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もちぷよ
987
270
きゅー
2,024
小さなプリンセスの後ろ姿を並んで見送ったあと、しゅんはやれやれと大袈裟にため息を吐き出しながら僕の顔を覗き込んできた。
「はぁ〜、じゅうはほんま罪な男やなぁ。ゆずちゃんにプロポーズされるなんて、まさに初恋泥棒やわ~」
「もう、からかわないでよ。ゆずちゃん、すっごく一生懸命に伝えてくれたんだから。……でも、あんなふうに言ってもらえるなんて、なんだかすごく嬉しかったな」
「……なによ、じゅう。そんな嬉しそうな顔せんといて。いくらゆずちゃんが可愛くたって、俺、普通にヤキモチ焼いてまうわ」
しゅんは大真面目な顔をして、僕のことを独り占めするようにじっと見つめてくる。
あまりにもストレートに嫉妬をぶつけられて、僕はどうしていいか分からずドギマギしてしまった。
「……な、何にヤキモチ焼いてんのさ。ゆずちゃん、本当に純粋にそう言ってくれただけだよ?」
「純粋とか関係ない! じゅうが他の誰かに”好き”って言われて、そんな優しい顔で笑っとんのが嫌なだけやわ。……あーあ、俺かて、じゅうにそんな顔して喜んでもらえるような格好ええ王子様になりたいわ」
しゅんは唇を少し尖らせて、本当に悔しそうに小さくため息を吐き出す。
その子供みたいに真っ直ぐな独占欲に、僕の胸の奥がキュンと甘く疼いた。
「……何言ってるの。もう、なってるじゃん」
「え? お、俺が……? 嘘やろ、え、誰が?」
「嘘じゃないよ。しゅんは王子様みたいだよ……へへっ」
口から出た自分の言葉が急激に恥ずかしくなって、僕はわざと悪戯っぽく笑って誤魔化した。
けれどしゅんは笑い飛ばすどころか、真剣な目で僕のことをじーっと見つめた。
「え、なに…?そんな顔で見ないでよ」
「……じゅう。俺……俺な、じゅうだけの本当の王子様になるわ」
「はぇ?」
僕の間の抜けた、締まりのないマヌケな反応なんて一切気に留める様子もなく、しゅんは僕のことをぎゅっと力強く抱きしめてきた。
「え、ちょ、ねぇ、しゅん!?ここ病院だよ!?廊下だし、誰か来たら……!」
「俺、ほんまに本気やから。一生かけて、じゅうのこと守らせてほしいんよ」
耳元で響く、低くて熱い彼の本音。
「……もうっ、わかったから!早く離して!」
僕が顔を真っ赤にして捲り立てると、しゅんはそっと腕の力を緩めて僕の身体を離した。
そして、完全にゆでだこ状態になっている僕の顔をじっと覗き込む。
「ほんまに、ちゃんとわかったんやな?」
そう言って、彼は意地悪くニヤリと勝ち誇ったように笑った。
「え、ちょっと…っ」
「付き合ってない」とか、そういういつもの正論で否定しようと口を開いたけれど、胸の奥から溢れ出る愛おしさが勝ってしまって、なんだか否定することなんて出来なくて、僕はそのまま恥ずかしそうに下を向いた。
そんな僕の様子に、しゅんは満足そうに顔をほころばせると、僕の右手を優しく引いて、歩調を合わせるように病室へと連れて帰ってくれた。
そこからは本当に至れり尽くせりだった。
僕はベッドの横で待っている間に、しゅんは僕の重い荷物を全部一人で持って、お世話になった先生や看護師さんたちへの挨拶を済ませてくれた。
退院の複雑な事務手続きも、知らないうちにすべて彼が裏で終わらせてくれていたそうで、何から何まで頼り切ってしまった不甲斐なさと、彼への申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
彼の用意してくれた車の助手席へと乗り込んだあとも、僕はシートの上で、ただ小さく縮こまるようにして下を向いていた。
「じゅう? どうしたん、そんな神妙な顔して。まだ、どこか体調悪い?」
ハンドルを握るしゅんが、僕の異変にすぐ気づいて心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん、体調はすごく良いんだけど……。ただ、しゅんに何から何までやらせちゃって、本当に申し訳ないなって……」
「な〜んや、そんなこと気にしとったん?俺が、じゅうのためにやりたくて勝手にやったことやから、申し訳ないなんて思わんといて。……ほら、せっかくの退院なんやから、もっと笑って?」
しゅんはいつものようにふにゃりと眉を下げて優しく笑うと、僕の頭をポンポンと大きな掌で愛おしそうに撫でてくれた。
「……うん。しゅん、本当にありがとう」
彼の底なしの優しさに包まれて、僕の頑なだった心は今度こそ静かに融かされていくのだった。
車は静かに、見慣れた東京のオフィス街を抜けて、僕のマンションの前へと到着する。
しゅんは荷物を全部抱えて、僕の部屋の玄関の前まで運んでくれた。
鍵を開けて、ドアを開く。
けれど、カチリと鳴るドアの音を聞いた瞬間、僕の胸の奥が急激な寂しさに襲われた。
まだ、彼と一緒にいたかった。
この数日間の入院生活のあいだ、ずっと傍にいてくれた彼のぬくもりが、まだまだ全然足りなかった。
「……あのさ、しゅん」
「んー?」
「……うち、寄ってく?」
「……え、良いん?疲れてない?」
「うん……」
「嬉しいわぁ!!待ってな?車、急いで下の駐車場に停めてくるわ!」
しゅんは世界一の宝物を手に入れたみたいに顔を輝かせると、車のキーを指先で握りしめて、弾かれたようにバタバタとエレベーターの方へと走っていった。
……あぁ、よかった。今度は、断られなかった。
自分からしゅんのことを部屋に誘うのが、こんなにも心臓が破裂しそうなくらいドキドキするものだなんて知らなかった。
僕は家の中に入ると、自分の胸の上にそっと手を当ててうるさい鼓動を落ち着かせようと深く息を吐いた。
彼が駐車場から戻ってくるまでのわずかな時間の間に、旅の荷物を手早くクローゼットへ片付けて、ベランダに干しっぱなしになっていた洗濯物をリビングへと取り込む。
「じゅう〜!お待たせ!!」
パタパタと足音を立てて、さっきよりも何倍も元気いっぱいになったしゅんが、インターホンを鳴らして部屋へと戻ってきた。
「ふふ、なに?急にそんな元気になって」
「へへっ!だって、じゅうとこれから二人きりでおれるんが、めちゃくちゃ嬉しいんさ!」
え〜……なにそれ、ずるい。
かわいすぎる。
こうして僕の傍で無邪気に尻尾を振っている、子犬みたいな彼が本当に……。
眩しい笑顔でリビングのソファに腰掛ける彼を見つめながら、僕は、あぁ、やっぱり僕、この人のことがどうしようもないほど好きなんだなぁ……と、胸の奥で静かに、深く実感していた。
「じゅう?どうしたん?じっと俺のこと見つめて」
「んぇ?あ、いや!なんでもない、なんでもないよ!」
「そう?なんか変なの〜」
しゅんは不思議そうに首を傾げて笑う。
やっぱり、なんだか今日の僕は調子がおかしい。
しゅんがすぐ隣にいるというだけで、彼のひとつひとつの動作を、優しい眼差しのすべてを、変に意識しすぎてしまって……
胸の奥から”好き”の熱量が、今にも限界を超えて溢れ出してしまいそうだった。
僕たちは、リビングの二人掛けのソファに並んで座る。
狭いシートの上、僕たちの肩と肩がわずかに触れ合う。
衣服越しに伝わってくる彼の温かい体温。
もっと、近づきたい。
もっと、この大好きな人の熱を、近くで感じていたい。
僕はその衝動のままに、そっと右手を伸ばし、しゅんの着ているシャツの裾の端を指先でそっと優しく掴んでみた。
自分の明確な意志ではあるのだけれど、本当に身体が勝手に、無意識のうちに彼のぬくもりを求めて動いてしまっていた。
「んー?じゅう、どうしたん?」
とろけるような甘い声でそう言うと、しゅんは僕の手元を見つめたあと、僕の顔をどこまでも優しい、愛おしそうな眼差しで覗き込んできた。
僕を見つめる彼のその表情は、言葉にしなくても”好きだ”って全身で叫んでいるみたいで。
その世界一贅沢な視線を、僕の手で、僕だけのものとして独り占めしたくて、僕は逃げずに彼の綺麗な瞳を見つめ返した。
「なぁ、じゅう……。そんな顔して、……っ」
しゅんの声のトーンが、急激に低く、熱い男の響きへと変化していく。
「え……?」
僕は今、一体どんな顔をして彼を見つめていただろう。
熱くて、もどかしくて、彼に触れてほしいと欲情しているような……なんとなく予想はつくのだけれど、僕は恥ずかしさに耐えかねて、わざと何も分からないフリをして首を傾げた。
「そんな目で、俺の事見やんでよ。……俺、また我慢できんくなる」
「そ、そんな目って……なに?」
視線が至近距離で絡み合い、二人きりのリビングの中の温度が、一瞬にして跳ね上がる。
to be continued…
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