ザワザワと葦の葉が揺れる暗がりにルームランプがほんのりと明るい。
虫の声だけが響く駐車場の片隅で、西村はタクシーの後部座席からティッシュの箱を取り出すと朱音に手渡した。尻が痒い、蚊に刺された様だ。
「ほれ、それ拭いとけ」
「う、うん」
西村の指先がワンピースの裾を摘む。
「や、ヤダ!」
バルーンの様な赤いワンピースを捲るとツルツルした化繊の裏地に西村の白い性液が黒いシミとなって付着しているのが確認出来た。
「どうする、どっかコインランドリーでも寄るか?」
「・・・・着替えが欲しい」
「|ハイエース《車》に服、無いのか?」
「まだ乾いてないの」
「あぁ、そうか。じゃ、どっかそこらの店で買ってくるわ。サイズ何?」
「・・・・・M」
「OK、じゃ乗って」
西村は手際良く、妊婦を産婦人科まで送る際に座席に敷くビニールシートを広げ、朱音を後部座席に乗せた。
黒いポーチからSDカードを取り出すとエアコン調節ボタンの下辺りにある差し込み口に押し込む、ピピピピピと音が鳴り、行き先表示板を”実車”に変更しシフトレバーをドライブに落とした。これで《《今》》、朱音をタクシーに乗せた事になる。
「そのカードは何?」
「あぁ、SDカード?車内と外を《《記録》》するメモリーカード。客とトラブルが有った時とか・・・・犯罪が起きた時の証拠になる。会社や警察に提出する事もある」
「ふーん。大事なのね」
朱音は西村の手の動きとSDカードの差し込み口をまるで脳内に《《記録》》する様に凝視した。
「そそ。まさか勤務中にセックスしてましたとか会社に報告出来ないっしょ。なので抜きました」
「・・・・・」
「朱音にはズブズブ挿したけどなぁ」
「やめてよ!もう!」
朱音は顔を赤らめて運転席のシート越しに西村の背中をポカポカと叩いた。
河川敷から坂を登ったタクシーはパチンコ屋の駐車場の脇を通り過ぎた。オレンジ色の明かりが煌々と、駐車している100台近くの車を照らし出す。
「あの中にも借金している人がいっぱい居るのね」
「そうだな。ギャンブルは一度ハマると抜け出せねぇな」
実際、西村の同僚でもギャンブルに身を|窶《やつ》して首を括った者が居る。その底なし沼の様な怖さを身近にしている分、西村は決して賭け事には手を出さなかった。
また、繁華街の水商売の女に金を落とす事もなかった。これまで何事にも慎重だった西村が怪しげな《《契約》》に手を出した。それは到底、気の迷いとしか言い様が無い。
ガタゴトと小石を踏んだタイヤは上下して堤防から抜け、ウインカーを左に上げて国道8号線に合流する。
対向車の白いヘッドライト、赤いテールランプが暫く前までの痴情をすっかり押し流してしまい、頬を赤らめる朱音を他所に、西村は平然と何事も無かった様にハンドルを握っていた。
「ほれ、これに着替えろ」
ゴウンゴウンと回る大型洗濯機、2人の姿は白い蛍光灯に照らされたコインランドリーの青いベンチの上に有った。量販店でMサイズのトレーナーとスウェットパンツを購入して朱音に渡したが、間違えてメンズ物を選んでしまった様だ。
「西村さん、これ大きいよぉ」
グレーにスヌーピーの刺繍が施されたトレーナーの長い袖から桜色の指先だけを覗かせた朱音は本当に可愛らしかった。スウェットのズボンに不似合いな赤い靴。西村は先ほどの情事で乱れた彼女の髪に気付くとそれを手櫛で整え、頬に口付けた。
「朱音、可愛いよ」
「やだ、もう」
誘蛾灯に飛び込んだ虫がバチバチと焦げて落ちる。
西村の手が朱音を抱き寄せ、2人は舌を絡め合いながら激しいキスを繰り返す。天井の白い蛍光灯がちらちらと揺れた。
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