「さやちゃんは、貴仁君には、会ったことはないの?」
そんなことをふいに訊かれて、飲んでいた水にむせてしまいそうになった。
「い、いえ……まったく」と、とっさにごまかす。
「そうなのね、貴仁君も大変よね。こないだ急に、久我さんが亡くなられて……。きっと会社をあそこまで大きくされた分、疲れも随分と溜まっていてとも思うけれど、まだそんな年でもないのに……」
そこまで話すと、菜子さんは表情を曇らせて、「ふぅー……」と小さく息を吐いた。
「お葬儀はね、社葬だったんで、私と草凪さんは後で弔問に行かせてもらったんだけれど、貴仁君も背負うものが多そうで、やっぱりプレッシャーも相当あったようだったから」
「ええ、プレッシャーは、相当だと……」
そう相づちを打ちながら、もしもあの時、お父さんや菜子さんの言うような、テレビで見たままの彼と接することができていたら、あんな展開にはならずに、お付き合いは今も続いていたのかなと、漠然と感じた……。
「だからもし、さやちゃんも貴仁君と会うことがあったら、ねぎらってあげてほしいわ」
「そう……ですね」
彼もきっと、お父様が亡くなられたばかりで、背負うべき重圧も大きかったんだよねとも思う。もしかしたらあの時には、会社を継承することへの気負いが、無意識に出てしまっていたのかもしれないし……。
自分から断ってしまった手前、もう会うことはなさそうにも思えるけれど、もし万が一にも再会することがあったら、今度はあんな風に感情的になったりしないで、もう少し温かみを持って接することができたらと……。
お母さんみたいな温もりの感じられる菜子さんと話しながら、私は、いつしかそんな思いを抱いていた──。
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