セリオはリゼリアの言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。
——息子?
「……今、なんと?」
思わず聞き返すと、リゼリアは淡々と告げる。
「だから、お前の息子がいるのよ。私とお前の間に生まれた子が」
その口調はいつもの無機質なものだったが、彼女の赤い瞳の奥には、微かな感情の揺らぎがあった。
だが、セリオの思考はそれどころではなかった。
「俺の……子供……?」
「そう。カイという名よ」
名前まで告げられ、セリオは言葉を失った。
彼がリゼリアと初めて出会ったのは、生前のことだった。敵同士として剣を交え、そして彼は彼女を討ったはずだった。
——だが、リゼリアは不死の術によって蘇り、俺を蘇らせた。そして、俺は二度目の死を迎え、またこうして復活している。
その間に、子供が生まれていた。
——俺の子が。
思考がまとまらないまま、セリオは静かに問いかけた。
「……なぜ今まで言わなかった?」
「言う必要がなかったからよ」
リゼリアはあっさりと言い放つ。
「お前は復活するたびに記憶を失っていたし、言ったところで何になるの?」
「……それは、そうかもしれないが……」
セリオは額に手を当て、大きく息を吐いた。
リゼリアは彼を見上げながら、静かに続ける。
「……それに、お前が覚えていないとしても、カイはお前を”父親”だと思っているわ」
セリオの胸が、妙に締めつけられる感覚があった。
——俺を、父親だと?
その言葉の意味を噛み締めるよりも早く、リゼリアが小さく息を吐いた。
「……とにかく、今から会わせるわ。お前はお前なりに対応しなさい」
セリオが返答する間もなく、リゼリアは転移門に消える。
ややあって、門から二人の人影が現れた。
一人はリゼリア。もう一人は、少年だった。
年の頃は、十歳前後だろうか。
黒髪はセリオと同じく短く、瞳は深い青。
——まるで、自分の幼い頃を見ているようだった。
少年はセリオを見つめ、少しの間、動かなかった。
そして、ゆっくりと歩み寄り、
「……父さん?」
その一言が、セリオの胸に突き刺さる。
記憶にないはずの存在。しかし、目の前の少年は確かに、自分を”父親”と呼んだ。
セリオは何か言おうと口を開くが、適切な言葉が見つからない。
そんな彼の様子を見て、少年——カイは、不安そうに顔を曇らせた。
「やっぱり……覚えてない、んだね」
セリオの沈黙が、答えになってしまったのだろう。
カイは少しだけ視線を落とし、しかしすぐに顔を上げた。
「でも……それでもいいよ。母さんから聞いてた。父さんは、いつも忘れちゃうんだって」
「……」
「でも、何度でも、僕の父さんになってくれるんでしょ?」
無邪気な問いかけに、セリオの胸が締め付けられる。
この少年は、どんな気持ちで”父親”を待ち続けていたのか。
自分はそれに応えられるのか——?
セリオは迷いながらも、そっと手を伸ばした。
「……ああ。俺は、お前の父親だ」
そう言うと、カイの顔がぱっと明るくなった。
「本当!? じゃあ……抱っこしてくれる?」
「え?」
「僕、父さんに会ったら、一度でいいから抱っこしてほしかったんだ!」
カイは無邪気に両手を広げる。
セリオは戸惑いながらも、そっと彼を抱き上げた。
——軽い。
これほど小さな存在が、自分の子供なのかと、実感が湧かないままに思う。
だが、カイは満足そうに笑って、
「やった! 父さんの腕、すごく大きい!」
そう言って、嬉しそうに頬を寄せた。
セリオの胸に、じんわりと温かいものが広がる。
彼はまだ”父親”である自覚を持てていない。
それでも——
「……これから、よろしくな、カイ」
「うん!」
少年の笑顔を見て、セリオは初めて”父親”としての覚悟を、ほんの少しだけ自覚したのだった。
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