夕方、夏菜とともに屋敷に帰った有生は、
今日も夏菜と同じ部屋か。
どうしたらいいんだろうな、と緊張していた。
すると、銀次と雪丸と他の弟子たちがやってきた。
「今日は加藤さんに代わり、我々がお手合わせをっ」
と意気込んで銀次が言ってくる。
「あっ、私も参加したいですっ」
とそれを聞きつけた夏菜も一緒に夜のトレーニングが始まった。
疲れ果てた有生は、布団を廊下に出す気力もなく、障子の近くまで引きずっていって寝た。
翌日も仕事のあと、みんなで運動し、同じ釜の飯を食い、夜は疲れて爆睡する。
そんな生活が続いたある日、
「おはようございますっ、若っ」
と黒木たちの呼ぶ『若』が移った銀次に朝、挨拶されて、
「おはよう。
今日も頑張ろう」
「オスッ」
などと体育会系な会話をしたあとで、有生は、ふと、正気に返った。
……なにをやってるんだ、俺は。
俺は夏菜とラブラブ同居生活をするために此処に来たんじゃないのか?
いや、あいつとラブラブになりたいわけではないのだが……。
健康的で充実しているし、夏菜との仲も深まった気がするが。
なにかが違うっ。
深まりようも違うっ、とようやく気づいた金曜の朝。
「御坂社長、総帥がお呼びです」
と加藤が呼びに来た。
出社前だが、夜が明けるころに起きる習慣がついていたので、時間はまだたっぷりあった。
頼久は広間で待っていた。
その前に正座すると、突然、
「よかろう。
免許皆伝だ」
と言われる。
……いや、なんのですか?
まだそんなに修行してませんけど。
っていうか、修行しに来たわけじゃないんですが、と思ったとき、頼久が言った。
「お前を夏菜の夫として、正式に認めようという意味だ。
お前は此処でも充分やっていける人材だ。
まあ、別に結婚後は此処に住まなくてもいいがな」
「えっ?」
「わしはまだまだ現役だ。
お前たちの子どもが後を継いでもよいし。
道場の方は、誰が能力のある者が他にいれば、そちらに継がせてもよい。
結婚前に一緒に住むのはどうかと思ったが。
こういう感じの共同生活なら、まあ悪くないかと思ってな。
わしもお前という人間がよく見えたし。
夏菜にもよく見せてやってくれ」
「……は?」
「ずっと職場と道場の往復では疲れるだろう。
週末は夏菜とお前の家で過ごしていいぞ」
「ほ、ほんとうですか?」
「結婚して話が違う。
あんな男とは思わなかったとか言われても困るからな」
……なにか娘さんとかに言われたことがありそうですね。
「一緒に住んだら、相手のアラも見えてくるだろう」
見せたいんですか。
っていうか、すでにアラだらけですけど、お宅のお孫さん。
なのに、可愛いとか思ってしまったりするので、自分の中のなにかが重症なようだ、と思ったとき、
「ただし」
と頼久に睨まれた。
「夏菜には手を出すなよ。
同じ部屋にしても手を出さなかったから、お前を信用して同居させるんだからな。
いいか。
くれぐれも言っておくぞ。
一緒に住むのなら、絶対に夏菜には手を出すな」
実は、夜な夜な天井裏から俺を見張っていたのだろうかと思いながら、有生は言った。
「じゃあ、一緒には住まない方向で」
「なんでだ」
「いや、住まなければ出してもいいのかと」
とうっかり言って、頼久に、
「……いいわけないだろう」
と睨まれてしまった。
俺の家に住んで大丈夫だろうかな。
セキュリティはしっかりしてるから、今のところ、家で襲われたことはないのだが。
車の中で、有生は迷いながら、夏菜を窺っていた。
俺を狙ってくるやつは怖くないけど、お前に拒絶されるのが怖いと思っていたが。
今は、お前とラブラブ新婚生活をする前に刺されたりするのが怖いな。
少し強引な手段は控えよう、と仕事の手法について考え直しながら、有生は言い出すタイミングを窺っていた。
すると、ハンドルを握る黒木がらしくもなく、チラチラこちらを窺っていて、いつもほど落ち着きがないのに気がついた。
何処かに刺客がっ?
と身構えたが、違ったようだ。
黒木が夏菜がこちらを振り向くタイミングで、今ですっ! とばかりに、カッと目を見開き、驚異の目力で訴えてきたからだ。
……恐ろしい男だ、黒木。
なんの話もしていないのに、何故、俺が夏菜に言い出しかねていることがあるとわかるっ。
指月がいたら、
「いや、今の社長の様子を見たら、誰でもわかりますよ」
と言い、雪丸がいたら、
「今日は僕でもわかっちゃいましたよー」
と言っていたことだろうが。
「な、夏菜……」
はい、と夏菜が自分を見上げてくる。
ものすごく嫌な顔で拒絶されたらどうしたらっ?
と思いながらも、有生は口調だけは淡々と夏菜に言った。
「さっき、お前のおじいさんに呼び出されて、週末は俺の家で二人で過ごせと命じられた」
命じられたを少し強めに言ってみる。
が、案の定、夏菜は、えーっ? という顔をした。
週末は有生の家で過ごすよう命じられたと聞いて、夏菜は思いきり、嫌な顔をしてしまった。
ええーっ。
今、みんながいるから、なんとかやってるけど。
まるきりの二人きりとか緊張してしまうではないですかーっ。
「な、なんで、週末は二人だけなんですか?」
「結婚前に二人で暮らしてみた方が、お互いのアラが見えていいだろうとお前のおじいさんに言われたからだ」
「そ、それは、アラを見つけて、結婚するなと言うことですかね?」
「いや、そうじゃないだろ」
と言った有生は、
「お互いの嫌な面を見つけても。
歩み寄って生活していけるよう、結婚前によく準備をしておけということじゃないのか」
そう力説し始めた。
気のせいだろうか。
社長は、この結婚に乗り気になっている気がする。
一体、なにがあったんだ……と思いながら、夏菜は訊いてみた。
「社長、なにか積極的に私と結婚したい理由でもできたんですか?」
ただ純粋に、不思議に思い、そう訊いてみただけだった。
だが、有生は動揺し、
「た、祟りがあるからだ」
と言ってくる。
いや、あなた、最初にないって言いましたよ……。
私には言えないなにかがあるのだろうな。
仕事の関係かな。
お父様の要人警護を派遣する会社とつながりがあると知れた方が、命が狙われにくいとか?
そんなことを考えながらも、夏菜は断ろうとした。
「でもあの、いきなり社長の家で暮らすっていうのは、ちょっと」
だが、その言葉を遮るように有生が言ってくる。
「しかし、すでに俺はお前の道場で暮らしている。
さっきも言ったろう。
お互いのアラを見つけても、そこにこだわっていては結婚生活は続かない。
お互いが歩み寄らなければ。
俺の方は、すでにお前に歩み寄っているじゃないか。
お前もなにか歩み寄れ。」
あの、その言い方だと、道場が、私のアラになってしまうのですが……、
と思いながらも、
でも確かに。
一方だけが不利益をこうむるのはよくないな。
けど、社長の家で暮らすのは遠慮したいな~と考えあぐねた夏菜は、
「え、えーと。
じゃあ……、中間地点で」
と言ってしまう。
友だちと待ち合わせるのに、
何処にしようかー。
じゃあ、まあ、中間地点で、とか言っていたときの癖で、つい、そう言ってしまったのだ。
「……いいだろう。
わかった」
と有生は頷いた。
「明日までに何処か、いい住まいを確保しておく。
うちと道場の中間地点でな」
……よく考えたら、中間地点でも、何処でも、二人きりになことには変わりはなかったですね。
なにを緊張して、動揺してしまっていたのでしょうか。
きっと道場と同じような生活が続くだけなのに。
そう夏菜は思っていた。
「へえー。
夏菜さん、ついに社長と二人で暮らすんですかー」
秘書室で上林が夏菜に言ってくる。
「しゃ、社長の家でじゃないですよ。
何処かお互いの家の中間地点でですよ」
と言いながら、特に意味のない言い訳だな、と夏菜自身思ってはいた。
「社長はそのお住まい、もう探されたのか?」
とノートパソコンから目を上げ、指月が訊いてくる。
「いえ、さっき決まったばかりの話なので」
と夏菜が言うと、
「どの辺なんですか?」
と上林が興味津々訊いてきた。
ちょうど有生が社長室からやってきたときだった。
有生が中間地点と思われる場所を上林に告げると、上林は、
「あ、うちの家なら、その中間地点にありますよ」
と言ってきた。
有生が言う。
「あってどうしろと言うんだ。
お前の別居中の奥さんとお子さんが住んでる家だろうが。
間借りしろと言うのか……」
いやいや、言ってみただけですよ~と上林は笑っている。
上林と有生が話しているのを見ながら、指月が夏菜に言ってきた。
「いつからだ?」
「は?」
「社長と同居するのは」
「あ、はい。
明日からだと思います」
それを聞いた指月は少し考える風な顔をし、ぼそりと呟いた。
「……ならば、その前に行かねばなるまいな」
えっ、何処に?
と思ったが、指月が、
「社長」
と仕事の話をしに行ってしまったので、話はそのままになってしまった。
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