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聖壱さんからキスマークを付けられた夜から一週間が過ぎた。それまで何かあれば私に触れてこようとしていた聖壱さんがあれからピタリと私に触れなくなった。
着ているシャツの中、彼からつけられた後は今にも消えてしまいそうで……何だか複雑な気分になっていた。
仕事場での人間関係だって、彼に言われた通り無茶な事をするのは止めた。まあ、何か言われたら相変わらず数倍にして返してはいるのだけれど。
この辺は直しようがないわ、もともと私はこう言う性格なんだもの。
……だけど変なの、聖壱さんが私を避けているように感じるのよ。職場ではいつも通りに振舞っているけれど、二人の家ではどこかよそよそしくて。何があったのか聞いてみても、何もないからと笑ってごまかされてしまうの。
「絶対変だし! 私にだけ何か隠してるみたいじゃない?」
気になり始めると、なんだか大人しくなんかしていられない気がしてきて……どうにか話を聞くことが出来ないかしら? 聖壱さんはかなり切れ者だから、そう簡単には騙せないでしょうね。じゃあ、彼が簡単に引っかかりそうな手は……?
ひとつだけ私にもできそうなものがある事に気付いたの。正直、凄く勇気のいることだけれど……その夜、私はそれを実行に移すことにした。
お風呂からあがって、ベッドの上で聖壱さんが来るのをじっと待っている。ここ数日は彼が寝室に来る前に、私の方が疲れて先に眠ってしまう事の方が多かったのだけど。
それで朝になって慌てて起きてみると、聖壱さんは仕事に行ってしまった後で……いつも小さなメモだけが残されているのよ。
小さな気遣いは変わらずしてくれているし、私の事をないがしろに扱っている訳ではないと思う。だけど……前みたいに触れても来ないし、私の事を揺さぶるようなことも言ってはこない。
「……遅い」
色々考えているうちに、一時間は過ぎたかもしれないわ。いくら聖壱さんがお風呂が好きだとしても遅すぎる。私はそっと寝室の扉を開ける。
「どうして……?」
リビングはすでに照明が消されており、真っ暗だった。暗闇の中から寝息が聞こえてきてそっと近寄ってみたの。
どうして聖壱さんはソファーで眠っているの……?
私が眠ってから彼はベッドで一緒に眠っているのだと思い込んでいた。まさか……私と眠る事さえも嫌になったって事なの? そう考えると胸が苦しかった、それは今までに感じたことのない苦しさで。
足音を立てないように寝室に戻って、とりあえずベッドに腰掛ける。
いつから私はこんなに聖壱さんに避けられるようになってしまったのだろう? 彼が私の肌に触れたのはつい最近の事だというのに……
聖壱さんの行動の意味が分からなくて、苦しくて……この場所に一人ぼっちになった気がして、とても寂しかった。
聖壱さんに避けられていることが分かって数日間、それは落ち込んだわ。
一度妻として特別扱いしてもらってしまったんだもの、どこかでまだ必要とされてるんじゃないかって期待もするじゃない? けれどそんな気持ちも彼に避けられ続ければ、どんどん萎んでしまって……
だけどある朝、一人ぼっちのベッドで目覚めて思ったの。こんなの全然私らしくないって、ね。
今まで私のこの性格に驚いて去っていった人間なんていくらだっているわ! いまさら夫に避けられたくらいでめそめそするなんて、そんなの性悪女を自負する狭山 香津美とは言えないもの!
「避けられている理由が分からなければ、捕まえて聞けばいいだけよ。私達は夫婦であり、社長と秘書の関係なんだから!」
そう、やっぱり私はこうでなくっちゃ。いつまでもイジイジグズグズしていたら、可愛い妹にだって笑われてしまうわ。
私は着替えを済ませ、リビングへ。もちろんそこに聖壱さんの姿はない。テーブルの上に小さなメモ紙が。
『おはよう、香津美。先に仕事に行ってくる』
「毎日同じ内容で、私が喜ぶなんて思わないでよね?」
これも聖壱さんの優しさだと分かっていても、避けられ続けてたまった怒りは収まらない。私はどうやって聖壱さんを問い詰めようかと、ずっとその事ばかりを考えていた。
もし問い詰めるとするならば、いつが一番良いかを考える。聖壱さんは勘の良い人だから、簡単には私の思うようにはいかないでしょうし。
誰かに頼んで仕事中に、彼を逃げられないようにするっていうのはどうかしら? ……ううん、無理よね。あの会社には聖壱さんの味方ばかり。私のために動いてくれるような人はいないわ。
それならやっぱり二人きりで話せる、この部屋が良いんじゃないかしら。だけど今までのように聞いてみてもきっと笑って誤魔化されるだけ。どうすれば……?
少しでも早く聖壱さんの考えていることが知りたいのに、良い考えが何も浮かばない。私は諦めてパンプスを履くと玄関を出た。こんな時普通の夫婦だったら、どうやって相手の気持ちを確かめるのかしらね……?
考えれば考えるほど、聖壱さんのことが分からない。とうとう彼が、私の事を本当に愛しているのかも不安になってしまって。
「もういっそのこと、すっぱり別れた方がいいのかしら……?」
なんて呟いてみると、なんだかすごく悲しくなってきて……そのままスマホを開いて聖壱さんにメッセージを送った。
『私が邪魔になったのなら、いつでも離婚してあげるわよ?』
どうしてこんな時まで、こんなに意地っ張りなのかしら?こんな性格だから、やっぱり誰にも愛してなんかもらえない。すぐそばのオフィスビルに向かうだけなのに、その足取りは重くて……とうとう立ち止まり俯いてしまった。
「つみ……香津美っ!」