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厨房で実花は今日もパン生地をこねていた。
いつもより機嫌がよく出たことのない鼻歌が聞こえてくる。
父の雄亮は、なんで機嫌がいいんだろうと思いながら一緒にパンの生地をこねていた。
紬は、父の颯太に会えなかったことが悔しくて、引きずっていた。
「おはよう」
「紬、おはよう。今日は、鮭茶漬けにしてみたよ。どうした、そんな険しい顔して」
「ねぇ、なんで、ママ、あんなに機嫌がいいの? つむちゃん、すごい機嫌わるいのに!」
「あー、そうだよね。パパに会えなかったもんね」
「……うん」
「ママ、明日、デートって言ってたよ」
「え? まさか、パパと?」
「おばあちゃんはそう思うんだけど……。違うかな」
実花は、体裁上は、颯太とデートすると家族に宣伝しておいた。母の言った言葉を鵜吞みにして、新たな人生を踏み切ろうと、マッチングアプリに登録して、新しい彼氏を見つけていた。
本当は颯太を男性として、見れていなかったんだと改めて再確認して、部屋のテーブルにはちゃっかり緑色の用紙に丁寧に名前を書いて準備していた。
実花の母は、まだその真実を知らない。もちろん、娘の紬の耳には入らなかった。
理想の彼氏の欄には、しっかりと料理ができて、パン作りができる人と書いてあった。
「そうなんだ。パパとデートするなら、つむちゃん、うれしいなぁ。帰ってきてくれるのかな」
「そうだといいね」
豊美は孫との食事は、とても美味しく感じていた。
◇◇◇
颯太はチャイムを鳴らした。
美羽は毛布を頭からかぶって、ガタガタ言わせながらインターフォンを眺めた。何も言わずに玄関の前に立っている颯太がいて風邪も吹き飛ぶくらいに笑えた。玄関の扉を開けてはお化けのような格好で颯汰を中の方へ案内した。
「お客さんのような対応できないけど……」
美羽は玄関の鍵を開けてはすぐにベッドに横になった。
「いいよ。その為に来たんだから気にしないでベッドで寝てて」
腕まくりをしてはキッチンに立ち、料理なんてしたことがないのに美羽のためならとその辺にあった小鍋を取り出して
お粥を作ろうとした。米と卵とお出汁とスマホのレシピ動画を見ながら大きなお椀に盛り付けてはトレイと一緒に美羽のベッドのところまで運んだ。コゲコゲの明らかに失敗作の卵お粥ができた。
額の汗を拭いては美羽に頑張ったぞアピールをした。
「あ……うん。ありがとう。ちょっとだけ頂こうかな」
明らかに塩と砂糖を間違えて作ったようで甘味が強かった。
顔を青くしては無理して
「美味しいよ……。うん」
具合悪くしてるのがもっと具合悪くなりそうだった。そういうこともあろうと颯太は慌ててレトルトパウチのお粥をレンジで温めては入れ直した。
「いや、その。無理すんなって。マズイならマズイって言って。ちょっと試して美羽のために作ってみようとしただけだから改めてこれ、食べて。俺、おすすめの梅がゆパウチ」
「え? 何、これ。美味しい。梅がちょうど酸味が効いてて食べやすいね」
美羽の本当の笑顔が見れて、颯太は嬉しそうだった。
「ごめんな、俺、作るの苦手で。1人でいつもレトルトとか弁当とか買って来てるからさ。どう作ったらいいか……わからなくて」
「嬉しい……。作れないのに私のために頑張ってくれたんだよね。どうしても、食べることは難しいけど、気持ちは
受け取っておくよ。ありがとう」
ベッドから横にいる颯太に優しく微笑みかける美羽。感動のシーンと思ったら、気持ち悪かったのか、食べたものが一気に
噴水のように飛び出した。
「ご、ごめん。台無しにしかも、身体中にかかってるし。申し訳ない」
「大丈夫、片付けくらいなら慣れてるから。作るより楽だよ」
颯太はテキパキと散らかった床やベッドなどを早急に片付け始めた。
嫌がらずにやってくれて頼もしかった。
「ごめんなさい。やっぱり本調子じゃないみたい。横になって寝るね」
「ああ。ここに水置いておくから飲むんだよ? 俺、そっちのソファで寝てるからなんかあったら呼んで?」
「うん。ありがとう」
普通ならば服汚れた床汚れただけで嫌がるものをむしろ、自然に当たり前だろ人間だからというような流れで対応してくれて
何だか心がほんわかした。
(拓海だったら嫌がりそう……)
寝返りを打ってはまた眠りについた。
(紬が赤ちゃんの頃、何度もミルクの吐き戻しがあったから全然慣れてるし食事よりそっちの片付けなら
平気だけど……。でも、バレたら嫌だろうな……)
複雑な心境の中、毛布を体にかけて颯太はソファで眠りについた。
誰かがいる空間で寝るだけでなぜかほっとした。