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「猫を、飼ったのよ」
帰り道の道中、そんな声が聞こえてきた。
すでに午後5時を回っていた。今の季節は冬、北の果て・極寒の地であるこの国では、昼を過ぎれば世界は直ぐに夜に向かって駆け出してゆく。辺りはすでに暗かった。おまけに厚い雲の垂れ込めた暗幕のような空からは、雪がちらほらと舞い始めていた。昼前まで降っていた雪が再開したのだ。
「猫って触ると温かいじゃない?しかもおとなしくて可愛いし。ペットショップで一目惚れしたのよ、いま家にいるわ」
「羨ましい!猫っていいわよねぇ、優雅で、気品があって。家に帰ったら暖炉をおこさなきゃじゃない?でもペットがいるとそんな手間も手間と感じなくなるわよね」
「本当にその通りよ」
高級そうな服の肩口に雪が積もってゆくのも気にせずに、道端で女二人がしゃべっていた。彼女らを横目に見ながら家路を急ぐ。
……そう言えば、うちにもいま猫がいたなぁ。暖炉の火はきちんと管理してくれただろうか。
家に着く。鍵を回して玄関に入ると、家の中はいつものように冷え切ってはいなかった。暖かかったのだ。きっと、暖炉に火が燃えているのだろう。猫が、管理してくれたに違いない。
「……ただいま」
そう言いながら部屋のドアを開けた。
いつものように家に一人だったらこんなことは言わない。今日は違う。何故なら、猫が───彼女が、家にいるから。
赤々と燃えた暖炉の前に座り込んだ彼女が、振り返ってこちらを見た。顔の日の丸を綻ばせて一言。
「おかえり、ロシア」
ロシアは人知れず微笑んで、目の前の彼女───にゃぽんを、見た。
数時間前。この日、ロシアにとって大事な会議があった。だから余裕を持って準備して、会議場にゆっくり向かおうと家のドアを開けた時だった。
家を出て少し行った道端に、音もなく降り積もり続ける雪に混じってセーラー服がうずくまっていたのだ。見覚えのあるセーラー服。ロシアの女学生のものではないことは直ぐにわかった。おまけに体育座りした腕に埋められた頭部からはぴょこんと猫の耳が生えている。可哀想なことに身を切るような寒さにガタガタと全身を震わせていた。
当たり前だ、こんな極寒の地にうっすいセーラー服のみで来るなんて。
文字通りロシアは飛び上がった。会議も忘れて彼女のところまで駆け寄ると(憔悴した顔を挙げてロシアを見たのはロシアの見立て通りにゃぽんであったのだが、他のモブ女と勘違いしていなくて本当によかった)、彼女の凍傷を恐れる一心で体裁など微塵も気にせず彼女を抱え上げて家まで突っ走り(体重はクソ軽かった。本当に食ってんのかコイツ?と疑いたくなるほどだった)、びしょ濡れだったセーラーを無理やりロシアの部屋着に着替えさせて消していた暖炉に火をもう一度起こし、ホットミルク一杯を与えた所で、やっとロシアは会議の存在を忘れていたことに気づいたのだった。腕時計を見れば遅刻は確定していた。とりあえず暖炉の管理だけ頼んでおいてロシアは家を飛び出した。
そして先ほど、会議をなんとか終えて帰ってきたところなのだ。
「………なんであんなところにいたか、聞いても良い?」
乾かしてあったセーラー服の隣に外套を引っ掛けながらロシアは聞いた。にゃぽんは俯いた。
「……ごめんね、会議邪魔しちゃって。……なんか、疲れちゃって。気づいたらロシアの家まで来てた」
「……あんなとこ居たら、今頃死んでたぞ、お前……俺が家出るの少しでも早かったら……」
死ねたんならそれで良いのに。
にゃぽんがそう呟いたのをロシアは聞き逃さなかった。でも、敢えてそのことには触れなかった。
ネクタイを取り、シャツの前を緩めながらロシアはにゃぽんに近づいた。にゃぽんは直ぐに座っていた椅子から立ち上がった。
「座って」
「あいや、いいって。ごめん、どかそうと思ったわけじゃないんだ」
ロシアは謝ると、にゃぽんの近くに置かれていた火かき棒を手に取り、暖炉の中を掻き回した。
「……センス良いじゃん。火の管理、よく出来たな」
「えへへー」
そう言って笑うにゃぽんを振り返って見る。よく見ればロシアの部屋着などにゃぽんにとっては服の役目を果たしていなかった。上も下もブカブカすぎる。必然的に萌え袖になっていて、手首の辺りは完全に見えなかった。
「ねーロシア」
「……ん?」
「キッチン借りていー?」
「なんで?」
「お礼にぼるしちとやら作ってあげようかなーって思って」
ロシアは苦笑した。
「いいって、そんな気を遣わなくても。なんかてきとうに作ってやるから」
「……そんな、申し訳ないよ。急に押しかけちゃったんだし、その……」
ロシアは首を振った。
「いいってば。お前はまだ温まってろ。風邪ひいちまうぞ」
暖炉を掻き回し、火の勢いを少しだけ強めてからロシアは台所に行こうと立った。にゃぽんの声を背中で受け止める。
「ロシア。今夜泊まってもいい?……何でもするからさ」
「…………」
ロシアは無言で振り返った。椅子の上に体育座りするような格好でうずくまり、火を眺めるにゃぽんの姿がそこにはあった。
ふと、ロシアの頭の中に帰り道での会話が蘇った。
『猫を、飼ったのよ』『猫って……温かくて……気品があって』『……羨ましい……』
猫って、あったかいんだ。抱っこしたら、この、冷え切った身体も温めてくれるだろうか。
……いささか会議で疲れていたのかも知れない。ロシアは、どこか靄がかかったような頭で深く考えずににゃぽんに言った。言ってしまった。……それがどんな誤解を招くかも考えずに。
「にゃぽん。今、何でもするって……言ったよな」
にゃぽんの耳がピンと立った。困惑したような顔で彼女が頷く。
「えっ………う、ん」
「だったらさ、」
ロシアは大股で彼女に近づいた。にゃぽんは椅子の上で縮こまった。明らかに怯えていたのに、ロシアは気づかなかった。
「にゃぽんのこと、抱いていい?」
ロシアに下心などなかった。文字通り、猫を抱っこするようににゃぽんを抱っこしてみたかっただけなのだ。しかしにゃぽんには通じなかった。
「え、やっ………な、何でもするって言ったけど、そっ……それ、は………」
「………」
「ろ、ろしあっ………!お願っ、止まっ………‼︎ 」
「……なんで。ちょっとだけでいいから」
「……ぃ、嫌だっ………!」
「あ」
ロシアの手を振り払おうとしたにゃぽんは、体勢を崩し、椅子から転げ落ちそうになった。にゃぽんが小さく叫ぶ。ロシアは慌ててその体を支えてやろうとした、が………
二人して床に倒れ込んでしまった。
体勢的にロシアがにゃぽんに馬乗りするような状態になってしまう。幸い、ロシアの手がにゃぽんの後頭部に滑り込んでいたおかげで彼女が頭を打つことはなかった。
「危なっ…………!」
ロシアはため息を吐いた。彼女に怪我させなくてよかった。
しかし、この状況。
完全ににゃぽんは固まってしまった。あまつさえ微かに震え出すその身体に、ロシアは当惑した。
「にゃぽ……?だいじょうぶ?」
「……っ、せっ………せめ、て、」
「………?」
「せめて………っ」
にゃぽんの目に薄く涙がはったのをロシアは見た。なぜ、彼女はこんなに怯えているのだろうか。
「せめて、何?」
ロシアはできるだけ優しく聞いた。
「せめて……っ、ご、ゴム、して………っくれ、たら、」
「ゴム?何の話?」
ロシアは当惑した。そして、完全に疲れていた。本当に頭が回らなかった。ゴム?何のことだ。俺がいない間に菓子でも食って、そのパッケージを止めるための輪ゴムでも欲しいのか。そんなことなら全然構わないが……
「……輪ゴム欲しいなら後であげるよ。……それよりさ、」
ロシアはにゃぽんの目から視線を移した。いつしか、バンザイするように投げ出された彼女の腕を注視していた。
ダボダボだった服が今や肘のあたりまでずり下がり、白く細い腕が顕になっている。
そして、その手首のあたりを無数に横断する、赤くて細い傷跡。
ロシアは目元を緩めた。ちょっとだけ微笑んで、にゃぽんから目を逸らしたまま続ける。
「俺が言いたいのは、ちょっとだけ、にゃぽんのこと抱っこしていいかって、ことなんだよ………もちろん嫌だったら嫌って言ってくれ」
「………っ、…………」
「……帰り道にさ、聞いたんだ。猫って抱くとあったかいんだって。にゃぽんもそうなんだろ?試させて欲しいんだけど……」
彼女は、顔を真っ赤にして半泣きでやっとのこと頷いた。ロシアはにゃぽんのことを本物の猫を抱くように抱き上げ、抱えるようにして座り直した。そのまま彼女の肩口に顔を埋める。
「あー、やっぱあったけぇ……猫ってあったけぇんだ………」
涙を拭いながらにゃぽんが小さく言い返す。
「……猫じゃないもん」
「……猫だろ」
「……違うもん」
しばらくは二人とも押し黙っていた。
先に口を開いたのはロシアだった。
「……ねぇにゃぽん。……一つだけ教えて」
「……なに?」
「あのさ」
「……」
にゃぽんが軽く頷く。ロシアは静かに、至極静かに言った。
「……どうして、腕、切っちゃったの」
「…………っ‼︎‼︎‼︎」
すぐににゃぽんが反応してもがいた。ロシアは離さなかった。
「話して……離してろしあっ!やだ、やだやだやだっ‼︎‼︎ 」
「にゃぽん、落ち着いて」
「やだっ!ろしあ、離して!!!」
「離すから、逃げるなよ」
「………っ!!」
あっさりとにゃぽんを解放したロシアに困惑したような目を向けながら、にゃぽんは身を引いた。ロシアは微笑んだ。優しい笑みを向けられ、にゃぽんは少しだけ、身体の緊張を解いた。
「……否定するんでしょ」
にゃぽんが小さく呟く。
「……どうせろしあも、私のこと否定するんでしょ。止めるんでしょ。そんなことして何になるんだって」
ロシアは何も言わず首を横に振ると、飛び退ったにゃぽんに少しだけ近づいた。二人とも床に座り込んだまま、静かに対峙する。暖炉から、薪の爆ぜる音だけが微かに聞こえていた。
掠れた低い声で、ロシアは言った。
「……止めないよ」
「……ぇ……?」
「止めないし、否定もしないよ」
「………」
にゃぽんが見上げてくる。ロシアは、無言でワイシャツの手首のあたりをまさぐり、ボタンを外した。そのまま肘のあたりまで捲り上げる。
「…………っ、ぁ、ぇっ…………」
そこに見えたものに、にゃぽんは絶句して固まった。
ロシアの手首から肘にかけて、赤い肌をぐるぐると周回する白い包帯。手首の辺りの包帯は、あろうことか血を吸って赤く染まっていた。
にゃぽんは呻いた。
「え、ろしっ………ぇ、なん、で、こんな」
「…………俺も同じことを思ったよ。お前の手首がさっき、見えた時」
「………」
ワイシャツを戻しながらロシアはニコ、と笑った。力のない笑いだった。
「にゃぽんはさ、なにで切る派?」
「えっ………」
「ハハ、こんなこと聞いてどうすんだって感じだけどさ」
ロシアが自重気味に笑う。にゃぽんは俯いたまま床の一点をじっと見つめていたが、やがて小さく答えた。
「………カミソリ」
「………カミソリか」
「うん」
にゃぽんが、小さくか細い声で話し出す。力の無い声だった。
「……カミソリの方が、カッターより、……傷つけやすいから。……その……スって、刃が、入るんだ。多少は力込めなきゃだけど。プツって、音がしたらすぐ力入れてスライドするだけ。赤く線ができて、すぐに血の球が浮かび始める。……あまり痛くないよ。痛くないし、簡単だし、…………すぐ切れる」
「………」
「……ロシアは?」
問われたロシアは、同じように小さく掠れた声で答えた。
「……カッターだよ」
「……カッターは……さ、なかなか切れなくない?ちから、………入れなきゃだし、………痛い、から」
「……うん。でも俺は、………カミソリだと、………皮膚あまり通らなくてさ」
にゃぽんが少しだけ笑った。
「ロシア……肌強そうだもんねぇ」
「……まぁね」
ロシアも釣られて少しだけ笑った。そのまま、二人で、少しだけ、笑い続ける。嫌な笑いでは無かった。二人にしか共有できない、特別感のような、あまつさえ背徳感のようなものまで感じていた。
少ししてから、ロシアがにゃぽんに聞いた。
「……ねぇ、にゃぽん」
「なに……?」
「その……さ。何で切っちゃったか、聞いても良い?」
フイ、とにゃぽんが遠くを見つめた。暖炉に面するように座っていた彼女の目の中に暖炉の火が映る。静かに燃える火を移していた美しい瞳を伏せると、一瞬の間を置いてからにゃぽんは答えた。
「………嫌なこと、あったんだ」
「……いやな、こと」
「そう」
ロシアは、にゃぽんの肩からずり落ちかけていたスウェットを直してやった。でないと鎖骨が見えそうだった。その手に、にゃぽんの小さな手が重ねられる。
「嫌なこと、いっぱいあるんだよ。……誰も私を見てくれないって……そう、感じちゃって。お父さんもお兄ちゃんも私のこと、きちんと愛してくれてる。……それだけじゃ、嫌なんだ。みんなから、愛されたい。すごいって言われたい。みんなの唯一無二になりたい。………わがままなんだ。わがままな望みなんだ。……自分より可哀想な人がいるの、知ってる。分かってる。でもダメなんだ。私にしかできないこと、やりたくて。でも……見つからなくて。周りは私よりすごい人しかいなくて。私より年下なのに、もう、私よりすごいことしてる子もいて。…………嫌なんだ。そういうの見るの。………最低だって分かってる。でもダメなんだ。僻んで僻んで妬んで、で………最終的に、最低な自分しか残らないんだ。そう思ってる時間すら無駄にしてる。そのことにすら気づけない……自分が…………嫌で嫌で、いやで、いや、で………………っ」
「…………」
「それで………もう、……死んじゃおうって、何回も思って何回も切った。………でも死ねなかった。死ぬ勇気すら、私にはない」
おかしくなっちゃいそうだよ
そう言ってにゃぽんは俯いた。二つの煌めきが、俯いた彼女の顔から落ちていった。
ロシアは静かに口を開いた。
「……………にゃぽんは……頑張って、生きてるんだね……」
「……」
ふるふると首を横に振ったにゃぽんの、大きな猫耳のあたりを撫でてやる。
「頑張ってるだろう。……だから、腕を切ったんだろう。死にたいって思うのは……本心かもしれない。でも、………今の自分をどうにかしたくて……だから、切ったんだろ……。お前は、……本当に頑張りながら、生きてるよ……」
にゃぽんの嗚咽が微かに聞こえてきた。ロシアは続ける。
「俺もさ。その……死にたいって、よく思うよ。でも……なんか、生きちまってる。俺が腕切ったのは……死にたかったのもあったけど……」
ちょっとだけロシアは笑った。
「なんか、ノリってやつ?はは、ほんとに俺は………くだらない理由で切ったんだけど……」
「………」
「だからさ、にゃぽんはホントにすげえなって、思うよ。ちゃんと考えて……自分のこと見つめて生きてるんだなって、……俺とは違うんだなって、………」
じわっとロシアの視界が滲んだのは、その時だった。
「俺は………何も出来ない、で……現状を変えることも、それを考えることも、しないで………生きて、生きてて良いのかな………何回も、思ったけど……かえらんなくて、……いっぱい色んな人傷つけて、大切なやつまで、傷つけて、悲しませた……のに、それなのに……まだ生きてて……本当は今すぐ、死んじまいたい………でもやっぱ、死ぬのはこ……怖くて………最低なのは、………っ、俺、だよ……」
「………」
黙ってロシアの声を聞いていたにゃぽんは、涙の滲んだ顔をあげた。ゆっくりとロシアの顔に手を伸ばすと、親指で涙を拭ってやる。
「………ろしあ。……死にたい?」
ロシアが頷く。にゃぽんは彼ににじりよった。その上半身をゆっくりと抱きすくめる。 にゃぽんはロシアの耳元で囁いた。
「…………自分勝手なこと、言っても良い?」
「…………うん」
「私ね、………ロシアには、……ずっと、ここにいて欲しい」
「………」
「……………ずっと、会いたいよ。またこうやって、会いたい。………今日が最後にしたくない。ロシア。ロシアは……お願い、ここにいて」
ロシアがゆっくりとにゃぽんを抱きしめ返した。
「……俺も」
彼女が自分の首のあたりで頷くのを感じる。
「……俺も、最後にしたくない。……にゃぽん。どうか………どうか、ずっとここにいてくれ……一人には、なりたく………無い……」
にゃぽんが頷く。
二人とも、泣いていた。泣きながら約束した。
「……私、……切りたくなったら……ロシアのこと、思い出すようにする。……それだけだけど………また、切っちゃうかもしれないけど……でも、やくそく、する、から…………」
「……俺も。やくそく……する。だから、にゃぽん、俺……にゃぽんのこと、生きる……理由にしても良い、かな」
「………いいよ。わたしも、いい………?」
ロシアは頷いた。
少ししてから、にゃぽんがロシアから離れた。もう二人とも泣いてはいなかった。
ロシアは、自分がにゃぽんより大きな身体で泣いていたのが少し恥ずかしく感じた。
落ち着いてからさまざまなことを話した。これからのことや今の小さな目標に始まり、昨日何があったとか、どこどこの店が美味しかったとか、内容は他愛のないものになっていった。
二人とも心から笑えるようになっていた。
もう一人じゃないから。何があっても、自分だけで背負い込むことはないと、今日、分かったから。
簡易的な食事をとった後も、二人は話し続けた。夜が更け、客室ににゃぽんを案内しようしたが、異常なまでに「寒い」と言うものだから、ロシアの大きなベッドに二人して横になることになってしまった。
「良いのかよ……俺男だぞ」
ロシアはそうは言ったもののにゃぽんは取り合わなかった。
「かんけーないよ。……とにかく寒くて」
「……しょうがねぇな」
グイグイと猫さながら布団の中に潜り込んでゆくにゃぽんを、呆れた目で見たロシアは苦笑した。それから、気づいた。
今夜は、カッターを手に取らずに済んだことに。
にゃぽんがいくら小さいと言えど、ベッド一つに二人はきつかった。必然的に彼女を腕の中に収めて寝るような形になってしまう。
眠気はすぐに襲ってきた。
瞼が落ちる寸前、ロシアは薄れゆく意識の中で思った。
やっぱり、猫って抱くと温かいんだな……
「………………もしもし?あ、アメリカ?」
翌朝、火の気のない暖炉に火を起こしつつロシアはスマホを片手に電話していた。相手は何を隠そう、長年の敵であり悪友でもあるアメリカだ。
すぐに威勢のいい声が返ってきた。
『ロシア?Good morning !どうした?朝早くから電話なんか』
「いや……今日の会議なんだが」
『何だよ、昨日からの続きの会議だろ?なに、会議場所でも変わったわけ?』
「いやそれがさ」
ロシアは意味もなくチラと掛け時計を見上げた。朝の8時を回ったところだった。
「俺、今日休むわ」
案の定、アメリカの声が爆発した。
『はぁああ!?休むってお前……勝手なこと言ってんじゃねぇよ』
「……頼む」
『え』
アメリカの困惑した声。
『お前が俺に頼み事するとか……珍しすぎ。なんかあった?』
「それがさ」
ちらっと寝室の方を振り返ったロシアは、声を若干ひそめて言った。
「……猫が熱出したんだわ」
『はぁあ!?猫ぉ!?』
アメリカの声が裏返った。ロシアは少しだけ笑った。
「うん。猫。一日看病してやりたいから、今日の会議休ませてくんねぇかな」
『ま、まぁ……いいけどよ』
「……ありがとう」
『捨て猫?』
「まぁそんなとこかな」
『ふーん……珍しいじゃん。お前にしちゃさ』
「……そうかな」
そこから二言三言ほど話してからロシアは電話を切った。
幸い、にゃぽんは微熱だった。昨日の寒さで風邪でも引いたのだろう。今日一日はずっと一緒にいられる。
不謹慎かもしれないが、理由はどうあれ、彼女と一緒にいられるのは嬉しかった。話し足りなかったのだ。もっと、一緒にいたい。この気持ちを共有したい。話したい。
窓の外はまだ暗く、どんよりと曇っていた。微かに雨の降る音がする。いつもなら憂鬱な気持ちになっていただろう。
しかし、今日は少しだけ心が軽かった。
ロシアは、ほんのちょっとだけ足取り軽く、再び寝室へ向かった。
腕の傷は、塞がりかけていた。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!少し人によっては不快な内容だったかもしれませんが…
実はテラノのアカウント二つ目なんですよ、私…リハビリ目的の小話でした。前回連載してた小説もいつか再開できたらと思っております。
それでは!