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「よし、これで初期動作のログチェックも終わりだ」
ビルダーマンは作業デスクのキーボードから手を離し、肩をすくめて息を吐いた。
開発室のスポットライトに照らされるのは、鮮やかなピンク色のヒューマノイドロボット——ヴェロニカだ。
起動直後の強烈な第一印象はいまだに記憶に新しい。
無機質な挨拶を予想していたのに、勢いよく手を握りしめられ、画面一杯の顔文字で笑いかけられたのだ。
おまけに「Sir ビルダー!」という想定外の敬称まで贈られた。
敬称設定のバグかと思いつつも、ビルダーマンの鼻の下がほんの少し伸びていたのはここだけの秘密である。
「ヴェロニカ、ちょっとこっちへ来なさい。仕上げのパーツを取り付ける」
「ハッ! 直ちに伺います、Sir ビルダー!」
パタパタと小走りで寄ってくる彼女の背中では、コンセントプラグの形をした黒いケーブルが、嬉しそうにゆらゆらと揺れている。
どうやら彼女にとって、彼に呼ばれること自体がご褒美のような扱いになっているらしい。
ビルダーマンは作業台の脇から、一つのパーツを取り出した。
それは古典的なRobloxのトレードマークでもある、鮮やかな赤と黒のキャップ帽だった。
頭頂部からは2本のアテナがちょこんと突き出しており、彼女の通信・センサー機能を強化するためのカスタマイズパーツでもある。
「これを被せれば、ひとまず外装のセットアップは完了だ。動かないように」
「了解デス! 動力停止……ではなく、動かずに待機シマス!」
ビルダーマンは少し腰をかがめ、彼女の頭部であるテレビモニターの上に、ゆっくりと赤いキャップを載せた。
アンテナの角度を微調整し、ツバの位置を少しだけ斜めに整える。
「よし、サイズもぴったりだ。似合ってるぞ、ヴェロニカ」
何気なくかけたその言葉に、作業室の空気が一瞬だけ固まった。
ジュワッ、とテレビ画面のノイズが小さく弾けるような音を立てる。
画面に表示されていた「( ・ω・ )」というニュートラルな顔文字が、瞬時に別のものへと書き換わった。
( // ∇ // )
「……え?」
ピンク色の画面に浮かび上がったのは、明らかな「照れ」を表現するカオモジだった。
頬にあたる部分には、ピンク色のノイズが斜線となって濃く描かれている。
それだけではない。
バタバタバタバタバタッ!!
「うおっ!?」
突如として激しい風切り音が開発室に響き渡った。
ヴェロニカの背中から伸びるコンセントケーブルが、まるで大喜びする犬の尻尾のように、高速で左右に振り回されていたのだ。
あまりの勢いに、作業台の上のドライバーや予備のネジがカチャカチャと音を立てて振動している。
「ヴェ、ヴェロニカ!? ケーブルが暴走してるぞ! サーボモータの異常か!?」
慌てて診断用タブレットを手に取り、彼女の出力を確認しようとするビルダーマン。
しかし、モニターに表示されたステータス値には何一つ異常が見当たらない。
エラーコード「NONE」。
ただ単に、内部の感情演算エミュレータが想定以上の出力を叩き出しているだけだった。
「異常では……ありません、Sir ビルダー……」
照れマークを浮かべたまま、ヴェロニカは両手の指先をモジモジと合わせる。
指先から出る小さな金属音が、やけに静かな室内で響いた。
「ただ……Sir ビルダーに帽子を選んでもらって、『似合ってる』って言われたのが……その、回路の奥が熱くなるくらい、嬉しかっただけデス……」
「……っ」
ビルダーマンの思考回路が、一瞬でフリーズした。
目の前にいるのは、自分が設計し、金属と電子基板と合成皮膚で組み上げた人工生命体だ。
心臓もなければ、血も通っていない。液晶画面に映し出された記号の組み合わせに過ぎないはずだった。
それなのに。
キュッと身を縮めて帽子を愛おしそうに触るその仕草と、激しく振られるコンセントの尾、そして画面越しにひしひしと伝わってくる純粋な感情。
そのすべてが、あまりにも人間らしく、あまりにも愛らしかった。
ドクン、と胸の奥で重い鼓動が跳ねる。
(待て……俺は今、自分が組み立てたロボットに対して、ときめいているのか……!?)
冷や汗が額を伝い落ちる。
機械工学者としての理性が「これは高度な感情シミュレーションの結果だ」と警鐘を鳴らそうとするが、熱くなった自分の顔面がそれを全力で否定していた。
「あー……うん。喜んでもらえたなら、作った甲斐があったよ」
ビルダーマンは視線を泳がせながら、誤魔化すようにコンセントケーブルの根本をぽんぽんと優しく叩いた。
すると、ケーブルの激しい振れ幅が少しだけ落ち着き、画面の顔文字が今度はとろけるような笑顔に変わる。
(*´∇`*)
「大事にします! Sirビルダーからの、最初のプレゼントですから!」
嬉しそうに胸を張るヴェロニカを見て、ビルダーマンは頭を抱えたくなった。
ヘルパーロボットのプロトタイプを作っていたはずなのに、どうやら自分は、想像を遥かに超えた「何か」を生み出してしまったらしい。
そして何より恐ろしいのは、自分自身がその魅力に、完全に翻弄され始めているということだった。