「変な話の逸れ方したけど、ここに来て騒いだだけで、まだ何も進展してないのよね」
ネフテリアは、憂いを帯びた目をしながらため息交じりに呟いた。結果だけ見ると、ジェルミラの元へとやってきて、その中に人影を確認してからは、ただ横で暴れていただけである。
事の発端となったアリエッタは、元々仕方ないなぁで済まされていたのだが、説教されている最中のミューゼとパフィの横に一緒にいつのまにか正座し、『ごめんなさい』と一言発した事で、一瞬にして許されてた。その証拠に、今はネフテリアに抱っこされている。
(これは罰ですよね? 拘束されているんですよね? なんでほっぺにチューされたんですかね!?)
ネフテリアによって拘束され、罰を受けたアリエッタは、真っ赤になってネフテリアの肩に顔を埋めていた。
その瞬間から、エルツァーレマイアの顔が、悔しそうに眉を寄せ唇を噛みながら涎を垂らして頬を紅潮させているという、形容しがたい状態になっている。
(ぐぬぬぬぬ……なるほど、拒否される前にさりげなくチューをすれば、あーやって恥ずかしがってる間に愛で放題……帰ったら予行練習しておかないと)
勘違い中の女神の企みは、煩悩に満ちていた。
「ど、どうするのよ?」
ネフテリアの後ろから、パフィが声をかけた。少し俯いた状態で、ネフテリアの機嫌を伺いながら指示を仰ぐ。王女による本気の説教は、終わってからも2人を震え上がらせていた。それほどまでに2人の攻撃が怖かったのだ。
しかし、思いっきり叱りつけた事と、アリエッタの必死の謝罪によって、すっかり気分は晴れていた。
もっとも、怒られていた2人は、まだ怖くてまともに顔を上げる事が出来ない。
パフィからの質問に少し考えたネフテリアは、ミューゼに向けて指令を出した。
「エルさんに何とかしてもらいましょ。ミューゼさんお願い」
「はいっ! すみませんでした!」
「…………いやそれはもういいから」
ネフテリアは、ジェルミラという名前を付けた事を伝え、そのジェルミラを動かしたり壊したりできるエルツァーレマイアに動かすのを頼む事にした。伝え方が分からないので、頼むのは今一番アリエッタと通じ合っているように見えるミューゼに任せたが。
「エルさん、こっち来てくださいねー……えっと、これ、どかして、ほしいんだけど……その、こうやって……」
簡単な言葉を呟きながら、動きでどうして欲しいかを必死に伝えるミューゼ。今回は目的が目の前にあるので伝わりやすい。
(なるほど、これをどかして中の人影を見たいのね? ほかならぬ娘の嫁の頼みだもの、親として、そして神として叶えましょう)
親はともかく神ははたして関係あるのかどうか。しかもそんな個人贔屓を真顔で考え、エルツァーレマイアは前に出た。
『しつれいしまーす…あら?』
なんとなく声をかけて、ジェルミラの下半分…幕になっている部分を手に取り、ぺらりとめくりあげた。そして中へと入っていく。
「……分かってたけど、ああも簡単に進まれると、さっきのわたくし達の努力はなんだったのかと思ってしまうわね」
「う~ん」
ジェルミラはパフィの力でもビクともしなかったというのに、エルツァーレマイアとアリエッタはあたりまえのように動かしてしまう。
その原因は女神の力。もっとも、能天気な本神達に、その自覚は一切無いが。
「ん? あの子……」
すぐにジェルミラの幕内から出てきたエルツァーレマイア。その手につながれて怯えた顔で連れ出されたのは、女の子だった。
『あっ!』
「あ! アリエッタちゃんだ!」
女の子はエルツァーレマイアの手から離れ、嬉しそうにアリエッタに向かって駆け出した。
「公園でアリエッタと一緒に遊んでくれた子だわ」
「本当なのよ。よかったのよー」
「感動の再開ね。よっと」
ネフテリアがアリエッタを下に降ろしたところで、女の子がアリエッタに抱き着いた。アリエッタの方も目の前で飲みこまれた女の子の事が心配だった為、ぎゅっと抱き返す。
そんな2人を保護者達はほんわかと見守っていた。ただ1名を除いて。
(ふおおおお!! なにこの可愛い光景! 頭だけでいいからあの子達の間に挟まりたい! 甘い匂いしそう!)
だんだん欲望を変な方向にエスカレートさせていくエルツァーレマイアは、体をクネクネさせて身悶えていた。しかしその事には誰も気づかない。
その時丁度、女の子を包んでいたジェルミラが浮かんでいった為である。ふわりと離れるその姿は、ミューゼ達からは少し悲しそうに見えていた。
「アリエッタ、この子が見つかってよかったね」
(?)
「あ、そっか。名前は教えてもらっていたみたいだけど、会話のどこが名前か分からなかったのね」
ジェルミラを見送ったミューゼは少女たちを少し落ち着かせて、女の子の名前を教えてもらい、その名前をアリエッタに伝えた。女の子もアリエッタが言葉を知らない事を理解しているので、大人しく従っている。
「めれい…ず……めれいず!」
「うん! よろしくねアリエッタちゃん!」
女の子の名前はメレイズ。ハウドラントの公園では会話から聞き分けられなかった名前は、今度こそアリエッタに伝わったのだった。
その流れのまま、ネフテリアはメレイズに何があったのかを聞き出す事にした。
「それでメレイズちゃん。ずっとコレの中にいたんだけど、何か覚えてる?」
「う~んとねぇ……わたしずっと起きてたんだけどね、目が開けられないし、最初は動けなくて怖かったの」
メレイズはドルネフィラーに取り込まれてから、目を開ける前にジェルミラに囚われていたのだ。全く動けない事を身をもって知っているネフテリアは、頑張ったねと言いながらメレイズを撫でた。
「でもね、いつの間にか歩いてて、おうちでごはん食べてたよ」
「うん? どういう事?」
「最後にお口あけたら、いきなり目が開いて、そのおねーさんに手を繋がれていたの」
ネフテリアとエルツァーレマイアを交互に見て話すメレイズは、不思議だねーと呟きながら首を傾げた。
「そっかー、ありがと。きっと寝てたんだね」
「そうなの?」
「うん。とりあえず、アリエッタちゃんと一緒にいてあげてくれるかな? 今いるココもドルネフィラーっていう夢の中で、しばらくしたら帰れるんだけど、アリエッタちゃんはそれが分からないから、とっても不安だと思うの」
「うんわかった! ドルネフィラーならママとお勉強したから知ってるよ! 帰るまで一緒にいるね!」
(可愛い子だなー。仲良くしてくれるし嬉しいなぁ)
(アリエッタちゃんやっぱりカワイイ! ずっと手つないでよっと)
アリエッタと再会出来た事でテンションが上がっているメレイズは、動けなかった事への恐怖心を完全に忘れ、アリエッタに無邪気な笑顔を向け、手をぎゅっと握った。そしてもう片方の手は、しれっとエルツァーレマイアが握った。
少しの間、少女2人はエルツァーレマイアを不思議そうに見つめていた。
ハウドラントの子は逞しいなぁと思いつつメレイズから聞いた話を頭の中で整理し、後ろに控えている2人の元へと下がるネフテリア。
「……何か判明なされた事でもありましてございましょうのよ?」
「まだ怯えてるの? 言葉遣いがおかしくなってるわよ」
いまだに説教を引きずっているパフィが聞くと、一旦呆れてから自分の考えを組み立てていった。
「確証は無いんだけど、ドルミライトが何なのか少し分かった気がするの」
ネフテリアの仮説によると、ジェルミラはドルミライトそのもの、もしくはドルミライトを育てている生き物であるという。ドルネフィラーへとやってきた人を取り込み、その人の夢を手に入れ、色々な場所に漂わせている。そうして出来たものの1つが、バルドルのドルミライトである。
ジェルミラはこれまで目撃情報が無かった。おそらくドルネフィラーに来た時点でこの場所に放置され、気が付く前にジェルミラに取り込まれて夢を取られ、他の場所に放置されるのだろう……
「──というのがわたくしの考えね。メレイズちゃんの証言とさっきのジェルミラの動き、それと本に書いてあった事と合わせて、今の段階ではそこまで想像出来ただけなんだけど、戻ったらピアーニャと一緒にまとめないとなぁ」
ざっと要点を話し、チェック模様の空を仰ぐ。
「夢を取られるって、記憶を奪われるとか?」
「いや、何か記憶を無くしたっていう記録は無かったわ。おそらくその時に見た新しい夢を奪うだけで、奪われた本人には何の影響も無いんじゃないかな」
「まぁ夢なんて、普段でも起きたら忘れるのよ」
「そういう事。むしろそんな幻を形にして残してるのって、一体どういう意味があるのかしらね」
夢という名の記憶や想いによる一種の幻。そしてそれを現実化するドルネフィラーというリージョン。取り込まれた人の分だけ、夢が物理的に増えていくという不可思議な現象に何の意味があるのか。それを知るにはまだまだ情報が足りな過ぎると、一通り喋ったネフテリアはため息をついた。
そこまで話を聞いて、ミューゼには疑問が浮かんだ。
「じゃあ、あたし達はなんで草原で目を覚ましたんでしょう? メレイズちゃんみたいに夢を見たり起きたまま動けないとかは無かったですし」
「さぁね……わたくしはエルさんの存在が何か影響してるんじゃないかと思ってるけど、話通じないし、本人にも自覚があるのか分からないし。こればっかりはアリエッタちゃんと話せるようになってから、またドルネフィラーに来るなんていう、次があるかどうか分からない事を期待するしかないわ」
これまでドルネフィラーは、何百年と調査対象になっていた。しかし、狙って入れないせいで、調べられた事はごく僅かなのである。
それに比べ今回の件は、情報過多とも言っていい程までに、沢山の事を知る事が出来た。ネフテリアとしても、既にこれ以上無い程の収穫なのである。もちろんハウドラントで目が覚めるまで、調査を続ける気ではあるが。
「今回は浅く広く調べましょ。いろんな種類の情報を集められれば、今後ここに来る人も動きやすいと思うし」
「了解なのよ。じゃあみんなでひたすら歩くのよ」
3人は出来るだけ多くの事を知る為に、とにかく探索する事にした。景色でもなんでも、目についた事はなんでも情報として持ち帰る事を選んだのだ。
アリエッタ達に声をかけ、今度は最初からはエルツァーレマイアに頼らずに勘で進むことにした。
「どっちにいったら違う場所にいけるの?」
足場は少ないが、下を含めた全方位に広いこの空間で歩きながら、メレイズが純粋な目でそんな事を呟いた。勢いで出発を決めたネフテリア達は、無策な状況を笑って誤魔化そうとするのだった。
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