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大空碧人が学校生活に復帰する日が来た。
つまりは、(碧人に転生した)魔王の高校デビューだ。
登校初日の朝。ダイニングルーム。
「ああああ。良かった。またこの日を迎えられるなんて。ママもう……」
碧人の母親であるロリ顔の花子が泣き崩れた。ボリュームのあるバストが服ごしにたぷんと揺れる。
息子の前で鼻水を垂らし咽る姿は、魔王から見ると醜い以外の何ものでもない。
「花ちん、泣かないで。パパちんも悲しくなっちゃう。いや、この場合は嬉し泣きだから、ハッピーなのか」
妻を花ちん、自身をパパちんと呼称する碧人の父親・髪型オールバックの太郎がギュッと花子を抱きしめた。ついでにそっと花子の胸に手をもっていく。花子がバチンとその手を払った。
朝陽がきらきらと両親を照らす。
「吾輩、もう行くぞ」
魔王は両親を押しやって、玄関へ向かう。
「碧ちーん。おまえもパパちんの腕の中に入りなさい」
涙でぐしゃぐしゃの顔を魔王に向ける太郎。腕を開き、一緒に泣いて今日を祝おうぜ、と誘っていた。
「嫌だ」
「あああああ。わたしの碧ちゃんが変わっちゃったああああ。反抗期なの? それとも事故の後遺症なの? 吾輩とか言っちゃってるし」
とり乱す花子を一瞥する魔王。ウザくてしょうがない。ヒューマンの両親とはこれほどまでに子に過保護なのか。
魔王は、生まれついての魔王である。
父の大魔王に優しくされたことなどない。魔道を極めるために毎日が地獄のような日々だった。
血を血で洗う先にあるものが、魔王としての玉座だ。最強最恐たる力なくして、魔界に君臨することなどできない。
魔王は、ある日ようやく父・大魔王を殺戮した。千年前のことだ。
魔界では、魔王という存在はオンリーワン。ダブルキャストはありえない。だから殺してその座を継ぐ。
古より受け継がれし魔界の掟である。
全権を握った魔王は、恐怖政治によって魔界に秩序をもたらした。
なお、母の妃は、魔王が生まれた直後に、用済みとして殺されたと聞く。母の温もりはおろかその容貌さえ、魔王は知らない。
靴を履き、自宅である戸建ての玄関ドアを閉めた魔王。
ふうう、と大きく息を吐いた。――気配。振り返る。玄関ドアが開く素振りはない。
歩きだすと、強い視線を感じた。
玄関アプローチを見渡せるリビングルームの掃き出し窓に、太郎と花子がびとりと顔を貼りつかせていた。
窓ガラスが両親の呼気で曇っている。口をパクパクさせている。碧人ぉおお、碧ちん!などと口にしているのだろう。
ほっておくと両親は学校のみならず教室まで着いてきそうだ。
あらかじめ「家の外まで見送りに来たら、また車に飛び込んでやる」と魔王は両親に釘をさしておいた。
そう。
大空碧人は、ダンプに飛び込んで自殺を図った、という。
いったい何故、碧人はそうしたのか……碧人の身体に転生した魔王をもってしても、その真相を掴むことは難しかった。脳が事故をフラッシュバックするせいか、思い出そうとすると、途端に思考がシャットダウンする。
ネットや新聞、本で調べたところによると、十代のヒューマンは繊細らしい。
ルッキズム。恋愛、失恋。スクールカーストやいじめ。
受験の波に呑まれ、部活や課外活動、バイト。親、友人、恋人との人間関係で悩む。
「くだらん」
魔王は吐き捨てて駅へと向かう。
欲しいもの、欲しい地位があるのならば、力づくで奪う。
魔界では当たり前だ。
繊細でいられるほど魔界は甘くない。仮に寝首を掻かれても、ワキが甘いと嘲笑われるだけ。涙を流すものはいない。
それだけに――、
魔王はこの世界における学校というものに興味を持った。自殺したいと思わせるほどのものが学校にはあるのか。ならば、それはどんな地獄か。魔界を凌ぐものか。
魔王は拳を握りしめる。機は熟した。
体は回復した。ヒューマン・碧人としての能力値を最大値まで高められる。
興味シンシンに魔王は、地元の駅から満員電車に乗り込んだ。
むぎゅう。
事前に知識を得てはいた。それでも、ヒューマンですし詰め状態の通勤・通学電車は想像以上だった。最悪だ。
身体に接触されることのない日常を送ってきた。
近づかれることは、暗殺の機会を提供するに等しい。命令しない限り誰かが魔王のもとに来るなどありえなかった。
それが今は……むぎゅう、だ。
豚小屋の方がまだましだ。鶏舎でもここまで密集が酷くない。
魔王はちっと舌打ちする。
カクンと電車が揺れ、頭髪の薄い中年男性が魔王にもたれかかってきた。同時に、斜め前に立っていた女性にヒールで踏まれる。
「ごめんね」
中年男性はねっとりした口調で魔王に謝ったが、足の甲を踏みつけた女性は何も言わずにシレっとしたままだ。
車内のヒューマン全員を消し去ってくれようか。
消滅呪文を唱えようとする魔王は手をかざ……せなかった。手を挙げる隙間さえない
ちっ。
電車出入口の上部に表示された路線図を魔王は睨む。あと三駅。
現実逃避を始めた魔王は、ふと思い至った。
〝碧人は満員電車が嫌で自殺をはかったのではないだろうか〟
――と、
また電車がカクンと揺れる。
ぷに。
柔らかい感触があった。即座に魔王の股間に宿る熱。
……。満員電車は死ぬほど嫌なものではないな。魔王はそう結論づけた。
魔王が通う私立希望ヶ丘高校は、県内はおろか国内でも有数の進学校だ。
毎年度、二ケタの人数を東大へ送り出す。受験偏差値七〇越えはダテではない。
同時に、部活動においてもインターハイ出場、もしくは県大会上位に食い込む部が複数ある。他校の学生からすると「ふざけんな!」と愚痴りたくなるほどの文武両道校なのだ。
特に空手道部は、女子が十五年連続でインターハイに出場中だ。今年も粒ぞろいの猛者が稽古に励み、記録更新は堅いと目されている。野球部は甲子園出場経験こそないが、時間の問題だ。
で、大空碧人は――サッカー部だ。
サッカー部は県大会の予選リーグを突破し、決勝トーナメント三回戦が最上位の成績である。それでも県でベスト16だ。まずまずの実力を誇っている。
というか、
魔王は自動的に、サッカーピッチへと送り込まれる。そういうことだ。
サッカー。
ヒューマンが治めるこの世界で、かなりの競技人口を有し、巨額のマネーが動くスポーツだ。
ネットでサッカーを調べ尽くした魔王は、オフサイドやPK(ペナルティキック)などのルールの他に、インステップキックやボディフェイント、無回転シュートなどの技術も学習済みである。
過去三回分のワールドカップ全試合を倍速で見た魔王は、プロ最高峰のサッカースキルを完コピした。ボールには一切触れずにだ。魔王にとっては一目見れば再現できる暇つぶし程度のことである。
朝練と呼ばれる早朝稽古をしていると聞きつけた魔王は、グランドに顔を出してみた。
すると、さっそくボールが転がってきた。
「おーい碧人ぉ。退院したかぁー」
魔王に向けて手をぶんぶん振るスポーツ刈りの青年。
威勢がよいにもかかわらず、どこかダラっとしている。
「早坂か!」
大空碧人の交友関係を調べ済みである魔王にとって、古い付き合いのように相手の名前を呼ぶなど容易いことだ。
魔王がボールを蹴り返そうとすると、
「待て、おまえボール蹴って大丈夫なん?」
ボールを蹴る気マンマンだった魔王は、気を削がれてイラっときた。
ちっ。
「あ、おまえ今軽く舌打ちしたろ」
そう。
早坂――早坂健介(大空碧人と同じクラスの級友)は、思ったことをすぐさま口にする。いわゆる、空気を読めない奴だ。
事前調査済みではあるが、いざ目の当たりにすると……ウザかった。
「あーいいよ。せっかくおまえの体調を気にしてやったのに。蹴ろよ。思いっきり俺に蹴ろよ!」
言うや、早坂がダーッと走り、魔王との距離を大きく取った。ぴょんぴょんとその場でジャンプをし、魔王にパスを寄こせと催促する。
めんどくせー奴。
周囲のサッカー部員達が漏らす言葉は、早坂の耳には届かない。
仮に届いても、ある意味で鋼のメンタルを持つ早坂は、魔王へのパス要求を撤回しないだろう。
ちっ。魔王は再度、舌打ちする。
「あ、おまえまた舌打ちしたろ!」
こめかみを引くつかせた魔王。その場で二歩後退し、ボールを蹴った。
通常の高校サッカー部員ならば、ロングキック時には、横回転カーブや、縦回転の山なりのボールを蹴る。早坂を含めた部員達は、魔王がそういうボールを蹴ってくることを想定するものだ。
だが、魔王は違う。
ボールを蹴ったのは大空碧人でありながら、大空碧人ではない。
ボールは、超速のブレ玉無回転で早坂を襲う。
「ちょ、ま」
早坂がボールを受けようと足をあげる。いやらしそうなとろんとした目つきが、一瞬、キッと吊り上がった。
ボールが早坂の足で弾かれた。
「あ、っぶねー」
早坂がその場で地面に尻もちをつく。魔王以外の者は呆けたようにぽかんと口を開けていた。
信じられないのだ。眼前で起きたことが。
大空碧人はそこそこサッカーが上手いが、今、目にしたようなボールを蹴れるほどの選手ではない。
無回転ボールは、大概が空中でブレる。
プロの試合で稀にあることだが、ゴールキーパーの真正面に蹴られた無回転シュートが、ゴールキーパーを嘲笑うようにゴールネットに吸い込まれる。それは、ボール自体がフェイントするように左右に鋭く揺れ、キャッチングの目測を誤らせるからである。
魔王は、先ほどのキックが気に入らなかった。
蹴ったボールに、魔王が思うほどの球威がのらなかった。
ボールを受ける早坂の足ごとブチ抜く重たいボールを蹴ったつもりだ。
「よこせ」
近くで棒立ちしていたサッカー部員からボールを奪い取り、足もとに置いた。
「早坂、行くぞ」
表情ひとつ変えずに魔王が二歩さがる。
魔王の中で血が騒いでいた。風が吹き、グランドの砂粒が舞う。戦場を思い起こさせた。
早坂の顔が恐怖の色に染まった。「ちょ、ストップ。碧人、待て」
「吾輩に命令するな」
「吾輩?」
あたふたした早坂が魔王を思いとどまらせるために走ってくる。
「ほう、近づくか。舐められたものだ」
戦闘中に接近されることは、すなわち懐に入られることを意味する。その先にあるのは、死。無意識のうちに魔界モードがぐんぐん上昇する魔王。
「ふんっ」
鋭い鼻息混じりで魔王が左足を振り抜いた。(魔王はレフティ)
ボールが音速を越えた。