラーシュの後ろをついて行きながら小高い丘の小屋に着いた。小屋の目の前には桟橋があり、竿やボート、バケツなどがいくつか置かれている。
これは確かにやりがいのありそうなギルドだ。
「ニャ~? 新入りかニャ?」
「おぉ! 待ちに待った新人! これでようやくラクルに対抗出来る!!」
ん?
ネコ族の声がする。シーニャのように見えたが種族そのものが違うな。あと一人は大柄な男だが人間だろうか。メンバーと言っても二人だけらしいな。
「シャトンとセゴン! 紹介するよ。彼が新メンバーのアックさん」
「シャトンですニャ! アックはお魚ダイスキ?」
「まぁまぁだ」
「オレはセゴンってんだ。ラクルの連中には負けねえぜ!」
「どうも」
ラクルの名前が頻繁に出て来るがあの町で何かあっただろうか?
あの町には倉庫ギルドしか無かったはずだが。
「アックさん。ラクルは倉庫の町であり、港町でもありますよね?」
「あぁ、そうですね」
「アックさんはあまりお戻りになっていないようですが、ラクルも釣りギルドが設立されたみたいでして。この湖村とラクルとで大物釣りを競うようになったんですよ」
そういうことか。少なくともおれが働いていた時は倉庫ギルドしか存在しなかった。それがまさかの釣りギルドとなれば、頻繁に話に出るのも無理はない。
「いつの間にそんなことに……」
「ですので、アックさんもこの湖村にいる間だけでもアファーデギルドで大物を釣り上げてください!」
「ですね」
「また後ほど!」
ラーシュは満足げな顔でこの場を後にした。倉庫の町に自分の拠点があるとはいえ、ギルドが出来ていたとは驚きだ。
「はい、竿ニャ。アック、釣り分かるニャ?」
「それなら経験済みかな。え~と、シャトンはネコ族?」
「そうですニャ。お魚ダイスキニャ! たくさん釣って欲しいニャ」
「頑張ってみるよ」
「ニャ!」
何だかシーニャに会いたくなってきたな。ルティと二人で今頃どこにいるのやら。
「アック……でいいか? 今日は大物釣りの集計日だ。出来ればすぐに大物を釣ってくれ!」
「そんな簡単には……」
「なぁに、糸を垂らすだけで釣れるはずだ!」
そんなに簡単じゃないと思うが。シャトンというネコ族とセゴンは、それぞれで竿を振り始めている。経験済みということで特に難しいことを教わることなく、おれも竿を振り下ろした。大物狙いのせいか、釣り上げの声はあまり聞こえてこない。
予想以上に退屈な時間が続いている。合成ギルドや鉱石ギルドと違って全く動きが無いのも原因か。退屈で眠ってしまいそうな時間が経ったそんな時だった。
何やらかなり離れた所から、『ニャニャニャ』などと騒ぐ声が聞こえてくる。どうやらおれの竿に強力な引きがあるようで、シャトンが教えてくれたらしい。眠りかけていたが、相当な大物らしく久しぶりに力を使う時が訪れた。
そして、
「ぐんぬぬぬぬぬぬ……!! どぉぅりぃやぁぁぁぁ!」
滅多に出すことの無い気合い声と同時に、勢いのまま竿を引き上げた。
どうやら大物を同時に二匹釣り上げたらしい。
だがそこにいたのは――
「――って、シーニャとルティ……!?」