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デパートの上層階にある、見晴らしのいい高級レストラン。個室に運ばれてきたコース料理を前に、潔は山のような紙袋の山(配送手続き済みだが手元にもいくつかある)を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……なぁ玲王。やっぱりこれ、やりすぎだって。靴まであんなに……俺、何てお礼したらいいか分かんねぇよ」
潔の真っ直ぐな瞳が、玲王を射抜く。その「裏表のない善意」に触れるたび、玲王の胸の奥で燻っていた憎しみは、形を変えて爆発寸前の熱量へと変わっていた。
(……ああ、もう無理だ。嫌いになんてなれるわけねーだろ……)
凪への執着も、裏切られた恨みも、すべてはこの男の「得体の知れない引力」に飲み込まれていく。玲王は観念したように、ふいと視線を逸らして言った。
「……そんなに気になるなら、お返し、くれよ」
「いいぜ! 何が欲しいんだ? 俺にできることなら何でも言ってくれ!」
「何でも」という言葉の危うさを、この天然男はこれっぽっちも理解していない。玲王はヤケクソ気味に、喉まで出かかった本音をぶちまけた。
「……お前が欲しい」
「え? ……どういうことだ? 俺の体調管理とか、練習相手とかか?」
潔のあまりにも純粋な、サッカー脳全開の返し。
玲王の理性がプツンと音を立てて切れた。普段の余裕たっぷりな「御曹司・御影玲王」の仮面が、音を立てて崩れ落ちる。
「……違う! 練習相手なんて言ってねーだろ! ……っ、あーもう! お前の……」
玲王は顔を真っ赤に染め、耳の先までリンゴのように充血させながら、立ち上がって潔の胸ぐらを(でも優しく)掴んだ。
「お前のファーストキス、俺に寄越せ!!」
「……は?」
「ヤケクソだよ! 文句あんのか! お前が『何でもする』って言ったんだろ! 凪にも、蜂楽にも、あのクソ凛にもやってねーもんを、俺に寄越せって言ってんだよ!」
王子様の気品はどこへやら。動揺と羞恥心で支離滅裂になりながらも、玲王の瞳は必死だった。
対する潔は、数秒の間をおいて、ぽかんとした顔で玲王を見つめた。
(ファーストキス……? まあ、確かに恥ずかしいし、特別なもんだとは思うけど……)
潔の脳内では「サッカーの上達」や「試合の勝利」に比べれば、キスの優先順位は驚くほど低かった。おまけに、これだけ良くしてもらった玲王へのお返しとしては、むしろ「え、そんなもんでいいの?」という感覚ですらある。
「……いいぞ。別に。それで玲王が納得してくれるなら」
「…………は?」
今度は玲王が固まる番だった。
もっと拒絶されるか、ドン引きされるか、あるいは「変な冗談はやめろ」と笑われると思っていた。なのに、潔は「まあ、それぐらいなら別に大丈夫」と言わんばかりの、ふやふやとした、それでいて男前な顔で承諾したのだ。
「お前……っ、意味わかってんのか!? キスだぞ!? 好きな奴とする……、一生に一度の……!」
「わかってるって。でも、玲王には今日一日すげぇ世話になったし。……それに、玲王なら、別に嫌じゃないしな」
「……っっっ~~~~~!!!」
潔の「別に嫌じゃない」という無自覚な爆弾発言に、玲王のライフはゼロになった。
あまりの恥ずかしさと愛おしさに、玲王は真っ赤な顔のままガタガタと震え出し、自分の顔を両手で覆ってその場にうずくまった。
「……バカ……。お前、マジで……自分がどれだけ危ういか自覚しろよ……死ぬ……俺が死ぬ……」
「え、玲王!? 大丈夫か? 顔、真っ赤だぞ!?」
心配して顔を覗き込んでくる潔。その唇がすぐそこにある事実に、玲王は嬉しいのと恥ずかしいのとで、もはやパニック状態だった。
結局、その日のデザートの味は、二人とも全く覚えていなかった。
m ( 低浮