コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
何度も私の名前を呼ぶ声に気付いて顔を上げると、ビルから聖壱さんが凄い速さで走って来ていて……そのまま飛びつくように私の事を強く抱きしめてきた。
「……心配するだろうが、この馬鹿!」
聖壱さんの呼吸がすごく荒い。多分オフィスからここまで、私のために全力疾走してきてくれたんだと思う。
「聖壱さん、メッセージを見たの? だったらどうして私の心配なんか……?」
あのメッセージを見たら、きっと聖壱さんは清々するんだろうと思ってた。私はこれまで聖壱さんの良い妻では無かったと思うから。
「香津美があんなメッセージを送ってきたのは、不安だったからなんだろう?もしかしてこのまま俺から離れて、どこかに行ってしまうんじゃないかって思ったんだ」
そう言って聖壱さんは私を抱きしめる腕の力を強める。ひょっとして、私は聖壱さんに嫌われてはいなかったの?
「じゃあ、どうしてずっと私を避けて?」
私が聞くと聖壱さんはとても困った顔をした。だけどジッと聖壱さんを見つめる私の様子を見て、とうとう彼も諦めたようで……
「……分かった。きちんと話すから、香津美ももう俺から離れようなんて考えるなよ?」
聖壱さんは少し乱暴に私の手首を掴んで、周りの目も気にせず私を社長室へと連れていった。彼は平気な顔をしていたけれど、私は色んな人に見られてしまいとても恥ずかしかった。
社長室に着くと、聖壱さんは私をソファーに座らせる。さっき走って来たせいか、彼は少し額に汗をかいていて……
「聖壱さん、心配かけてごめんなさい」
「いや、俺も香津美のが不安がっているかもしれないと分かっていながら避けていた。本当にすまなかった」
それでも私の方が悪かったと謝ると、聖壱さんは「気にするな」と言うだけで。彼はなかなか肝心の話に入ろうとしない。ねえ、そこまでして私の事を放っておいた理由は何なの?
「聖壱さん、ちゃんと聞かせて欲しいの」
聖壱さんの腕を掴んで、ジッと彼の瞳を見つめる。私の事をあんなに走って迎えに来るほど想っていてくれるのならば、ちゃんと理由を教えて欲しいの。
「俺の身内のゴタゴタにお前を巻き込むくらいなら、冷たい夫を演じて嫌われようと思ったんだ」
そんな、今更嫌われようなんて狡いじゃないの。私の事を何度も「好きだ」とか「愛してる」なんて囁いていた気持ちは、それくらいで無かった事に出来る程度の物だったの?
思わず聖壱さんを睨むと、彼はまた困ったような顔をする。その顔をされると、怒りたくても怒れなくて……
「だけど香津美からのメッセージを見たら、いてもたってもいられなくて……」
だからすぐに迎えに来てくれたんだ。聖壱さんはちゃんと私を好きなままでいてくれた。
「聖壱さんは私と離婚したくなかった、と?」
「当たり前だろ。分かってるくせに、わざと言わせようとするな」
俺様なのに、少しだけ頬を赤らめる聖壱さんがちょっと可愛く見えてしまうの。
でもまだ肝心なことが聞けていないわ。聖壱さんの言う身内のゴタゴタっていうのは……?
「ねえ、聖壱さん。もし身内の事で悩んでいる事があるのなら、私にも話して欲しいの。何か力になれるかもしれないし……私は貴方の妻なんだから、聖壱さんの身内の問題は私の問題でもあると思うのよ」
私を大切に思ってくれるこの人の力になりたいと思った。事情を知らない私なんかに何が出来るのかは分からなかったけれど。
「香津美の気持ちは嬉しい、だが俺はお前を危険な目には合わせたくないんだ」
聖壱さんから帰ってきたのは予想通りの答えだった。彼は私を巻き込むくらいなら距離を置こうとまでする人だから。でも……
「何も知らされず距離を置かれる方が私は嫌だわ。私達は夫婦で社長と秘書の関係なのよ、こういう時は二人で力を合わせるべきだと思わないの?」
私の言葉に聖壱さんは黙り込んでしまう。やはり無理を言いすぎたのかしらね、でもこれはすべて私の本音だから……
「本当にいいのか? 香津美はこれから俺の妻として協力してくれるのか?もし、お前が危険な目にでもあったら……」
「その時は、聖壱さんが助けに来てくれるんでしょう? 貴方は私の夫なんですもの」
そう言って笑って見せると、また聖壱さんから抱きしめられてしまう。今度は彼が私に甘えているようで、胸の奥が何だかムズムズしてしまった。