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無敵なような、無敵じゃないような

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無敵なような、無敵じゃないような

1 - 無敵なような、無敵じゃないような

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2024年07月18日

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誰でもいいから殺したかった。殺人の動機でよくあるやつ。俺の場合誰でも良くはない。幸せな人を殺したかった。

ピンポーン

「あなたは今幸せですか?」

当たり散らすように色んな家のチャイムを押した。

シーン……

宗教だと思われて全無視された。

じゃあ宅急便の格好をして「宅急便でーす」って言えばいいのか?駄目だ、宅急便じゃ「幸せですか?」と聞くタイミングがない。頼んでる物がパーティグッズとかだったら幸せなんだろうが、確認のしようがない。

どうしてこうも面倒なのか。殺人は簡単じゃなかったのか。

「クッソ……クソ……クソがよ……」

クソばっかり言ってたら腸が痛くなってきた。ここは住宅街の奥地、近くにトイレは無い。無いと悟った瞬間、絶望で腸ごとずり落ちそうになった。

社会的に終わる。俺が俺に殺される。誰でもいいからトイレ貸してくれ。トイレ貸してくれたら殺さないから。多分。

適当なアパートの適当なドアをドンドン叩いた。叩いてから、これじゃ一層出ないだろ、チャイムの存在を忘れる奴があるか、何やってんだ俺、と自分を激しく責めた。

だがそのドアは開いた。初めて俺に開いてくれたドアだった。

「あっあざます!トイレ貸して下さい!」

嬉しくてつい声が大きくなった。「トイレ貸して下さい」という、あまり大きい声では言いたくない台詞ランキングの10位以内に入るであろう台詞が、アパートの端から端まで響き渡った。

にもかかわらず、目の前は空虚だった。冷たい風が流れる。冷たい汗も流れる。それは心霊現象に対する恐怖ではなく、借りられないことに対する絶望だった。

いくら不用心といえども、いくら殺人鬼といえども、無許可で人の家に入ることはできない。殺人以外の罪は犯したくないのだ。最初で最後の犯罪を、人生のクライマックスにしたいのだ。

でもあと5秒で確実に漏れる。今が人生のクライマックスかもしれない。そんなの4コマ漫画のオチでも許されない。漏らしオチと夢オチだけは決して許されないんだよ。

扉が開いたということは霊が承諾したということだろう。そう勝手に解釈して、それでも全部入るのは気が引けるので、上半身だけひょっこり覗き込ませた。

「あれぇ、おっかしいな〜」

心霊現象に思わず身体が動いた体で。誰もいなかったら去る体で。

そこまで演技してやったのに。暗闇から目にも止まらぬ速さで手が伸びてきて、胸ぐらを思いっきり引っ張られた。

人生って、本当に何が起こるか分からない。

(人生って、不思議だなぁ)

ピンチの時は光景だけでなく、考えることもスローモーションらしい。不思議だなぁ、と染み入るように繰り返しながら、気付けばベッドに押し倒されていた。せめてトイレに突っ込んでくれれば良かったのに。

あれ、ていうか床で良くね?なんでわざわざベッド?床の方が殴りやすくね?ベッドだと殴る度ボンボン跳ねんじゃね?

跳ねるようなことを、したいのか?

そこでスローモーションが止まって、上にいる奴の顔が見えた。

幸薄そうな女だった。髪が長いから貞子に見えなくもなかった。

「トイレになるのはあなたです」

「犯人はあなたです」みたいなテンションで言い放つと、女は勢いをつけて上の服を捲った。そして大きめの胸を顕にすると、俺の上でぴょんぴょん跳ね始めた。目を閉じ、無言で、且つ兎のように。何秒経っても何分経っても、ただ跳ね続けるだけだった。

良い夢なのか悪い夢なのかよく分からなかった。現実だということにはしたくなかった。胸が揺れているが、揺れているなぁとしか思えなかった。何せトイレに行きたくてしょうがないのだ。トイレになるのはあなたって本当にどういう意味だよ。なれるものならなりたいよ。

「……うん、良かったです」

女が言葉を発したので、終わったのだと気付いた。何が良かったのかと疑うほど幸薄い顔のまま頷き、シャッターを下ろすように服を戻し、女は控えめに向こうを指差した。

「あの、本当のトイレはあっちです」

俺は女を突き飛ばして走った。人の家に入った、人の胸を見た、人を突き飛ばした、これだけで3つ罪を重ねている気がしたが、漏らす屈辱に比べたらもうどうでも良かった。

だがトイレに入った途端、スンッと腹痛が収まった。何なら殺意も収まった。何事も、微塵もなかったかのように。

「あれぇ……おっかしいな……」

本日2度目の「あれぇおっかしいな」を呟きながらドアを開けると、すれすれのところで女が土下座していた。危うくドアの角を頭に激突させ、4つ目の罪を重ねるところだった。

「おい、何がしたいんだよ」

腹痛が収まったら言葉が喋れるようになった。

「……」

代わりに女が喋らなくなった。ここまで罪を重ねたらいくら重ねても一緒かと思い、女の頭をつま先で小突いてみた。

「ごめんなさい……」

か細い声が漏れた。

「何がごめんなさいなんだよ」

害悪クレーマーになった気分で詰めると、か細い声が心電図のように続いた。

「何が……ごめんなさい……なんでしょう……私にも……よく……分からなくて……」

「お前が分からないんじゃ誰にも分かんねぇよ」

調子に乗ってもう一度小突こうとすると、寸前でガッとつま先を掴まれた。結構強めに、爪が食い込むくらい。

「え?」

思わず間抜けな声が出た。こいつ、謝りながら反抗できる能力を持っているのか?

「ごめんなさい……本当は分かります……ちゃんと説明します……」

多分悪いとも何とも思っていない女は、心電図のままだらだら説明した。内容を簡潔にまとめると。

女は未亡人で、寂しくて、誰でもいいから襲いたかった。誰でもいいと言いつつも、亡き夫に似た背格好の男を求めていた。そんな時、近所を「幸せですか?」と彷徨き回る、夫にそっくりな俺の姿が。宗教だろうが何だろうがとにかく運命だ、と確信した女は、俺が訪ねてくるのを今か今かと待っていた。そして「あなたは今幸せですか?」と問われたら、心からこう答えるつもりだった。

あなたが幸せにして下さい。

「待て」

俺の待てで女は見事にぴたりと止まった。犬のようだ。可愛げのない犬だ。

言いたいことは色々ありすぎるが。

「……あれで襲ったことになるのか?」

女の心電図が恥ずかしそうに鳴いた。

「私……揺れる胸を見られるのが良くて……というかそれ以外良くなくて……」

「全然見てなかったけどな」

俺ははっきり反論した。

「じゃあ良くなかったです」

女もはっきり反論した。本当に何なんだこいつ。こんな未亡人いるのか。いてたまるか。

でも俺もこんなんで殺人鬼になろうとしてたしな。

何だ、そういうもんなのか。そう納得したら、納得するのが可笑しくて、可笑しいまま去ることにした。

「あっ、あの、全て忘れて下さい。特に『トイレになるのはあなたです』ってとこ。興奮でおかしくなっていました。忘れようと思わなくなるほどに忘れて下さい」

今更のように慌てた女が、パタパタとスリッパの音を立てながらついてくる。

「きっとトイレ行く度思い出すよ」

俺は苦笑を返し、今更のように赤面する女の顔を目に焼き付けながら、ドアを閉めた。


外はまだ冷たい風が吹いていたし、どこの家も幸せそうだった。

きっと人を殺しても変わらなかった。幸せも不幸せも変わらなかった。クライマックスなんてありはしなかった。

ならこれがクライマックスでいいか。死ぬつもりで空を見上げながら道路を渡ったが、運良く青信号だった。

「赤面って、なんであんなに幸せそうなんだろうな」

よく分からないことを呟きながら、よく分からない道を歩いて帰ったのだった。

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