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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第10話:小春カメラマン、本格始動!
翌日の放課後。
十勝平野に広がる抜けるような青空の下、俺の家の荒れ果てた庭――もとい、昨日シロが前足の一撃で錬成した『極上のふかふか黒土(約50坪)』の前に、一台の自転車が猛スピードで滑り込んできた。
「お兄さああああぁぁん!!!」
土煙を上げて停車した自転車から飛び降りたのは、お隣の女子高生・小春ちゃんだ。
制服のセーラー服のまま、息を切らして俺の元へ駆け寄ってくる。その手には、すっかり見慣れたスマートフォンが握りしめられていた。
「見ましたよ! 昨日のアーカイブ!! 私がお手伝いに行けなかったたった一日の間に、なんかとんでもないことになってるじゃないですか!」
「とんでもないこと、とは?」
「すっとぼけないでください! シロちゃん、完全に空中に浮いてましたよね!? ドバイの石油王から50万円のギフト飛んでましたよね!?」
小春ちゃんは興奮のあまり、ぶんぶんとスマホを振り回している。
俺は縁側で冷たい麦茶を啜りながら、極めて冷静に答えた。
「ああ、あれな。北海道の田舎の猫は足腰が強いからな。ジャンプの滞空時間が長いだけだ」
「滞空時間10分間なんて、マイケル・ジョーダンでも無理です!!」
鋭いツッコミを入れながら、小春ちゃんは縁側で丸くなっているシロの元へダイブした。
「ああもうっ、シロちゃん! 浮こうが光ろうが、どうしてそんなに可愛いのぉ……っ!」
『ミャウ……』
シロはされるがままに小春ちゃんの腕に収まり、喉をゴロゴロと鳴らし始める。今日もマイナスイオンは大盤振る舞いらしい。
「で、でもお兄さん。ちょっと深刻な問題があります」
シロを抱きしめたまま、小春ちゃんがふと真面目な顔になった。
「深刻な問題?」
「はい。昨日の配信、同接が5万人超えてたじゃないですか。あの人数になると、チャットの流れる速度が異常で、お兄さん一人じゃ絶対にコメントを拾いきれません。それに、スマホを手持ちで撮影しながらだと、どうしても手ブレが出ちゃいます」
「……確かに」
俺は頷いた。
昨日、シロが浮遊している最中、俺はギフトの嵐と滝のようなコメントに完全にフリーズしてしまっていた。視聴者とのコミュニケーションを取る余裕など1ミリもなかったのだ。
「そこで、提案です!」
小春ちゃんはビシッと手を挙げた。
「私が、この【日常チャンネル】の専属カメラマン兼、コメント読み上げ係をやります!」
「小春ちゃんが? でも、学校の勉強とか部活とか……」
「大丈夫です! 私、帰宅部ですし! それに、シロちゃんの癒やしパワーを浴びながらテスト勉強すると、信じられないくらい頭に入るんです。だから、放課後の配信のお手伝い、ぜひ私にやらせてください!」
キラキラと輝く瞳で見つめられ、俺は断る理由を見つけられなかった。
何より、この底抜けに明るい小春ちゃんがいてくれると、狂騒するネットの熱気と俺の「田舎でのんびりしたい」というギャップを上手く中和してくれそうな気がした。
「わかった。それじゃあ、今日から小春カメラマン、よろしく頼むよ」
「はいっ! お任せください!」
こうして、俺たちの配信は新たなフェーズへと突入した。
***
「はーい、皆さんこんにちは〜! 【日常チャンネル】の配信、今日もスタートしますよー!」
午後4時。
小春ちゃんの、春風のように明るく心地よい声で配信が始まった。
カメラの画角は、小春ちゃんがスマホ用のジンバル(手ブレ補正機材)を使って丁寧に撮影しており、まるでテレビ番組のような滑らかさだ。
『うおおおお! 小春ちゃんの声キター!』
『昨日の無言配信も良かったけど、この明るい声、マジで癒やされる』
『カメラワークめっちゃ安定してる! さすが専属カメラマン!』
『石油王は今日も来るのか!?』
配信開始からわずか1分で、同接はあっという間に3万人を突破した。
もはや、昨日の騒動でこのチャンネルは世界中から監視されている状態だ。
「えーっと、『今日は何をするの?』というコメントが来てますね! お兄さん、今日は何をするんですか?」
カメラの裏から、小春ちゃんがコメントを読み上げてパスを出してくる。
俺はカメラの前に立ち、先日ホームセンターで買ってきた『二十日大根(ラディッシュ)』の種が入った袋を取り出した。
「今日は、昨日……その、見事に耕されたこの畑に、野菜の種を蒔いてみようと思います。初心者でも育てやすいらしいんで」
俺の声は、自分で言うのもなんだが、非常に低くて落ち着いている。
前職のコールセンターで、何千件という理不尽なクレーム対応をこなしてきたおかげだ。相手がどれだけ怒鳴り散らそうが、決して取り乱さず、感情を一定のトーンに保つ。その『フラットな声』が染み付いているのだ。
『主の声、なんかめっちゃ落ち着くんだよな』
『深夜のラジオDJみたいで好き』
『小春ちゃんの元気な声と、主の落ち着いた大人の声。最高のASMRじゃん』
『わかる。声だけでマイナスイオン出てる』
『ていうか、主が「昨日耕された」って言った時、一瞬目を逸らしたの草』
『現実逃避おじさんww』
コメント欄が和気藹々と流れる中、俺はふかふかの黒土に指で浅い溝を作り、そこに小さな種をパラパラと蒔いて、優しく土を被せた。
「よし、これでいいかな。あとは水をたっぷりと……」
俺がジョウロを取りに行こうと立ち上がった、その時だった。
『……ニャン!』
縁側で寝ていたはずのシロが、トコトコとやってきた。
そして、俺が今まさに種を蒔いたばかりの土の前にちょこんと座り込み、その真っ白な右の前足をスッと上げた。
「あっ、ちょ、シロ、まだそこ踏んじゃ……」
俺の制止も虚しく。
シロのピンク色の肉球が、土の表面を『ぽんっ』と軽く叩いた。
――カァァァァン……。
どこからともなく、澄んだ鐘のような音が響いた。
シロの肉球から、昨日のような『淡い真珠色の光の波紋』がフワリと広がる。
次の瞬間。
ズズズズズズッ……!!
土の中から、信じられない速度で緑色の『芽』が一斉に顔を出した。
双葉が開き、本葉が伸び、茎が太くなり、葉がわさわさと茂っていく。
その間、わずか3秒。
「……………………」
俺は手に持っていた空のジョウロを、再び落とした。
「わぁぁ……! すごいっ、お兄さん見てください! 二十日大根が、一瞬で育っちゃいましたよ!」
カメラを回している小春ちゃんは、完全に無邪気な声で歓声を上げている。どうやら彼女の中では、シロが神様であることはすでに確定事項であり、植物の成長速度を数万倍に加速させることなど「シロちゃんなら当然」のカテゴリーに入っているらしい。
だが、画面の向こうの視聴者たちはそうはいかない。
『は??????????』
『えっ、今、種蒔いたよね!?』
『20日大根が、3秒大根になったんだが……』
『光った!! また光ったぞあの猫!!!』
『【MeTubeのギフト:¥10,000】農業の概念を破壊するもふもふ』
『Oh my god! Time magic!?(時間魔法!?)』
『誰か! 誰か植物学者を呼んでこい!!!』
チャット欄の滝のようなスクロールが、完全に限界突破した。
パニック状態の視聴者たちをよそに、シロは「ほら、収穫しなさいよ」とばかりにふさふさの尻尾で俺の足をつついている。
俺はゆっくりとしゃがみ込み、完全に育ち切った立派な二十日大根の葉っぱを掴んで、スポンッと引き抜いた。
ルビーのように真っ赤で、ツヤツヤと輝く巨大なラディッシュが顔を出す。
「お兄さん、コメント欄がすごいことになってます! 『どういう仕掛けだ』『マジックか』って!」
小春ちゃんが笑いながらコメントを読み上げる。
俺は、真っ赤な二十日大根をカメラに向けながら、コールセンターで培った『世界一落ち着いた声』で、ゆっくりと答えた。
「皆さん、落ち着いてください。これはマジックではありません。……北海道の土は非常に栄養価が高いんです。だから、ちょっと成長が早いだけです。田舎ではよくあることです」
『あるかあああああああああああ!!!』
『北海道なめんなwwwwww』
『適応力バグおじさん、今日も現実逃避が止まらない』
『主のこのクソ真面目なトーンで嘘つかれるのが一番腹筋に来るww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”Beautiful Harvest! HOKKAIDO is Great!“(美しい収穫だ! 北海道は素晴らしい!)』
『石油王が騙されてるぞ!!! 誰か止めろ!!!』
「あははっ! お兄さん、石油王さんが北海道の土を大絶賛してますよ!」
小春ちゃんの鈴を転がすような笑い声が、スピーカー越しに世界中へ響き渡る。
【元気で明るい女子高生の実況】
【感情を失った大人の落ち着いた(そして現実逃避する)声】
【そして、常識を破壊し続ける神々しい白猫】
この三つの要素が奇跡的なバランスで絡み合い、決して飽きることのない最高のエンターテインメント空間が完成していた。
のちにファンたちの間で『黄金比』と呼ばれることになる完璧な配信スタイルが、ここに確立されたのである。
「よし、じゃあこの大根は、今日の夕飯のサラダにしよう。小春ちゃんも食べていくか?」
「はいっ! やったぁ!」
『ミャーウ♪』
世界中が熱狂の渦に巻き込まれているというのに、カメラのこちら側の空気は、どこまでも平穏でのんびりとしていた。
夕日を浴びてキラキラと輝くシロの毛並みを撫でながら、俺はこの心地よい『日常』が、ずっと続けばいいと心から思っていた。
コメント
1件
みぅ🤍🥀です。 「落ち着いてください、北海道の土は栄養価が高いんです」って言い切るお兄さん、好きすぎる…! 小春ちゃんが専属カメラマンになって、編集者みたいにコメント拾ってくれるの、めっちゃ理想的だよね。シロの肉球で3秒大根が完成した時は笑ったけど、石油王が「北海道すごい!」って騙されてるの、ある意味正解すぎて震える。現実逃避おじさんと無邪気な小春ちゃんと神様シロの黄金比、永遠に続いてほしい…🌙