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「ウイル様にお客様です」
自室でベッドに寝そべっていた時だった。
腹の上には、折り重なるようにパオラが絵本を読んでいる。
昼食を食べ終えた、和やかな時間帯。ウイルがここにいることは非常に珍しいのだが、今日に限ってはこの少女に付き添う形でゴロゴロと無為な時間を過ごしていた。
「僕に?」
パオラをそっと持ち上げながら、ついでに自身も上半身を起こす。
来客など、本来ならばありえない。それを誰よりも理解しているからこそ、少年は素っ頓狂な声で反応してしまう。
ウイルは貴族だ。
しかし、直近の四年間はその地位を手放し、傭兵としてエルディアと大陸中を駆け巡った。
そういった背景から、この少年を知る者はここに足を運びづらい。
傭兵の知り合いならば、貴族の家が立ち並ぶ上層の区画に立ち入ることが許されず、そうでない者はそもそも少ない。
交友関係が狭いことから、ウイルは訪問客を想像すら出来ずにいるのだが、正解はメイドの口からあっさりと開示される。
「治維隊隊長のビンセント様です」
「あぁ、なるほど。すぐ行きます」
シエスタの言葉を受け、ウイルを納得顔でベッドから降りる。
治維隊。イダンリネア王国の治安維持に務める特殊機関だ。武力行使すらも許されており、犯罪者を逮捕、連行することを任務とする。
真っ当な人間ならば、縁のない集団と言えよう。守られているという意味では無関係ではないのだが、治維隊の標的は悪人ゆえ、関わることは稀だ。
それでもウイルが従者の後に続く理由は、治維隊と言うよりはその男に用事がある。
廊下を歩き、階段を下りれば、そこは煌びやかな玄関だ。
そして、治維隊の隊長もまた、無言でそこに佇んでいた。
「お待たせしました」
「おう。ダメ元で足を運んでみたが、本当にいるとは思わなかったな。傭兵ってのは暇なのか?」
二十代とは思えぬ貫禄だ。もっとも、二十九歳ゆえ、三十路とほとんど大差ない。
濃厚な草色の制服は治維隊の証であり、それが与える印象もまた、圧迫感に繋がっている。
プライドの高そうな顔立ちだが、部下想いな男だ。
黄色い髪を揺らしながら、皮肉めいたことをこぼしてしまうも、本心ゆえ、隠すつもりもない。
「昨日まで一週間近くも遠征してたので、今日は家族サービスの日なんです。本当は午後になったら貧困街の様子を見に行こうかと思ってましたが、一度捕まったら離してもらえなくて……」
傭兵が暇かどうかは当人次第だが、少なくともウイルは忙しい。
やるべきこと、したいことが山ほどあるのだが、貧困街を見捨てるわけにもいかず、結果的に身動きが取れない状況だ。
「あぁ、例の子供か?」
「そうです。まだまだガリガリですが、ここで幸せそうに毎日絵本読んでますよ。巨人戦争やらなんやらのを」
パオラは長年、実の父親に虐待されていた。
正しくは育児放棄だが、どちらにせよ、超越者という超常的な生命力を持ち合わせていなければ、とっくに餓死していただろう。
ウイルはこの少女を保護したばかりか、父親を見つけ出し、決闘の末に殺してしまう。
もっとも、そのことに後悔はなく、けじめとしてパオラをエヴィ家で引き取るのだが、その選択が過ちではなかったと、少女の笑顔が物語っている。
「そうかい、良いお兄ちゃんしてるってことか。んじゃ、ここからは本題だ。例の調査が完了したぞ」
この発言を受け、ウイルは期待と不安を抱きながら目を見開く。
例の調査とは、貧困街の廃墟が同時に四棟も崩れた件だ。それらは田の字で隣接していたことから、倒壊という意味では一か所で起きたと言えよう。
その結果、そこで寝泊りしていた子供達が下敷きになり、その命を散らしてしまう。
痛ましい事故だ。
治維隊はそう結論づけるも、ウイルは疑う。
作為的に起こされた事件ではないか?
それを調べるために、廃屋がなぜ壊れたのか、その調査を眼前の隊長に依頼した。
この訪問はその結果発表だ。ビンセントは鋭い視線を向けながら、ハッキリと断言する。
「お前の推理通りだ。魔法の反応が検出された。しかも、土属性の残滓がな」
「グラニート……」
「あぁ、それぞれの建物に一発ずつ、合計四発撃ち込まれただろうというのが錬金術協会の結論だ」
そして、沈黙が二人を飲み込む。
ウイルは得られた情報を精査し、ビンセントは居心地の悪さを感じてしまう。
治維隊としては、なにより隊長としては、浅はかだったと言わざるをえない。この傭兵が助言してくれなければ、この犯罪を見過ごしてしまっていた。
老朽化からくる建物の連鎖的な倒壊。そう決めつけてしまったのだから、ビンセントとしてはただただ反省だ。
だからなのか、ビンセントはウイルは口を開くよりも先に言葉を紡ぐ。
「お前のおかげだ。今回ばかりは俺達がもうろくしていた。早速、調査の再開を部下達に指示したが……、まぁ、犯人の足取りは以前として不明なままだ。目撃情報がないから、そう簡単には進まないだろう」
隊長の言う通りだ。
建物を倒壊させ、子供達を殺した方法までは判明したが、現状はそこまで。犯人に繋がる手がかりが見当たらない以上、この事件は依然として謎に包まれている。
それでも、ウイルは諦めない。得られた情報を一つずつ、精査することから始める。
「ひとまず、犯行にグラニートが使われたという前提は疑わないことにします」
実は、そう宣言せざるを得ない状況だ。
浮浪者が身を寄せる小屋は、そのどれもが朽ちかけている。長年放置された結果であり、いつ崩れたとしてもおかしくはない。
それでも、今回は攻撃魔法の結果だと考える。
ボロボロの建物が一軒だけ倒壊したのなら納得もするが、この事件では隣接する四軒がほぼ同時に崩れ去った。
ドミノ倒しのように巻き込まれただけなのかもしれない。
それでも、ウイルは全ての可能性を考えるのではなく、最も確率が高いものだけをピックアップする。
そうしたいという願望もあるのだが、跡地への建築申請が事件翌日に提出されたことがどうしても引っかかるからだ。
「犯人は魔攻系。そして、決して凡人では、ない」
「ほう、そう思う根拠は?」
断言する傭兵に、治維隊の隊長は問いかける。
戦闘系統の一つ、魔攻系は攻撃魔法を覚える唯一の分類だ。グラニートもその内の一つであり、地面から土の塊を盛り上げ、アッパーカットのように真下から対象を殴打する。詠唱者と標的の間に遮蔽物があろうと、お構いなしに狙える使い勝手の良い魔法だ。
「魔力に関しては何とも言えません。腐りかけの柱を壊すだけですから……。だけど、グラニートを連続で四回撃てる人間となると、いくらか限られるはず」
「あぁ、俺も同意見だ。運良く魔法が使える国民でさえ、俺達のように鍛えない限り、使えてせいぜい一、二回が限度。つまり、魔源が足りるはずがない」
魔源は魔法の詠唱時に消耗するエネルギーだ。運動の際に息が切れ、体がだるくなるように、魔法を使うと代償として魔源がすり減る。体を鍛える、もしくは魔物を倒すことで筋肉のように魔源は向上するが、裏を返すと一般市民のそれは非常に少ない。
一方、魔力は魔法の威力を左右する因子だ。足の速さが脚力によって変わるように、攻撃魔法の威力や弱体魔法の可否は詠唱者の魔力によって大きく変動する。
「それに加えて、女神教に関わりを持つ者。いや、信者か何かだと決めつけても構わないはず」
「かなり乱暴な推理だが、その線で調査を進めるしかないか……。とはいえ、現行犯じゃないんだから、信者を片っ端から逮捕することは出来ん。あぁ、逮捕と言えば、ギルド会館前で暴れてた連中な、一人ひとり取り調べてみたものの、どいつもこいつも神様だの女神様だのとほざきやがって、な~んにも話が進まねえ」
治維隊の隊長が口を尖らせながら愚痴りだす。
ウイルがハイドとメルに会い、特異個体狩りに出かけたその日のことだ。ギルド会館前で白いローブをまとった集団が、傭兵の出入りを遮るように扉の前に立ちはだかっていた。
この時点で迷惑行為かつ業務妨害なのだが、駆け付けた治維隊に楯突いたことから、罪状はさらに増してしまう。
貧困街の事件はその後に起きたことから、連行された彼らは無関係だろう。
それでも、二人は立ち話ついでに可能性を探る。
「その人達への取り調べって、もう一回……」
「あぁ、そのつもりだ。まぁ、おそらくは空振りに終わるだろうがな。それでも、女神教が何を企んでるのか、その一端でもわかれば儲けもんってところか?」
「犯人は女神教で、魔法が四回以上撃てる魔攻系。この条件が当てはまる人なんて、そう多くはない……と思いたいです」
ウイルの推測は的外れではない。
戦闘系統は全部で十一種類しかないのだから、魔攻系だけで犯人を探るのは困難だろう。
しかし、さらに二つの要素を付け加えれば、当てはまる人間は限られるはずだ。
「やれやれ、忙しくなりそうだ。んじゃ、貴族様への報告も終えたことだし、俺は失礼させてもらうぜ。傭兵と違って、治維隊は忙しいからな」
嫌味交りに緑色の後ろ姿が立ち去ると、玄関には少年が一人。
得られた情報は有意義だった。
廃墟は、魔法で破壊された可能性が高い。
下敷きになった子供達は何の罪もない浮浪者だった。荒れ果てた区画で、捨てられた小屋に隠れ住んでいたただけだ。
それが不法侵入だとしても、立ち退きの勧告も無しに殺されてよいわけがない。
ましてや、更地にするための暴挙だとしたら、それこそ理解不能だ。
(僕も……、貧困街の方を少し調べてみようかな)
居ても立っても居られない。
パオラに謝罪し、ウイルは最低限の武装で外出する。
腰にぶら下げているのは、ボロボロのアイアンダガー。交換という形でフランから受け取った鉄製の短剣だ。魔物などいるはずもないが、もしも犯人と出くわしたら、身を守る必要があるかもしれない。牽制も兼ねて傭兵らしく着飾る。
(僕が見回りをしたところで何もないだろうけど……。だけど、犯人は……、女神教はあの土地をまだ狙ってるはず。だったら、うろついてる信者がいるかもしれない。そいつこそが犯人だって決めつけるのもやっぱり早計だろうけど……)
更地となった場所には、未だ瓦礫が放置されている。
ゆえに新たな物件を建設することなど不可能だ。
ましてや、建設の手続きを王国に跳ね除けられてしまったのだから、なおさらだ。
それでも、強硬策を講じた犯人が諦めるとも思えない。
(女神教の本拠地的なものでも建てたかったのかな? あぁ、この場合、教会って表現の方が適切か。敷地の面接も十分広いし、うん、きっとそうなんだろう。そんなことのために、子供達を十二人も巻き込んだのか……。許せないな、絶対に)
靴底がすっかりすり減ったボロ靴を履き、豪邸のような自宅を後にする。
ここは貴族や四英雄、金持ち達だけに解放されている上層区画。先人達が巨大な山脈を削って作り出した開墾地だ。城下町が見下ろせることと、社会的地位の高さに繋がりなどないはずだが、この国においては同期しているのかもしれない。
そうであろうと。
そんなことはなかろうと。
少年は山道のような坂道を下ってその場所を目指す。
貧困街。イダンリネア王国という巨大な領土において、東側にひっそりと存在する寂れた一画。
ウイルはそこで四年もの月日を過ごした。宿代が工面出来なかっただけだが、雨風を凌げれば傭兵は問題なく眠ることが出来る。
流れる小河で洗濯と入浴さえ可能だ。冷水ゆえにもちろん冷たかったが、贅沢を言える立場ではない。
そこで知り合った者達は、友人でもなければ家族ですらない。
赤の他人だ。
それでも、帰る場所を失ったという共通点がある以上、奇妙な連帯感だけは存在していた。
新入りには寝床と成りうる建物を提供し、支給される食事も平等に分け与える。
思いやりと言うよりは、生きていくためにはそうしなければならなかった。
もしも貧困街ですら除け者にされてしまったら、それこそ野垂れ死に以外ありえない。
彼らはギリギリだ。
かろうじて生きているだけだ。
それでも、精一杯足掻いているのかもしれない。
もしくは、大人しく死を待っているだけなのかもしれない。
どちらにせよ、ウイルは傭兵として走り続けた。
同時に、収入の半分を施し続けた。
それをパンという形で分け与えた存在こそが、フランだ。
とある理由から両親を失い、家さえも手放した結果、貧困街に流れ着いた。
そんな彼女が涙を流していたのだから、理由としては十分過ぎる。
ウイルは許さない。
凶行に及んだ犯人は女神教。そこまでは予想出来ているのだから、調査を治維隊に押し付けるつもりは毛頭なく、ここからは自身の足でも探し始める。
灰色の髪を揺らしながら。
真っ白な翼で人間を見下しながら。
彼らはやがて巡り会う。
その時は、そう遠くはない。
◆
城下町は一年を通して常に隆盛だ。
大通りと呼ばれる巨大な道が十字架のように北から南へ、もしくは東から西へ、王国の民を目的地へ誘うのだが、そこを歩く人々はその多くが活気に満ちている。
イダンリネア王国は独自の暦を採用しており、その年数は人間が魔物に勝利し続けていた指標とも言えよう。
光流歴千十五年。
この国は建国から既に千年もの歴史を刻んでいる。
長い歩みだ。外からの脅威に対抗するため、結果的にどれほどの血が流されたのか、知る由もない。
王国の頭上では丸い太陽がサンサンと輝く一方、青色の空はその半分以上が灰色の雲によって覆われている。
快晴にはほど遠いが、雨さえ降らないのなら丁度良い気温と言えよう。
それゆえか、人の往来は普段以上に多い。何かの記念日というわけでもなく、彼らには彼らの外出理由があり、目的地も人それぞれだ。
ゴミ一つ落ちていない大通りから、はみ出すように脇道へ。少年は進行方向を変えて静かな道に踏み入る。
左右には多数の住宅が立ち並び、庭や裏道で遊ぶ子供達や、洗濯物を取り込む大人達がチラホラと見受けられる。
目的地はまだまだ遠い。
一見すると子供のような傭兵が、力強い足取りで直進を続ける。
イダンリネア王国は広大な国だ。万を超える国民を有しているのだから、当然と言えば当然だろう。
ゆえに、徒歩での移動となると、いくらか時間がかかってしまう。
自宅を飛び出して既に二十分近くは経過した頃合いか。周辺の風景がガラリと変わり始める。
壁はひび割れ、建物はその多くが廃墟も同然だ。
道端には雑草が多く生え広がっており、うずくまる子供や大人はボロ布をまとっている。
貧困街。浮浪者が住み着いた、見捨てられた地区。
この少年にとっては第二の我が家も同然ゆえ、その足取りは減速することなく、その場所を目指す。
辿り着いた矢先のことだった。花のような声が来客を歓迎する。
「あ、ウイル君。こんにちは」
眼前に山のような廃材が積まれた空き地で、その女性は浮浪者にしてはいくらか清潔感を保っている。
後頭部で束ねられた、緑色の髪。
ほつれたブラウスとその上には革製のハーネス鎧。
左腰には傭兵らしく短剣を下げており、その点も含めて二人はどこか似ている。
「こんにちは。フランさんも今日はお休みでしたか」
「うん、さすがに筋肉痛だよ。太ももとかパンパン」
ウイルとフラン。昨晩ぶりの邂逅だ。
彼女は笑顔を振りまくも、発言通り、両脚は悲鳴を上げている。
昨日の朝、帰国のためジレット大森林を出発し、一日中走った結果、日没付近には王国に戻ることが出来た。
それまではマリアーヌ段丘の横断すらもままならなかったのだから、その成長速度は著しい。
「太もも……、でも、エルさんほど太くないですし、もっと鍛えたいところですね」
フランは線の細い女性だ。貧困にあえいでいるのだから食事もままならず、健康的な体格を得られるはずもなかった。
その証拠に、ハーフパンツから垣間見えるその脚は、ウイルの理想にはほど遠い。
「エルさんは、まぁ、その、太すぎるから……」
「え?」
「え?」
価値観の相違だ。二人は見つめあうばかりか、首を傾げてしまう。
好みの話ゆえ、着地点など見出せない。フランは話題を変えるため、当初の疑問を問いかける。
「そ、そういえば、今日はどうしてここに?」
「あ、実は……」
この瞬間、ウイルはハッと気づかされる。
得られた情報をフランにも共有すべきか否か、悩みどころだ。
子供達の死に女神教が関わっているということと、眼前の建物が魔法で破壊されたことは間違いない。
このことを伝えたところで、死者が蘇るわけでもなければ、フランの心の傷が癒えるわけでもない。
柱が腐って自壊してしまった。
十二人の子供達は下敷きになってしまった。
彼女の中ではそう結論づけられており、蒸し返す必要はないのでは、と少年は思い留まる。
(だけど、隠すのも意地が悪いというか、結果的には騙すことになっちゃうし……。う~ん、犯人が逮捕されたら、打ち明ければいいか)
現状は道半ばな状況だ。実行犯を大雑把には絞り込めてはいるが、そこから先は不確定の段階な上、見つけられない可能性すらあるのだから、ウイルはとっさに別の理由を捏造する。
「み、みんなの様子は大丈夫かな~と思って……」
嘘ではない。
浮浪者が野垂れ死ぬことは日常的だが、それでも今回の騒動は別格だ。
不安に押し潰されたり、より一層気分が落ち込んだとしても、不思議ではない。
彼らもまた、寂れた小屋に住んでいる。自分達の家がいつ崩れてしまうのか、心配して当然だ。
「不安だとは思うけど、こればっかりは仕方ないから、みんな諦めムードなのかな……。自分達が同じ目にあっちゃったら、順番がまわってきたって思うしかないからね。だって、どのおうちも倒壊寸前っぽく見えちゃうんだもん」
フランの言う通りだ。
貧困街の建物は、その全てが老朽化している。
誰が、いつ、廃棄したのか?
それすらもわからないほどには、朽ちかけている。
倉庫や物置としてすら使えない。
足を踏み入れることすら、ためらわれる。
それでも、彼らはそこに住み着く。それ以外の選択肢がないのだから、倒壊のリスクなど百も承知だ。
覚悟を決めている。
とは言え、怖いものは怖い。就寝時に見上げる天井が、次の瞬間に崩れてくる可能性すらあるのだから、恐怖心を払拭出来るはずがなかった。
相当なストレスだろう。ウイルとしても、その程度のことは容易に想像出来た。
「いっぱい稼げましたし、ご飯を奮発するのもありかもしれませんね。気分も安らぐでしょうし。みんなのお腹を満たすとなると、お金がいくらあっても足りませんけど……」
「うん、贅沢は……出来ないよね。今日は休んじゃったけど、明日からは私もがんばらないと。ウイル君のおかげで、ウサギをたくさん狩れそうだし」
今までの彼女なら、一日に四、五体の討伐が限界だった。
その程度の成果では、日給は千イール程度にしかならない。外食、二食分にすら届かない収入だ。
「ウサギ狩りの最大の懸念点は、あいつらの数が少ないことですしね。簡単に倒せるようになったとしても、そこだけは解消されませんから、将来的には別の稼ぎ口を見つけないと……」
「今はとりあえずがんばってみるよ。慣れない魔物と戦って、怪我なんてしたら大事だし」
フランの戦闘系統は魔法を習得しない。
ゆえに、離れた位置からの一方的な攻撃や、傷の手当は他人頼りだ。今後も己の肉体を武器として、立ち向かう必要がある。
「今のフランさんなら、ウサギ程度素手で余裕だと思います」
「ええ⁉ ちゃんとアイアンダガー使うよー。せっかくもらったんだし……」
「いやいや。明日あたり、試しに蹴とばしてみてください。エルさんなんか、げんこつでウサギの頭蓋骨を陥没させますよ?」
「いやまぁ、エルさんは……、足太いから……。あ、関係ないか」
そして二人は笑い出す。
貧困街に笑い声が響き渡ることなど、早々ない。落ち込んでいる者のたまり場なのだから、この光景は異質と言えよう。
その後も談笑を続け、一時間ほどが経った頃合いに、フランが配給用のパンを仕入れるためにこの場を後にする。
その背中を見送ったウイルだが、心の中はとても冷静だった。
(不審者は結局現れなかったな。何度か、治維隊の人がチラッとこっちを観察してたけど、僕とフランさんの顔は割れてるんだし、聞き込みの対象からは外されてて当然か。女神教の信者がノコノコと来てくれれば、無理やりにでも取り押さえたのに)
今日の調査は空振りだ。フランと出会えたことはありがたかったが、犯人逮捕には結びつかない。
(やることは山ほどあるんだけど、今はこの件に集中しよう。だけどまぁ、今日はここまで)
この少年はいくつもの使命を背負っている。
パオラとハクアを引き合わせることや、魔女が人間であることを王族に認めさせることもそうなのだが、実はもう一つ急ぎの用事を抱えている。
エルディアの居場所が判明したことを受け、彼女の父親には彼女の生存を報告済みだ。
その男は武器屋を切り盛りしており、王国の許可がなければ休業すら許されない。
裏を返せば、手続きさえ済ませれば連日の休暇は可能だ。それが済み次第、ウイルは父親を連れていくことになっている。
娘と妻が待つ、魔女の里へ。
その場所はジレット大森林よりもさらに遠方なため、決して楽な道のりではない。
それでも問題ない理由は、ウイルの実力が魔物を容易く蹴散らせるからだ。
実は既に下見も済ませており、魔女達は突然の訪問者に心底驚いていた。
エルディアから正確な場所までは聞かされていなかった。
それでもたどり着ける。少年の天技が、彼女の元へ導いてくれるのだから。
ジョーカー・アンド・ウォーカー。これの対象は魔物だけではない。エルディアも補足の対象な上、なぜか彼女に関してはどれほど離れていようと方角の把握が可能だ。
ゆえに、魔女の里も容易に見つけられてしまう。
彼女らの再会を成就させるため、先ずは目先の厄介ごとから片づけたい。
子供らの住処を倒壊させ、跡地を乗っ取ろうとした犯人。危険思想の持主だということは、この時点で容易に想像可能だ。
ましてや、正規の手続きではあるのだが、建築の申し出を提出した団体は既に判明している。
彼らの中に犯人がいるのだから、少年は目を見開いて探すまでだ。
女神教。神を崇拝する狂信者達。
歴史の闇に葬り去られたはずだが、現代に蘇り、活動を再開させたばかりか、素過ごせない悪事を働いた。
許せるはずもない。
ウイルは貴族として、傭兵として、なによりここの元住人して、仇を取るつもりでいる。
野心を抱くという意味では、犯人もウイルも同じなのかもしれない。
しかし、それらが交錯した場合、そこは戦場となり、生き残れるのはどちらかだ。
勝つか、負けるか。
殺すか、殺されるか。
生きるか、死ぬか。
ウルフィエナらしい、結末だ。