一アルトリアside立香がいなくなった部屋。主人を失った部屋。なんとなく居心地が悪くなりシャープペンシルの書く手を止めた。
「全然進まない…」
1人、そんな愚痴を呟く。つまらないから空を仰ぎ、そして部屋全体を見渡した。年頃の女子高生には見えない部屋の片付き様。否、物の少なさだろうか。
「誕生日、インテリアとかあげたら喜ぶかな」
なんとなくそんなことを考えていたら
「アルトリア、遅れてごめ…」
壁をずりながら立香が戻ってきた。その言葉をいう前に彼女は倒れてしまったが。
「だ、大丈夫!?」
反応がない。気を失っているだけだろうか。なんにしてもとりあえず彼女をベットに移動させた。
「…?」
なんとなく気になることがあり、彼女の腹部に優しく触れた。
「っ!」
瞬間、立香が激しく身をよじった。この先になにがあるのか。
服とシャツを優しく上に上げ、 そこ を見た。
「なに、これ…」
青あざのようなものが複数できていた。腹部だけじゃない、左足首、右脹脛、両太腿、右手の甲、両前腕、左二の腕、右頬、そして真新しい左頬の傷。彼女はこんな傷を背負って生きてきたのか、と絶句した。
「うっ、アルトリア…?」
そんなときに丁度立香が目を覚ました。状況を理解するためにまわりをきょろきょろと見渡している。まずい、この状況、私が立香を無理やり脱がしたみたいな…。ただ、立香の反応は想像と違った
「あーあ、バレちゃったか。」
そう言って脱力した。
「ごめんね、黙ってて」
「こっちこそ、ちょっと力技でごめんなさい。」
気まずい空気が流れた。その沈黙を破ることは容易いことではなかったが、簡単なことだった。
「あのさ、話してくれない?なんで立香のお母さんが立香に暴力を振るってるのか、いつからなの?お願い、貴女からしたら私はただの野次馬にしか見えないことは十分に分かってるの。でも…」
本心から伝えた。最後の言の葉は立香が遮った。
「昔ね、私には優しいお兄ちゃんがいたんだ。頭もよくて、格好よくて、誰かのために動ける人。勿論そんなお兄ちゃんに私の家族は期待をかけてたの。だから家ではいつもハブられてた。だって私は頭もそこそこ、顔もそこそこ、特別優しいわけでもない。まあ優しいお兄ちゃんはそんな私にもよく声をかけてくれて勉強を教えてくれていたんだけどね。あぁ満ち足りていて幸せな時間だったなぁ。でもどんな夢にも終わりは来る。特に繊細で美しい泡沫の夢はすぐに散っちゃうから。ある日、私が9歳でお兄ちゃんが10歳だったころの夏、私たちのおつかいの帰りに、見計らったように大型トラックが青信号の中突っ込んできて、それで、、そのときに私が轢かれていればよかったのにね。だって私目掛けて突っ込んできたんだよ?でもお兄ちゃんは私を突き飛ばして自分が犠牲になる道を選んだの。」
ここで一旦深呼吸を挟んで、
「前置きが長くなってごめんね。大体想像つくだろうけど、それで『失敗作』だった私はお兄ちゃんの代わりになるためにこうやって勉強をしているの。私はこれだけやってもまだまだ届かないけどね。」
寂しそうに微笑んだ。彼女の春はとうの昔に死んでいた。
一一回想
「まぁ、また100点!?本当に頭が良くて、努力家で…自慢の息子だわ!!」
母親の嬉しそうな声が聞こえた。ただそれは私に向けられた言葉ではなかった。
「本当に凄いな!さすがだぞ!」
次に父親の嬉しそうな声が聞こえた。窮屈に感じた。
「それに比べて、立香は今回も70点…お兄ちゃんを見習ってもうちょっと頑張ったら?」
諦めた様に母親が言った。そんなこと知らない
「あぁ、なんで兄妹でこんなにも違うのか不思議だな」
うるさい!聞きたくない!
私は自分の居場所をずっと探していた。
「立香!勉強教えてあげる!」
頭がよくない私は両親に特に期待されていなかったからよく家事を手伝わされていた。ただそんな私にも「夢のような楽しい時間」はあった。
「えっとね…ここの解き方が分かんなくて…」
こんなこと母親には言えない
「こうして、こう考えるとすぐ解けるよ!」
優しい声色、分かりやすい解き方。私は初めて自分の居場所を手に入れたような気がした。
「危ないっ…!」
猛ましいブレーキ音と、ゴンッという鈍い音が脳裏に焼き付いた。
状況を把握することに時間がかかった。
「子供が轢かれたぞ!」 「救急車!救急車を呼ばないと!!」
そんな声が聞こえた。私は動けずにいた。ただそのとき動けなかったのは状況が分からなかったからではない、
「…私の春が、せっかく手に入れた居場所が…」
ボソッと呟き、兄の手を握った。最早その手には体温というものが感じられなかった。
そこで私が得たことは、綺麗で繊細な夢には必ず腐ったような終りが来るということ
兄の葬式が終わったあと、私は両親に怒号を浴びせられていた。否、言葉だけではなかった。
そこからだろうか、私に命の頓着が無くなったのは。私の春が…死んだのは
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