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体育館の床が、やけに冷たい。
春高を目前に控えた放課後練習。
いつもなら一番に声を張るはずの男が、今日は静かだった。
「ナイストス!」
声は出ている。
笑ってもいる。
でも。
「……おい日向」
低い声が飛ぶ。
影山飛雄は眉を寄せた。
「さっきからタイミング全部ズレてんぞ」
「えっ!? まじ!? ごめん影山!」
いつもの調子。
いつもの笑顔。
でもボールは、明らかに合っていない。
「日向、大丈夫か?」
静かに声をかけたのは
澤村大地。
「はい! 全然っす!」
即答。
間髪入れず。
それが逆に、不自然だった。
練習終わり。
更衣室。
日向は一人、ロッカーに背を預けていた。
手が震えている。
震えが止まらない。
「……見えねぇ」
小さく漏れた声。
天井の蛍光灯が、滲む。
いや、滲んでいるのは――
ボールの残像。
コートの白線。
影山のトス。
全部。
最近、距離感が掴めない。
でも言えない。
絶対に言えない。
だって。
“もう一度、置いていかれるのは嫌だ”。
中学のときみたいに。
一人でコートに立つあの感覚。
息が詰まる。
「日向?」
扉が開く音。
入ってきたのは
菅原孝支。
「まだ帰ってなかったの?」
「す、すぐ帰ります!」
立ち上がる。
一瞬、視界が暗転する。
ぐらりと身体が揺れた。
「おっと……!?」
菅原が慌てて支える。
「顔、真っ青だぞ?」
「だ、大丈夫ですって! ちょっと立ちくらみです!」
嘘。
ここ数日、まともに眠れていない。
目を閉じると、コートが迫ってくる。
ボールが落ちてくる。
誰も上げてくれない。
自分しかいない。
あの体育館の音が、耳鳴りみたいに残る。
次の日。
スパイク練習。
影山のトスが上がる。
完璧な弧。
完璧な高さ。
なのに。
踏み切りが、合わない。
「……っ!」
空振り。
ボールは床に落ちた。
体育館が静まる。
「日向」
影山の声は低い。
「集中してんのか」
刺さる。
胸に。
でも怒鳴られた方が楽だった。
優しくされる方が、怖い。
「してるよ!」
声が強くなる。
一瞬、空気が凍った。
「……すみません」
慌てて頭を下げる。
影山は何も言わなかった。
ただ、目が鋭くなる。
“気づいている”。
あの目は。
夜。
布団の中。
天井が歪む。
「俺、いらなくなるかな」
ぽつり。
声は、闇に吸い込まれる。
速さが取り柄。
高さが取り柄。
でも。
見えなくなったら?
合わなくなったら?
ただの、小さい奴。
代わりはいくらでもいる。
涙が出る。
悔しくてじゃない。
怖くて。
「……助けて」
誰にも届かない声。
数日後。
練習試合。
日向はベンチだった。
「今日は体調優先だ」
澤村の判断。
逆らえない。
キャプテンの言葉は絶対だ。
コートの外から見る景色。
距離が遠い。
音が遠い。
影山のトスが、別のスパイカーへ上がる。
歓声。
拍手。
胸が締め付けられる。
“置いていかれる”。
あの感覚が、鮮明に蘇る。
呼吸が荒くなる。
視界が真っ白になる。
立ち上がろうとして――
足がもつれた。
「日向!?」
誰かの声。
床が近づく。
衝撃。
そこで、意識が途切れた。
目を覚ましたのは保健室。
天井がはっきり見える。
でも。
ぼやけている。
横に立っていたのは澤村。
そして、少し離れて腕を組む影山。
「病院、行くぞ」
澤村の声は静かだ。
逆らえない。
逃げられない。
日向は、唇を噛んだ。
バレた。
全部。
隠してきたもの。
強がり。
笑顔。
太陽みたいな自分。
全部。
崩れる。
「……俺」
声が震える。
「俺、見えなくなったらどうなるんすか」
初めての弱音。
体育館では絶対に言わない言葉。
澤村の目が揺れる。
影山が、ぎゅっと拳を握る。
静寂。
その中で。
日向は、初めて泣いた。
声を殺さずに。
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