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誕生日どうするか決まると、焦りはすこし楽になった。
会う約束もしている。
プレゼントは料理だと思うと、なににするか悩まなくてもいい。
誕生日らしくケーキくらいはつくってやろうかな、と思いながら数日が過ぎたある日。
仕事終わりにスマホを見ると、このあいだ連絡先を交換した原田からメッセージが届いていた。
――――――――――
多田さんの誕生日のことだけど。
一緒に食事でもどうかって誘ったんだけど、その日先約があるって言われた。
それって……男かな。
俺、告白したほうがいい?
――――――――――
文章から、原田のおろおろしている姿が頭に浮かんだ。
同時に胸が痛んで、あいつへの罪悪感で苦しくなる。
若菜へ連絡しそうだなと思っていたけど……あいつ、本当に若菜に誕生日の予定を聞いたんだ。
(あいつすごいな……)
なにか返信を、と思うけど、言葉がみつからない。
こんなふう連絡してくるのは、若菜と親しい幼なじみだと思っているからだろうか。
どう返事しようか迷っていると、また原田からメッセージが届いた。
――――――――――
清水が仕事終わったら連絡ほしい。電話させてー!
――――――――――
俺が悩んでるとも知らない原田に、つい笑ってしまう。
こっちの重たい気持ちなんて知る由もないよな、と思うと、俺はため息ひとつついて、原田に電話をかけた。
「もしもし?」
「あっ、悪いな清水、今終わったの?」
「そう。メッセージ見た。お前切羽詰まってるなー」
自分のことは棚にあげて、あえてバカにしたような声をだした。
「そうだよ、どうしよう。
頑張って多田さんに誕生日に予定ないか聞いたけど、先約があるって濁されて。
あの言い方だと女友達ってわけでもなさそうでさー!」
「そーなんだ。じゃあお前どうすんの?」
「だから聞いてるんじゃん!
土日だったら都合つくかな?
なんか……雲行き怪しい気がしてきて、俺……もう告白したほうがいい?」
不安そうな原田の声を聞いて、平然としたふりをしていても、胸に痛みが増してくる。
こいつ……本当に若菜が好きなんだな。
こないだ再会したばかりだけど、恋愛はそういうのは関係ないらしい。
「知らねーよ。お前が決めろよ」
俺はわざとどうでもよさげに言った。
俺は俺で若菜へと動いている。
それを原田に言うつもりがないのなら、最後までわからないようにするのが、最低限のルールだと思った。
「うわっ、つめてー!」
「だってお前がどうするかだろ。あと、決めるのは若菜」
俺の口から若菜に告白するようになんて、言えない。
「ま、まぁ、そうだよな……」
口の中でつぶやくように言い、原田はすこし考えるような間を置いた。
「わかった。悪かったな、遅くに連絡ほしいとか言って。
なんか焦って落ち着かなかったけど、聞いてくれて楽になった。
サンキュー」
原田が笑っているのが頭に浮かぶ。
俺みたいなやつに礼を言って、前向きに若菜に接そうとして。
原田は俺がライバルになったら負ける、と言ってたけど、そう思うのは俺のほうだ。
「それならよかったけど。
……まー、お前いいやつだから。俺が若菜ならお前選ぶよ。
じゃーな」
それだけ言い、あいつがなにか言いかけた気がしたけど、通話を終わらせた。
「はー、なに言ってるんだろ、俺……」
あいつをいいやつだと思っているのと、罪悪感や劣等感から、おかしなことまで口走ってしまった。
原田が告白したとして、それからどうなるかわからない。
わからないけど、若菜には断ってほしいと思う気持ちは捨てられない。
俺と若菜、お互いに恋人ができだした時から、若菜が幸せならそれでいいと思っていた。
だけどそうも思えなくなってきたのは、焦りと、心の奥底にあった感情が前に出てきたからかもしれない。
着替えて店の外を出ると、何度もため息をつきながら家路についた。
時刻は22時40分。
ギリギリ終バスに間に合い、家の近くのバス停で降りると、すこし先に段ボール箱を抱えた人影が見えた。
(あ)
若菜のおじさんだと気づくと、俺は足を速めてとなりに並んだ。
「おじさん、こんばんは」
「わっ、だれかと思ったら湊くんか。
今仕事の帰り?」
「はい。それ持ちましょうか?段ボール」
俺はおじさんが抱えている段ボール箱を見て言った。
「あぁ、いいかい? 助かる」
受け取った段ボールには「グローブ」と書かれていて、結構な重さだった。
「おじさん。前も若菜が言ってたけど、こんな時間まで仕事してて、体大丈夫ですか?」
「ははは、湊くんも若菜みたいなことを言うなぁ。
俺も前に言ったけど、俺は若菜のほうが心配だよ。
仕事仕事で、女としてそれでいいのかって」
「あー……」
たしかに若菜は、ああ見えて恋とかより仕事一直線なほうだ。
「大丈夫ですよ。だってあいつモテるし」
「おいおい、もしそうなら、30近くになってもまだ独り身なわけないだろー」
「まぁ……そうですかね」
モテているのは事実だけど、モテても振られ続けることもある。
若菜の恋愛事情は、おじさんは知らないようだ。
「もうじき若菜も30だろ。
はやくまとまってほしいんだけどなぁ。
それで、婿になるやつが店を継いでくれたらいいなと思ってはいるんだけど」
「えっ、そうだったんですか」
前に会った時の話で、おじさんが若菜の結婚を望んでいるのはわかったけど、今のは初耳で驚いた。
「まー、店を継いでってのは、単に俺の希望なだけで、若菜には言ってないけど。
若菜はこの仕事に興味ないし、だいたい女がする経営でもないしな。
俺の代で終わりかな、とも思ってる」
「おじさん……」
おじさんの店は、なくなった若菜のおじいさんが始めた店だ。
いろんな思い出もあるし、たたむのはつらいに違いない。
「……後継者探してください。俺、あの店なくなるのイヤです」
「おー、それなら湊くんがやってくれ!いつでも大歓迎だぞ」
おじさんが茶化して言ったところで、家の前について別れた。
自分の部屋に入り、おじさんの言葉を思い返す。
「若菜の結婚相手に、店を継いでもらいたい、か……」
若菜は一人娘だし、おじさんがそう思うのは自然だろう。
それなのに、おじさんがずっとあの店を守っているのを知っているから、おじさんが永遠にあの店を切り盛りするような錯覚におちいっていた。
「そんなわけないのにな……」
俺の中でのおじさんは、力が強くて、声も大きくて。
俺がやっていた草野球チームの監督で、大きな人、というイメージのままだったけど……さっきのおじさんは小さかった。
若菜が結婚する相手。
そのことを考えていると、疲れているのに目がさえて、おまけに原田との電話も思い出してしまって。
若菜と原田、そして自分のことを考えていると、あまりよく眠れないまま朝を迎えた。
ぼうっとする頭でスマホのアラームを止める。
同時に若菜からメッセージが来ているのに気づいた。