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夕暮れに染まるグラウレスタの森の奥、赤い光の中にある泉から離れ、茂みの中を進んだ先にその場所はある。
小さな湧き水、小さな畑、焚火の跡、そして神の威圧で他の動物が寄り付かない家。
そのすぐ傍で、屈強な男達が不服そうな顔でため息をついていた。
「なぁ副総長。本当に今日もこんな所で寝るんスか?」
「ええそうですよ。この辺りはどういう訳か安全なんです。一応見張りは最低限でしてもらいますが」
赤い光の調査中、ロンデルの指示でこの場所へとやってきた男達は、先日からこの場所で野宿をしていた。この場所が安全だという事を知っていたロンデルが、どうせ周辺調査でバレるからと、魔力の泉の奥にある家へとやってきたのである。
ちなみに小さな女の子の家だからという事で、誰も中には入っていない。
「いや、安全なのはいーんスけどね!? こんな可愛らし~い家の前とか、気が抜けますって! 俺達オッサンなんスよ!?」
ビシッと家を指さしたシーカーの男。後ろにいる他の男達も、神妙な顔でうんうんと頷いている。
指差した先にあるのはアリエッタが住んでいた家。その形は大きなキノコであり、やや小さいサイズのドアと丸い窓がついている。そのとってもファンシーな家の前に、探索で汚れたむさい男達が勢ぞろいしているのだ。絵面的に難がある。
「気にしないでください。どうせ誰も見ていませんし、この場所は極秘です。『オッサンなのにそんな可愛い趣味があったんですねーキャハハ☆』と受付嬢や若い子に笑われたくなかったら、決して人には話さないようにしてくださいね」
ここにいるのはモテない者や妻子持ちという男性陣ばかりで、ピアーニャを影でこっそり笑いのネタにしている事もある者達である。最終的にそういう人材を選んだのは、ロンデルだった。
動きやすいように少人数での調査、危険生物との戦闘もあり、数日の野宿に耐えられる人材を選んだと、リージョンシーカーの事務員には報告している。
しかし人選の本当の狙いは、この場所の事を一切漏らせない状態にする事である。まずはピアーニャのお仕置きを恐れて他言したくないという苦手意識を持つ者を選んだ。しかしそれだけでは無く、ロンデルはもう1つの保険をかけていた。
最初、この家を見た瞬間、男達は指を差して大爆笑した。好きなだけ笑わせてから、家の前で数日過ごす事を告げたとき、一変して全員がこの世の終わりのような顔で固まった。笑い物にした相手が、まさか自分自身になるとは思わなかったのだ。屈強な男達にとって、可愛らしい体験は屈辱であり禁忌なのである。
自分で自分を笑い物にしてしまった男達は、女の子や家族にこんな可愛い場所で過ごした事を笑われたくない…この場所の事を他人に話せば恥をかくのは自分自身だ、という心理状態になったのだった。
ロンデルはそんな男たちに、トドメの追い打ちをかける。
「ちなみに、もし誰かが喋った場合、ここにいる全員がピアーニャちゃんと同じ扱いを受けることになります」
「悪魔かアンタはあああ!!!」
「やめてくれええぇぇぇぇ!! 俺には妻と娘がぁっ!」
「リリちゃんにそんな笑われ方したら、オレもう生きていけねぇよおおお!!」
悪魔のフェルトーレンを頭に乗せたロンデルによる、爽やかな笑顔での脅し…もとい箝口令によって、男達は崩れ落ち、大きな声で嘆くのだった。
「……?」
ハウドラントの公園にて、変な悪寒を感じ、身を震わせたピアーニャ。
現在公園には、紫色の大きな半球体…夢のリージョン『ドルネフィラー』が鎮座している。暗くなりつつある空の下で、ピアーニャをはじめとするドルネフィラーの調査隊が急遽組まれ、公園の一角に対策本部を設けて話し合っていた。
「5人の魔属性魔法をぶつけて波打つ程度の効果でした。やはり魔力は有効なようですね」
「まぁ数人の魔力ではリージョンを動かすなんて無理ですよ。ファナリア中の人から魔力をもらって一気にぶつけるとか出来たらいいんですが」
「君ムチャ言うね……」
「次の案は何かないか?」
「はい、影の力とかはどうでしょうか?」
「なるほど、シャダルデルク人のシーカーは?」
「到着までもう少し時間がかかります」
ドルネフィラーが現れた時点で緊急事態。しかもそれが総長であるピアーニャのいる場所での事件である。
急遽リージョンシーカーに連絡したピアーニャによって、手の空いているシーカーが片っ端から呼び出され、総動員で調査に当たっている。いつでも出来る他リージョンの捜査や仕事よりも、いつ現れるか分からないドルネフィラーの調査の方が優先されるのは、ごく自然な流れである。
本部を中心に、いくつかのグループに分かれて対策を練り、ピアーニャやワッツに作戦を伝え、許可を得てから行動に移る。そんな流れを何度も繰り返しながら、ピアーニャは中にいる筈のミューゼ達の身を案じていた。
「ピアーニャ、昨日から動きっぱなしだろう。帰って休んできなさい」
「とーさま……いや──」
「休んできなさい」
「……わかった」
アリエッタ達がドルネフィラーに取り込まれてから、既に1日以上経っていた。ピアーニャは心配のあまり寝る事も忘れて公園にいたのである。
その事を心配したワッツによって強制的に帰路につかされ、疲れた顔で家に帰っていった。
他のシーカー達も、ピアーニャの疲れ切った顔を見ていた為、快く送り出していた。
「ふぅ……」
屋敷に到着し、『雲塊』から降りたピアーニャ。とぼとぼと歩き扉を開け、中へと入る……その時だった。
ぐるん
「ぐえっ!?」
「奥様! お嬢様を捕獲しました!」
扉の中から生えた白い何かが、小さなピアーニャの体をいきなり絡み取り、屋敷の中へと引き込んだ。そしてメイドの1人が声を張り上げ、ピアーニャの母であるルミルテに報告する。
「ななななななな……」
突然の出来事に、完全に動揺するピアーニャ。疲れもあってすぐには冷静になれないでいる。
よく見ると、ピアーニャは『雲塊』に捕まっていた。明らかに横にいるメイドの仕業である。
すぐにルミルテが顔を出し、同じく声を張り上げた。
「まずは第一段階よ! 練習通りにやりなさい!」
『はいっ!』
「うわあっ!?」
玄関ロビー中に響き渡るその声に応えたのは、屋敷に務めるメイド達。あるものはドアを開けて、あるものは床をめくりあげて顔をだし、またある者はシャンデリアの横に逆さにぶら下がって現れた。
あり得ない場所からメイド達が現れた事で、ピアーニャは驚愕している。ピアーニャを持ったメイドはその隙に、左足を思いっきり踏み込んだ。
「私の想いを受け取ってえええええ!!」
意味無く叫びながら全力で『雲塊』をあやつり、そのままピアーニャを離れた場所にいる別のメイドに向けて射出した。
「へぁぎゃあああああああ!!」
しかも、変なカーブがかからないように、スピンまでかけての剛速球である。
飛ばされた本人は大絶叫。向かう先では別のメイドが構え、そして、
ドスッ
「ごへっ!」
キャッチに失敗し、螺旋状の跡をつけながら、腹部にピアーニャの頭がめり込んでしまった。
ふらふらとよろめくも、それでも倒れる事は無く、涙を流してぐったりしたピアーニャの足を掴み、どうだと言わんばかりにルミルテを見てピアーニャを掲げた。
狩られた動物のように逆さ吊りでブラブラしているピアーニャを見て一瞬心配したルミルテだったが、目に強い意思を宿しながら手をかざして命令した。
「ピアーニャを持って走りなさい! 考える暇を与えては駄目よ!」
「はいっ!」
「ぴょああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
メイドはそのまま全力で走り、屋敷の奥へと消えていった。そしてその後を追う様に、他のメイド達もその場から瞬時に姿を消す。
ルミルテは安心したように息を吐き、踵を返して部屋の中へと入っていった。
その後、少ししてから、屋敷にはピアーニャの悲鳴が響き渡っていた。
「ちょっとまてええぇぇぇ! わちはジブンでぬげるぅぁあああ!!」
「大人しくしてください!」
「腕を持って! 私がパンツを取るわ!」
風呂場に到着し、数人のメイドに囲まれて強制的に脱がされ、
「あ゛っ…あひぃっ!? そこぉっ!」
「ここですね? だいぶ溜まっておいでですよ」
「ビクンビクン反応してますね。気持ちよさそうです」
全身洗われたと思ったら、雲の台に寝かされ全身に疲労回復のマッサージ。そして、
「なぜつかまっンムググググ」
「はいよく噛んでくださいねー。出したら奥様からキツイお仕置きされますからねー」
椅子の上でメイドに抱っこ…というよりも抱き締められて完全に自由を奪われ、別のメイドに食事を強制的に取らされる。
そんな拷問中のようなピアーニャの姿を、ルミルテは優しい目で見つめていた。
「うぅ……なんでこんなメに……」
食後はぐったりしながらルミルテに抱かれ、ようやく自分の現状に疑問を抱く余裕が出来ていた。
そんなグロッキーなピアーニャに対し、ルミルテが優しく話し始める。
「昨日ドルネフィラーにアリエッタちゃん達が入ってから、ずっと公園にいたんでしょう? 無事だと分かっていても心配なのは仕方ないけど、一睡もしないのはよくないわ。あの子達が出てきた時に、貴女が倒れたらどうするの」
ドルネフィラーでは常時眠っているせいで、時間間隔が狂ってしまう。アリエッタ達にとってはそれほど時間が経っていなかったが、ハウドラントでは既に1日半経っていた。ピアーニャが疲れるのも無理は無い。
「しかし、そうちょうとしてのシゴトもある。わちがあのバにいなければ……」
「ワッツもいるでしょう。それともおじいちゃんの補佐官を信頼できないの?」
「そ、そういうワケでは……」
父であるワッツはリージョンシーカーの総長ではない。ピアーニャの祖父が総長をやっていた時、副総長を務めていたのがワッツなのである。その腕前はロンデルよりも敏腕だった。ピアーニャが最も信頼を寄せる人物の1人でもある。
「だったら任せて、今は眠りなさい。アリエッタちゃんにも心配かける事になるわよ」
「うっ……」
アリエッタなら妹分のピアーニャを心配するのは当然の事。しかも、食事ですら甲斐甲斐しく世話をしにくるというのに、倒れた時に何もしない訳が無い。むしろ、そのせいで何日も離れなくなる可能性が高すぎる。
そんな未来を想像したピアーニャは、観念して休む事にした。
「うふふ、やっぱりアリエッタちゃんが可愛いのね」
「いや、そうではないのだが……」
単純に自分が子供扱いされるのが嫌なだけである。
そんな理由を知ってか知らずか、ルミルテはピアーニャを抱えたまま立ち上がり、ベッドに入って寝る事にした。
「あの、かーさま? わちはひとりで──」
「さて、今日は一緒に寝ましょうか♪」
「いやあの……じぶんのへやに──」
「うふふ♪」
「かーさまああぁぁぁぁ!?」
疲労が溜まり、メイド達にもみくちゃにされたピアーニャは、何の抵抗も出来ないまま、母の手によって赤子の様に寝かされたのだった。