「ごめんなさい」
音楽室。
クラスメイトたちの前で、立花は頭を下げた。
「嫌な態度とって、皆を不快にさせて…合唱にも参加せずに」
クラスメイトたちは突然の謝罪に困惑する。
雪乃は立花の隣で様子を見守っていた。
「でも、諸事情で歌えないことは本当なの。だから、何かしらの形で手伝えればって…」
立花は不安そうな顔でみんなを見る。
「勿論、許してもらえるか分からないし、今更参加するなんて烏滸がましいけれど…私も変わりたいと思って」
チラリと雪乃を見る。
雪乃は優しく微笑んだ。
雪乃の笑顔を見た立花は、呼吸を整えもう一度頭を下げた。
「お願いします。私も参加させてください」
「私も、ちゃんと練習参加します」
お願いします、と雪乃も一緒に頭を下げた。
戸惑うクラスメイトたち。お互いの顔を見合わせてひそひそと囁く。
「頭なんか下げなくったっていいよ」
そんな中、第一声を上げたのは五十嵐だった。
「俺らクラスメイトじゃん。どんな時だって支え合って一緒に困難を乗り越える仲間じゃん。このメンバーで何か出来るのもこの1年だけなんだからさ、みんなで思い出たくさん作ろーぜ!」
そう五十嵐が言うと、「そうだね」「思い出作ろう」「困った時はお互い様でしょ」とみんなから声が上がる。
そして1人の女子が、立花の前に歩みでた。
「立花さん、これ」
女子生徒、ミナミが立花に渡したのは、伴奏者用の楽譜。
「立花さんのピアノ、聞いてみたいなって思ってたんだ。だから私の代わりに弾いてくれませんか?」
ニコッと笑うミナミ。
立花は「でも…」と躊躇う。
「練習してきたんじゃ…」
「私はいいの。本当は歌いたかったから」
だから、とミナミは楽譜を渡す。
「いいんじゃねぇか、歌いたいって言ってんだから」
五十嵐も後押しする。
「確かに、立花さんのピアノ聴いてみたいかも」
「立花が伴奏したら優勝出来るんじゃねーか?」
「ちょっと弾いてみてよ」
クラスメイトたちも声をそろえる。
困惑しながらも、立花は手渡された楽譜を手に取った。
「じゃあ、少しだけ…」
立花がピアノの椅子に座り、鍵盤に手を置いた。
そこから流れ出す美しいメロディーは、誰しも目を閉じて聞き入ってしまうほど綺麗だった。
「何だ、完璧じゃん」
五十嵐が笑う。
雪乃も、その光景に目を細めた。
後に行われた合唱コンクールで、優勝は出来なかったものの、2位のメダルを手に入れたのだった。
それは優勝賞品なんかよりもよっぽど輝いていて、大切な思い出となってみんなの心に刻まれた。