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昨日お父さんの荷物運んでくれたんだってね。ありがとう。
それでさ、17日だけど、どうするか決まった?
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目をこすって若菜のメッセージを見る。
そういえば、若菜に誕生日の詳細は話していなかった。
コテージで料理する、とメッセージを打ちかけたけど、途中で指をとめ、書いた文章は全部消した。
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当日のお楽しみ。
18時に仕事終われよ!
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それだけを送信して、スマホをベッドに放った。
あと3日。
あと3日で、俺たちの関係はなにかがかわるかもしれない。
若菜の誕生日当日。
休みをもらっていた俺は、一足先にコテージに向い、料理の下ごしらえを始めていた。
今日のメニューは煮込みハンバーグに、鮭のムニエル。
グラタンに、シーザーサラダ。
あとケーキ……と、なんだか子どもの誕生日会みたいな感じだけど、俺と若菜ならかしこまった食事よりこっちのほうが俺たちらしい気がした。
ある程度作り終わったところで、俺は借りたレンタカーで若菜を迎えに行った。
うちにも親の車はあるが、それを使うのは気が引けるし、「どこに行くの?」としつこく聞かれそうでイヤだった。
親には「今日ちょっと遅くなるかも」とだけ言って出てきたけど……今日のこと、若菜はおじさんたちにどう話しているんだろうか。
若菜の職場近くの大通りで車を止め、運転席から降りて若菜に「ついた」と連絡を入れた。
若菜には、バス停の近くで待ち合わせしようとだけ話していた。
そのまましばらく待ったところで、遠くに若菜の姿が見えた。
ほとんど点みたいに遠くにいても、若菜がどんな顔をして、どこを見ているか、わかるようになったのはいつだろう。
若菜が俺のところに来てすぐ、俺は用意していた言葉を言おうとした。
“誕生日おめでとう”
そうと言おうとしたのに、若菜の顔を見たら―――恥ずかしさと嬉しさをまぜたような顔を見たら、急に照れくさくなった。
なんとなく目を外してしまったところで、若菜が俺の横にある車に気づいた。
「……えっ、なに。
湊、今日車だったの!? ってか、これだれの車?」
「だれのって……ただのレンタカーだよ」
「レンタカー? なんで?
ごはん食べにどこまで行くの?」
免許を持っているとはいえ、いつも移動は電車だから、若菜は驚いて質問ぜめにしてくる。
おかげで「おめでとう」と言うタイミングは完全に逃してしまったけど、まぁたしかにそう思うよな、と思い、若菜に今日のことを説明した。
食事は俺がつくること。
コテージを借りていて、今からそこに向かうと話せば、若菜はびっくりして言葉がでてこないほど驚いていた。
「えっ……。そ、そうだったの!?」
「そう。だってお前が好きなものだけ出す店なんてないじゃん。
だから俺が作るんだよ。ほら乗れ!」
「えっ、わっ」
驚きすぎて固まりかけた若菜を、無理やり助手席に押し込んだ。
運転席にまわった俺を見て、若菜はなにか言いたそうにしたけど、結局なにも言わない。
ちょっとした緊張が伝わってきて、運転する俺にも緊張がうつってきた。
でも……今日を迎えると思えば、ずっと緊張はしていた。
なんでもないふりをして若菜と話をしているうちに、車は山道にさしかかり、やがてコテージについた。
中に入り、テーブルに広がっている食材や、すでにしあげていたサラダを見て、若菜は驚いて言った。
「えっ、湊、先に来て作っててくれたの?」
「あーそう。
あとは焼くだけとかのやつばっかだから、ちょっと待ってて」
「えっ、じゃあ私も手伝うよ!」
慌ててジャケットを脱ぎ、台所のシンクで手を洗う若菜を見て、俺はなんだかおかしくなった。
「いいよ、だって今日お前の誕生日だろ」
「そうだけど、なんかしてなきゃ落ち着かないし、なにかさせて」
普段は俺のことを弟みたいに扱うくせに、今はいつもの姉貴風はどこへやら。
「じゃあ、適当にテーブル片づけて、俺がつくったやつ皿に盛りつけていって」
「わかった」
若菜は頷いて言う通りにしてくれ、数十分後にはテーブルの上にいくつか料理が並んだ。
「わぁ、おいしそうー」
「おいしそうじゃない。おいしいんだよ。ほら食べるぞ」
「うん、湊も座って」
冷蔵庫で冷やしていたスパークリングワインのボトルを手に、テーブルに戻った。
「あぁ、そんなのあるんだ。ええと、グラス……」
「グラスはないから、てきとーに。
紙コップか、そなえつけの、水入れるグラスかだけど」
ワイングラスはうちの家にはなくて、とりあえず紙コップだけ持ってきていた。
「えぇ、ちょっと紙コップって!
……でもまぁいいか。なんかパーティーって気がするし」
「だろ?
昔は誕生日パーティーの時、ここにコーラとか入ってたんだし、深く気にするな」
「ふつうは気にするけど……。
そうだね、今日はそうする」
若菜はあきれたようでも、楽しそうに笑い、俺がついだスパークリングワインを手元に引き寄せた。
「湊は?飲まないの?」
「俺はいいよ。運転手だから」
「……そっか。じゃあいただきますー!」
若菜はまずハンバーグから食べ始めた。
きっと若菜はこれから食べるだろうと思っていた俺は、同じようにハンバーグを口に入れた。
「おいしい!
湊のところの店のもおいしいけど、これもおいしいね」
「まぁ、これはお前が好きそうな味にしたからな」
好き嫌いの多い若菜だけど、小学生のころ、唯一おかわりしたいと言っていた給食が、煮込みハンバーグだった。
あの時の味を思い出して、それに近づけるようにつくったつもりだ。
「やっぱり湊は料理がとりえだよね。
それだけはかなわないって思うよ」
「それ褒めてんの?けなしてんの?」
「褒めてるよ、もちろん」
若菜は満面の笑顔で次々と食べていく。
その食べっぷりに、俺まで嬉しい気持ちになった。
(よかった)
若菜が笑ってたくさん食べてくれると、ほっとする。
俺がつくったものを笑顔で食べる姿は、一緒にいて心地よかった。
「……ありがとね、ごはん作ってくれて。
正直びっくりした。まさか湊が作ってくれると思わなかったから」
若菜は食事の手をとめ、皿の上を見つめたまま言った。
「あー……。まーな。たまたま思いついて。
お前、好き嫌い多いし」
「うん……。
ごはんのことは、私の好きなものが食べたいと言ったけど、ほんとはなんでもよかったの。
誘ってくれただけで……ほんとは嬉しかった」