第8話:執事の告白
「……どなたですか」
蒼真の声は、いつもより少し低かった。
藍琉は答えない。
ただ彼を見つめる。
沈黙。
時計の音だけが響く。
やがて蒼真が口を開いた。
「お嬢様」
「なによ」
「それ以上は、お聞きしない方がよろしいかと」
胸が痛む。
「……なんで」
「私は執事です」
その言葉は、刃みたいだった。
「お嬢様の恋愛に踏み込む資格はございません」
藍琉の目に涙が滲む。
「……逃げるの?」
蒼真の表情が揺れる。
「違います」
「じゃあなんでよ!!」
感情が溢れる。
「私が誰を好きでもいいの!?」
沈黙。
蒼真は答えない。
藍琉の心が壊れそうになる。
その瞬間。
「……よくありません」
小さな声。
藍琉が顔を上げる。
蒼真は拳を握りしめていた。
「よくないに決まっています」
呼吸が乱れている。
「お嬢様が他の男性を想うなど」
声が震えていた。
「耐えられません」
世界が止まる。
「……え」
蒼真は目を閉じる。
「申し訳ございません」
「ちょっと待って」
「本来なら申し上げるべきではない」
彼は一歩近づく。
「ですが」
そして――。
まっすぐ藍琉を見た。
「お嬢様」
心臓が壊れそうなくらい鳴る。
「私は」
一瞬の沈黙。
「あなたをお慕いしております」
時間が止まる。
「……え」
理解が追いつかない。
蒼真は続ける。
「執事としてではなく」
「一人の男として」
藍琉の視界が揺れる。
「ずっと前から」
声が震えている。
完璧な執事が、初めて弱さを見せていた。
「ですが」
彼は苦しそうに言う。
「身分が違いすぎる」
胸が締めつけられる。
「お嬢様には、もっと相応しい方が」
その瞬間。
藍琉が彼の胸ぐらを掴んだ。
「うるさい」
蒼真が目を見開く。
「私が好きなのはあんたなの!!」
涙がこぼれる。
「身分とか関係ない!!」
呼吸が震える。
「勝手に決めないでよ!!」
蒼真の思考が止まる。
藍琉は泣きながら言う。
「好きなの……」
その言葉に。
蒼真の理性が崩れた。
次の瞬間。
彼は藍琉を強く抱きしめていた。
「……お嬢様」
声が震える。
「後悔しますよ」
「しない」
「私はあなたを手放せなくなります」
「いい」
藍琉は彼の胸に顔を埋める。
「最初からそのつもり」
沈黙。
そして蒼真は小さく笑った。
「……敵いません」
彼は優しく言う。
「愛しております」
藍琉の心臓が跳ねる。
「……もう一回言って」
「愛しております」
「もう一回」
蒼真は微笑む。
「何度でも」
二人の距離は、ついに越えてはいけない一線を越えた。
執事とお嬢様。
主従関係だった二人は――。
恋人になった。
しかし。
まだ大きな問題が残っている。
婚約。
家。
身分。
そして未来。
物語は、ここから最大の試練へ進む。