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ガラリ、と音を立てて扉が開いた瞬間、その空気の「異様さ」に、日下部は一歩足を止めた。
ざわつきはなかった。
逆に──静かすぎた。
けれど、教室の中央、
教卓の前に“誰か”が立たされているのが見えた。
(……遥)
瞬時に、何かが“おかしい”と察した。
遥の周囲には、何人もの生徒たち。
その輪の中心に、力なく項垂れる姿。
引き攣ったような顔。
シャツの裾が、半ばめくられたまま。
──それは、
昔、幼い頃、
自分が“やってしまった側”だった時と、
まったく同じ光景。
けれど、今は──
遥の視線が、ほんの一瞬だけ日下部の方を向いた。
その目に浮かんでいたのは、
「来ないで」でも、
「助けて」でも、なかった。
それは──
「終わった」
そう言っているような、
どこにも逃げ場のない、
もう壊れてしまった何かを閉じ込めた、そんな目だった。
「──何やってんだ、てめぇら」
日下部の声が教室に響いた。
数人が驚いて振り返る。
「ふざけんな。……遥に、何してんだよ」
その声には怒気が混じっていた。
自分でも抑えられなかった。
何人かの男子が苦笑いを浮かべる。
女子たちはスマホをそっと伏せて、席に戻った。
「……おまえ、何日も休んでたじゃん。今さら何言ってんの?」
「本人が望んでるんだよ、こういうの。なぁ?」
誰かが遥の肩を叩いた。
遥は反応しない。
まるで感情のスイッチごと抜かれたみたいに、ただ立っていた。
(……遅かったのか?)
日下部の手が、無意識に拳を握った。
その指先が、震えている。
「遥、帰ろう」
そう言って近づこうとした──そのときだった。
遥が、かすかに首を振った。
拒絶、でもなく、承諾でもなく。
ただ、「違う」という意思だけが、そこにあった。
──俺じゃ、届かない。
そう、突きつけられた気がした。
あの夜、手を伸ばした。
でも触れなかった。
触れなかったくせに、
守るとも、好きだとも、信じるとも言った。
口だけで、なにひとつしなかった。
(おまえが“壊したくない”って思ってた相手が──)
(今、こんなふうに壊されてるのに)
それでも日下部は、逃げなかった。
「……やめろよ。全員。今すぐ」
凍りついた空気の中で、
その声だけが確かに響いた。
「おまえらがやってること、全部──
見てたからな」
誰かが舌打ちをした。
誰かが、視線を逸らした。
誰かが、わずかに肩をすくめて笑った。
日下部はもう一度、遥の名前を呼んだ。
でも──遥はもう、どこか遠くにいた。