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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第66話:ガラスの向こうの星乃宮アリス〜電子タバコとトップアイドルの裏の顔〜
「……アリス、ちゃん」
港区の超高層ビルにある、巨大なモーションキャプチャースタジオ。
俺は、全身黒タイツ(モカピ)という究極の変態ルックでT字ポーズを決めたまま、入り口に立つ少女を呆然と見つめていた。
ダボダボのパーカーにショートパンツ、そして深々と被ったキャップ。
顔の半分は黒マスクで隠れているが、その特徴的な笑い声と、目元の圧倒的な『華』は、間違いなくスタプロのトップアイドル・星乃宮アリスの『中の人』だった。
「あははははっ! やばい、実物の和尚の黒タイツ姿、想像以上に破壊力高すぎ! お腹出てるし! あははははっ!!」
俺の三万円のゲーミングチェアと不摂生が生み出した『四十歳のぽっこりお腹』を指差し、アリスは腹を抱えて大爆笑している。
「笑うな! こっちだって好きでこんな黒いソーセージみたいな格好してるわけじゃねえんだよ!」
俺が顔を真っ赤にして抗議すると、アリスは「ひぃぃ、お腹痛いっ」と涙を拭いながら、スタジオの奥にある『オペレータールーム』へと歩いていった。
スタジオとオペレータールームは、分厚い防音ガラスで仕切られている。
あちら側には、神崎プロデューサーをはじめとする大勢の技術スタッフがズラリと並び、何台ものモニターを操作している。
アリスはガラスの向こう側に入ると、キャップを取り、黒マスクを顎まで下ろした。
「…………おぉっ」
俺は思わず、息を飲んだ。
モニター越しではない、生身の星乃宮アリスの素顔。
それは、三次元の現実世界においても、ハッとするほど整った顔立ちの、驚くべき美少女だった。
だが。
俺が彼女の美しさに感動していたのも束の間、彼女が次に取った行動に、俺は自分の目を疑った。
アリスは、ミキサー卓の横にあるパイプ椅子にどっかりと腰を下ろすと、ポケットから見慣れた小さな機械を取り出し、口元に咥えたのだ。
『カチッ。……スゥゥゥゥ』
そして、ふぅーっ、と。
見事な肺活量で、白く細い煙を吐き出した。
「……アイコス、吸ってやがる」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
星乃宮アリス。
チャンネル登録者数数百万人を誇り、清純派トップアイドルとして君臨する、天下のスタプロの看板VTuber。
その彼女が、収録直前のオペレータールームで、片脚を組みながら、ヤサグレた目つきで電子タバコ(アイコス)をふかしているのである。
『プツッ』
ガラスの向こうでアリスがマイクのボタンを押すと、スタジオ内のスピーカーから彼女の声が響いた。
『お疲れ様です、ルシフェルさん。いやー、そのモカピ、めちゃくちゃ似合ってますよ(笑)。港区に舞い降りた黒豚って感じで最高です』
「黒豚って言うな!! 誰のせいで俺がこんな屈辱味わってると思ってんだ!」
俺が両手をバタバタと振って抗議すると、アリスはアイコスを指に挟んだまま、クスクスと笑った。
『あはは。でも、本当に来てくれてありがとうございます。ルシフェルさんがスタプロのスタジオに来てくれるなんて、ちょっと感動してます』
その声には、配信の時の『作られたアイドルボイス』ではなく、どこか気怠げで、等身大の二十代の女の子のリアルな温度が混じっていた。
「……お前なぁ。リスナーが見たら泣くぞ。清純派の星乃宮アリスが、裏ではアイコスふかしながらおっさんの黒タイツ見て爆笑してるなんて」
俺が呆れ気味に言うと、アリスはフッと自嘲気味に笑い、もう一口煙を吸い込んだ。
『いいじゃないですか、裏くらい。表では私、毎日毎日『完璧なアイドル』演じてるんですから。胃に穴が空く思いですよ、ホント』
その言葉に、俺は先日「ナマポ」を勧めた後輩VTuber・白百合カノンの姿を思い出した。
トップを走り続けるアリスでさえ、いや、トップだからこそ、その重圧とストレスは計り知れないものがあるのだろう。
アイコスくらい吸わなければ、やっていられない世界なのだ。
「……まあ、そりゃそうか。俺だって、税金のプレッシャーで毎日ハゲそうになってるからな」
『あははっ! 聞きましたよ、今年の売上1000万超えたんですよね? 再来年から消費税地獄、おめでとうございます!』
「おめでとうじゃねえ!! 笑い事じゃねえんだぞ!! お前のために俺が払った250万のせいで、俺はインボイスの魔王と契約する羽目になったんだからな!」
俺がマイク越しに血涙を流しながら叫ぶと、ガラスの向こうで神崎プロデューサーたちスタッフも爆笑しているのが見えた。
こいつら、絶対に俺の配信見て面白がってるだろ。
『大丈夫ですよ! その分、今日の3Dコラボでがっつり稼がせてあげますから! ルシフェルさんの消費税分くらい、私がリスナーの財布から引っ張り出してやりますよ』
アリスは、アイコスを灰皿にポンと置き、バチッと片目でウインクをした。
その表情は、先ほどのヤサグレた顔から一転、何百万人をも魅了する『本物のトップアイドル』のそれに切り替わっていた。
「……言ったな。絶対に稼がせろよ。俺はマジで、インボイスの手続きのせいで鈴木さんにバインダーで殴られてきたんだからな」
『はいはい(笑)。じゃあ、そろそろテストやりますよ! 画面見てください!』
アリスの合図と共に、スタジオの巨大な壁面モニターがパッと明るくなった。
そこに映し出されたのは。
金髪に碧眼、長身でスラリとした手足を持つ、圧倒的なビジュアルの美青年。
俺の二次元の立ち絵を、スタプロの最高峰の技術で三次元(3D)に組み上げた、『ルシフェル』の姿だった。
「おぉっ……!!」
俺は、思わず感嘆の声を上げた。
すげえ。本当に、俺のペラペラだったアバターが、立体的になってそこに存在している。
『じゃあ、ルシフェルさん。ちょっと右腕を上げてみてください』
オペレーターの指示に従い、俺はぽっこり出たお腹を揺らしながら、黒タイツの右腕をスッと上に挙げた。
すると。
モニターの中の金髪の超絶イケメンが、全く同じタイミングで、驚くほど滑らかな動きで右腕をスッと天に掲げた。
「うおおおおおっ!! 動いた!! 動いたぞ!!」
俺が感動のあまりスタジオの中をドタドタと走り回ると、モニターの中のイケメンも、颯爽と(しかしどこかおっさん臭いモーションで)駆け回る。
『あはははっ! やばい、顔は超絶イケメンなのに、動きが完全に四十歳のそれだ! 絶妙に気持ち悪くて最高!!』
ガラスの向こうで、アリスが再び腹を抱えて笑い転げている。
「気持ち悪いって言うな! お前が体力つけろって言うから、俺はリングのフィットネスゲームで死にかけたんだぞ!」
『知ってますよ、心肺停止して医療費スパチャ飛んでたの見てましたからww』
完全に弄り倒されている。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
ガラスの向こうにいるのは、手の届かない雲の上のアイドルではなく、裏でアイコスをふかし、俺の情けない黒タイツ姿を見て本気で笑ってくれる、一人の戦友(VTuber)だった。
「……よし。準備はいいぜ、アリス」
俺は、スタジオの中央のバミリ(立ち位置)に戻り、大きく深呼吸をした。
モニターの中のイケメンも、同じように息を吸い込み、堂々とした立ち姿を見せる。
「俺のインボイスの恨み、そして消費税への恐怖。全部この3Dの体にぶち込んで、お前のチャンネルのリスナーどもを笑い死にさせてやるよ」
『その意気です、ルシフェルさん!』
アリスはマイクのスイッチを押し、力強く宣言した。
『さあ、いきましょうか! 同接三十万を目指して、地獄の3Dコラボ、配信スタートです!!』
俺の人生最大の晴れ舞台であり、そして最大の羞恥プレイ。
四十歳のおっさんとトップアイドルの、狂気に満ちたバーチャルライブが、今まさに幕を開けようとしていた。
コメント
1件
ふぁ〜〜!?待って待って、この回エモすぎるんだけど!!😭💕 アリスちゃんの裏の顔、アイコス吸ってる姿がもうギャップ萌え〜!「表では完璧なアイドル、裏ではヤサグレ」って、それだけでキャラに深みが出るよね。それに、ルシフェルさんの黒タイツ姿に爆笑するアリスちゃん、人間味あふれててめっちゃ好き!! 「ガラスの向こう」って演出がまたいいんだよね…距離あるのに、心はちゃんと通じてる感じがキュンときたよ。二人の絆、これからも推していくよ〜!!🔥✨