テラーノベル
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翌朝、着替えを終えて最初にリビングに出たのは阿部だった。
💚「あれ? 俺が一番だ。舘様か照は起きてると思ったんだけど……何か紅茶でも淹れようかな」
キッチンに行くと、初日に宮舘が教えてくれたものよりも種類が多く、その中からレモンバーベナというものを取って淹れる。
一口飲むと、レモンのようなシトラスの香りが広がり、すっきりとしているけれどほのかな甘みを感じるものだった。
それから岩本が起きてきて、深澤が起きてきて、ラウール、向井と起きてきたのだけれど、いつも先に起きてくる宮舘はまだだった。
💜「舘さん、珍しく遅いね」
💚「うん。俺が起きてからもう、1時間くらい経つよ。ちょっと様子見て来ていいかな」
💜「いいんじゃない? 阿部ちゃんが行っても怒らないと思うよ」
それなら大丈夫かと、宮舘が寝ている山側の部屋の一つをノックする。
💚「舘様ー?」
返事はない。
もう一度、ノックをする。
💚「舘様、入るよー」
静かに中に入ると、宮舘はまだベッドで寝ているところだった。まだ、今日の見回りの時間まではある。けれど、きっちり準備をする彼のことだから、あまり遅く起きるのは本意ではないだろうと近づき、トントンと肩を優しく叩く。
💚「舘様、朝だよ」
反応がない。
おかしい。
💚「舘様? 起きて」
少し揺さぶってみる。けれどやはり反応はない。そこで阿部はハッとし、慌ててドアの方からラウールの姿を探した。
💚「ラウ、来て! 舘様が起きない!」
その声にリビングがざわつき、慌てたように道具の入ったバッグを持ったラウールが部屋の中に入って来た。
すぐにモノクルをかけて宮舘の体を診る。
ラウールに続いて深澤が中に入って来ると、阿部のすぐ後ろからその様子を眺めている。
💜「……まさか」
💚「肩を叩いても、揺さぶっても起きなかった。舘様、そんなに眠り深いタイプじゃないのに」
🤍「……これ、普通の状態じゃない」
💜「どういうこと?」
🤍「中身がないんだよ。阿部ちゃんがBOOST使った時と原理は似てる。本人の精神がないんだ」
言ってからラウールは、モノクルを外してバッグに入れると、今度はルーペを取り出して枕辺りを見、そこから壁を伝っていくように天井へと視線をずらした。
🤍「間違いないね。眠り姫シンドロームだ」
💜「えっ? でも、あれって今日の予定だったじゃん。なんで……」
🤍「そんなの僕に訊かれてもわかんないよ。僕は事実を言ってるだけ」
話を聞きながら顎に手を置いて考え事をしていた阿部は、急に部屋から飛び出すと、リビングのテーブルに置きっぱなしだったタブレットを手に取り、画面をスクロールしている。
💛「阿部? どうした?」
💚「……あった、これだ。《想像増大》想像力を膨らませることで、創作意欲が湧く」
💛「え、これが、なに?」
🧡「想像力が豊かになるってことじゃないん?」
💚「想像力を膨らませる、つまり、何かを生み出す能力が増える……これでマテリアを少し増やせたとしたら? 六日に一人、は多分、制約なんだよ。それが、マテリアを増やすことで一日、早まった。だから今、舘様が目覚めない……異能を抜き取って、使うことができるんだ……」
🧡「他人の異能を使うて、そんなんできるわけが……あ」
💚「そう。俺の電脳と同じようなことができる。俺は学習、あっちは収奪。性質が似てるのかもしれない。今になって時期が早まったのは、想像増大の異能が、最後の被害者の異能だったから。つまり、抜けば使えるってこと」
💛「康二、他の奴ら起こすぞ。緊急で対策を立てる」
🧡「お、おう!」
💛「阿部、頼めるか?」
💚「うん。任せて」
それぞれが動き始める。リビングに皆が集合したのは、それから10分後。時間の猶予がないので、説明はできるだけ手短に済ませていた。
💙「……なんで涼太が……」
💜「現状、共通点は見つかってないから、そこの手がかりはないよ。ただ、起きてしまった以上、舘さんを救う方法を考える」
🤍「舘さんの中から精神がなくなってた。だから多分、精神だけを別のところに引っ張ってったんだと思う。それこそ、阿部ちゃんの電脳空間とか、夕星の別空間とか、そういうのに近いんじゃないかな」
💚「俺もそう思う。きっとそこで、異能を抜き取るのにかかる時間が三日。だから、三日後には目が覚める」
💛「じゃあ、猶予は二日か。三日目を迎えたらアウトだ」
💚「そうだね。だから、どうにか相手の異能に干渉できるようにする」
🩷「阿部ちゃん、できるの?」
💚「可能性としてはね。さっき、みんなが起きるのを待ってる時、思い出したんだ。夢の中で音を聴いたんだよ」
🧡「音?」
💚「うん。波のような音。ここが海の近くだからじゃない……音の正体は、これ」
そう言って阿部が皆に見せるように持ったのは、陽ヶ瀬石のついたブックマーカー。
🩷「陽ヶ瀬石?」
💚「そう。俺の持ってるこれと、同じ音だった。そして、舘様が持ってるマドラーについてる陽ヶ瀬石も、偶然、同じ音」
🤍「そういえば、お揃いって言ってたね」
💚「もしかしたら、俺に接触しようと思ったんじゃないかな。だから音が聴こえた。でも俺は、何らかの理由で引っ張られなかった。だから同じ音を持つ舘様が連れて行かれた。つまり、この陽ヶ瀬石と音が、繋がる為の条件なんだ」
気が付くとそこは、部屋の中ではなかった。
宮舘の視界に広がるのは、青い海。足元は白い砂浜だ。けれど、波の音は聞こえない。目の前に海があるというのに。
❤️「……あの白いの、波じゃない、模様だ」
うねるような白波かと思ったそれは、白い絵の具で描かれているかのよう。
それに、空を見上げれば青空が広がっているけれど、浮かんでいる雲は夕日に照らされたオレンジ色をしている。昼の空に夕暮れの雲というアンバランスな組み合わせだ。
❤️「どう考えても現実じゃない……まさか、眠り姫シンドローム?」
今、宮舘の中で思い当たるのはそれしかなかった。
理由は分からないけれど、眠り姫シンドロームにかかってしまったのかもしれない。
辺りを見回すと、砂浜のすぐ後ろに建物がたくさん建っているのがわかった。状況確認が先だろうと、そちらに向かって歩き始めた。
砂浜から道に出るけれど、そこは砂浜と同じような白い土に、少しざらざらとした感触がある。太陽の光を反射してキラキラと輝いているから、材質は砂と同じなのかもしれない。それをぎゅっと固めたような印象だ。
少し広めの道を歩いて行くと、向こうから車が走ってくるのがわかった。けれど、それはただの車ではない。
❤️「……ミニカー?」
手で持てるほどのサイズの車が、ゆっくりと宮舘の横を通り過ぎていく。
信号もなければ横断歩道もなく、道路という概念さえも消えてしまっているように道は平たんだ。
道の脇に咲いているのは、色とりどりの花。薔薇、カーネーション、カスミソウ、ガーベラ、ヒマワリ、スイートピーなどが生えているのだが、どの花もまったく同じ高さになっている。そして、きちんと生えているというよりは、まるで生け花のように切られた花が地面に突き刺さっていた。
更に、道の両脇に建っている家が目に入る。海の方から見た時は普通だったのに、大通り側から見ると、家の前面の壁がなく、中が全て見えている。
中の構造もとてもシンプルで、家の横にドア、一階はテーブルと椅子とキッチン。二階に続く階段か梯子があって、二階にはベッドとソファが置かれている。たまに、猫足の湯舟が置かれている家もある。
❤️「ドールハウスだね。それも、実物大の」
その家はどれも人形サイズではなく、宮舘が普通に暮らしている家の高さや大きさと同じだ。
大通りは途中で枝分かれしているようで、ここから見るよりも大きな街なのかもしれない。そして目立つのが、たまに建っている細長い鏡。五角柱になっている塔のようなそれは、全面鏡張りだ。
大通りに立っていて一番目立つのはやはり、道の先、最奥に聳える赤い屋根のお屋敷。どのくらいの距離があるかはわからないけれど、横長のお屋敷は、宮殿サイズくらいあるのではないだろうか。
❤️「ちぐはぐだ。本物とそうじゃないものが入り混じってる」
花は本物。けれど、高さも生え方も違う。海の色は本物。けれど、波がなく模様になっている。車も本物。ただし、サイズがミニカー。
不思議―――その一言では言い表せない、そんな不気味さを持っているような気がした。
「お兄ちゃん」
不意に、可愛らしい少女の声が聞こえた。声に振り返ると、ドールハウスの陰からひょこっと女の子が出てきた。
年齢は中学生くらいだろうか。肩にかかるくらいの赤みがかった茶色の髪は、毛先がふわりと外に跳ねている。大きな琥珀色の瞳を輝かせながら、少女は人懐っこい笑みを浮かべていた。
白を基調とした上着のフードや袖口にはオレンジ色が覗き、下は紺色のショートパンツ。小柄な体には少し大きく見える上着も相まって、随分と活発そうな印象を受ける。
その腕には、一体の人形が抱かれている。50センチほどの大きさで、肩につかないくらいの淡い茶色の髪に、どこか中性的な顔立ち。白いブラウスに、金の刺繍が施された灰紺色のベストとショートパンツを身につけている。
中でも目を引くのは、大きな銀灰色の瞳だった。ガラスでできたドールアイなのだろうが、虹彩には細かな光が散りばめられ、光を受けるたびにきらきらと色を変えて輝いている。
❤️「君は……?」
「ボクは《夏音-かのん-》! 氷のお兄ちゃん、ようこそ、《夢幻ノ杜-むげんのもり-》へ!」
それから阿部は、ラウールと一緒に宮舘の部屋に入り、ゴーグルをかけたラウールが、宮舘が持っている陽ヶ瀬石を見ている。
🤍「阿部ちゃん、ビンゴだよ。この石とマテリアが繋がってる」
💚「やっぱり。三日後に目が覚めるってことは、通り道がないといけない。だから、その時まで接続し続けてるんだ」
🤍「一度接続したら、切ると戻せない?」
💚「可能性は高いね。この道を通れば、舘様のところにいけそう」
🤍「夕星の時から、こっちのゴーグルでいじったのは幻覚とマテリアの可視化だけだからね。それに阿部ちゃん、別空間なら行き慣れてるし」
💚「そうだね。あとは、その方法だけ。ちょっと、電脳空間に行ってアルカナムを見てくる」
🤍「アルカナムって、大丈夫なの? 暴走するんじゃ……」
💚「アルカナムへの異能の蓄積と、見るだけなら大丈夫。使用に繋がると危険みたいだから」
🤍「そっか。この状況で無理するな、は多分、無理だろうから、今は阿部ちゃんに任せるね」
💚「ありがと。いってくる」
窓際に置かれた幅広のソファに腰かけ、阿部は電脳空間へと入った。
阿部が戻って来たのは、1時間後のことだった。
🤍「おかえりー。体調、どう?」
💚「うん、大丈夫。いつもの電脳空間と変わらないよ」
🤍「でも、目は違ったよ。いつもの緑に、途中で翡翠色が混ざってた」
💚「ああ。アルカナムを見てたからだね。あれは電脳だから。多分、電脳総命を使ったら完全な翡翠になるんだろうな」
🤍「……ん? 阿部ちゃん、電脳で得た異能、マグマの時以外にもどっかで使ったでしょ」
💚「あ」
🤍「もう! いつ?!」
💚「えっと……夕星の分身体と戦ってる時。二人きりだからいいかなーって、めめの蔓をね、使った」
🤍「あー! だから熱暴走したんだ!」
💚「……はい。あと」
🤍「まだあるのー?」
💚「翔太とLOTに襲われた時に、三秒だけ。それと」
🤍「そうだよね、それだけじゃないよね、阿部ちゃんは」
💚「東海林の破砕の時に、ふーちゃんに隠れて定着を使った、くらい」
🤍「それは阿部ちゃんの判断で、飽和暴走までしないっていう確証があったんだよね? 熱暴走はしたけど」
💚「そう、だね。夕星の時はめめの蔓しか使わなかったから。植物系の異能だし、他のも数秒とか制約もないからっていう、判断、です」
🤍「だったらいいよ。もう過ぎたことだし。でも、ちゃんと報告しといてね。僕からは言わないから」
💚「……終わったらちゃんとします。とうとう、ラウにまで叱られるようになった」
🤍「阿部ちゃんってさ、頭いいし、しっかりしてるんだけど、ほんっと自分のことに対する優先度の低さだけおかしいんだよねー。だから僕たちは、ずっと気が気じゃないの。阿部ちゃんのことが好きだから」
💚「……うん。めめにも言われた。俺らのことを大事に思ってくれてるのと同じように、自分のことも大事にしてって。だからもう、みんなが良ければ自分はどうでもいい、みたいな考えはないよ?」
🤍「そこはもう、信用する。阿部ちゃんが変わったの、見てたら分かるから」
💚「そっか」
🤍「で、本題。どうだった? 方法、見つかった?」
💚「波形を見えるようにする異能があったよ。それと、見たものを追跡する異能も。この二つがあれば、辿れる」
🤍「体への負担は?」
💚「どっちも強い異能じゃない。負荷自体は、俺が電気の異能を使うくらいのものだね」
見る異能と、辿る異能。これらは、特別な制約を持たない異能だ。ただし、同時使用するには相応の負荷がかかる。それでも、阿部が電磁波でシールドを出すくらいのもの。今の阿部ならば、大した負荷にはならない。
🤍「さっき信じるって言ったからね。それでいこう。もう、そこしか道はなさそうだし」
ラウールの言葉に頷き、全員を宮舘の部屋に集めた。
先ほどの説明をすると、誰からも文句は出なかった。ベッドから少し離れたところで、全員で手を繋いで輪を作る。
💚「到着するまで、手は離さないで。途中で分離したら、俺にもどうなるか予測できないから」
💙「ちょ、怖いこと言うなよ」
💚「ごめん。でも、伝えとかないと。これはあくまで借り物の力だから、理解した部分までしか当然わからない」
💛「そりゃそうだ。全部を理解してるなんて、俺らも思っちゃいねえよ」
💚「助かる。じゃあ、いくよ」
阿部の目が翡翠のような翠色に輝く。
そして、その輝きが阿部の体を纏い、繋いでいる手を通して全員の体を覆った。
皆の中心部に置かれたマドラーについている陽ヶ瀬石から、キラキラとした光の波が現れて、壁の向こうまで波のような道を作り出している。
やがてみんなの体を纏っている輝きは中心部に置かれた陽ヶ瀬石へと向かい、みんなの体が陽ヶ瀬石に吸い込まれるように消えていった。
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