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◇ワンクッション◇
キャプション必読。
こちらはとある戦/争.屋実況者様のキャラをお借りした二次創作です。
ご本人様とは一切関係ございません。
・作品内に登場するすべては誹謗中傷/政治的プロパガンダの目的で作られたものではありません。
・花吐き病ネタ
・現パロ(2作品目)
・暴力表現、流血表現、嘔吐の表現があります。
・微エロ表現(R15くらい)があります。
・男同士の性行為はありません。
・公共機関では読まないようにご配慮下さい。
・あくまで一つの読み物としての世界観をお楽しみください。
・作品/注意書きを読んだ上での内容や解釈違いなどといった誹謗中傷は受け付けません。
・問題があれば削除します。
メイン:sha、ut
サブメイン:rbr
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──────海に消えた。
水の中から見える日光は、深い藍と混ざって、キラキラと光輝く。
その光に当てられて、宝石のような瞳が反射する。
ガポっ、と言う水を口から吐き出すと共に、花びらも口から這い出てくる。
ぷっくり、ぷっくり、と空気を求めて花びらが上へ上へと登っていく。
その花びらもまた、光が反射して、言葉にも表しきれないくらいの美しさを持った。
自分の口からは泡が出て、その形を保とうと、踏ん張っているのがわかる。
ゆっくりと瞼を閉じ、睫毛が水分を含む。
すると、過去の思い出が、昨日のように、色あせることなく、思い出せる。
全身を駆け巡るその記憶に身を委ねる。
思い出す度に、複雑な感情を心が支配して、わけも分からず瞳からは塩っぽい水滴が出て、海へと混じり、花びらと、泡と一緒に、狂宴を描いていた。
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s h a 視点
「俺、ロボロの事が好きなんよね」
とある日の昼下がり、日差しが強い時間帯にて、カフェで誰かがひとり、言ちていた。
そう発した彼は黄・小龍と言い、中国人と日本人のハーフである。
赤と白のボーダーシャツに、黄色の派手なオーバーオール。
可愛らしいブタの髪留めを着けていて、伸ばした髪は甘栗色。
髪は一つに束ねており、その髪ゴムは誕生日に彼がくれた一品だ。
顔立ちは東洋人形のようで、目は大きくクリクリとしており、シトリン、もしくは琥珀の宝石を眼窩に埋め込んだような綺麗な瞳。
凄く中性的な見た目で、身体をじっくりと見なければ女性と見間違えそうだった。
可愛い、かっこいい、と、どちらかと言えば綺麗系の部類の入るであろう。
その彼から真正面にいる彼の名は鬱島譲。
名前に『鬱』という字が入ることは、大変不躾ではあるが、まぁ仕方の無い事だろう、そう思う。
年中顔色が悪く、浮気男であり、顔は普通によく、イケメンだ。
いつも着ている藍色のスーツに、黒のシンプルなネクタイ、藍色のスラックスを着ている。
身長は日本人の平均よりかは高く、そこらの女が惚れてしまうのも頷ける。
ただし、騙されてはいけない。
彼はとんでもないクズ男である。
現役時代は四十八人もの女と遊び、仕事はサボり、やってもガバるいうとんでも野郎だ。
まぁ、その話はさておき、現在彼らがいるこの場所は、こじんまりとした小さめの喫茶店で、藍色の彼は煙草を吹かしている。
薄暗い証明に、レトロな雰囲気漂うダークブラウンの木で出来たテーブルに、赤色ソファ。
The・昭和のような喫茶店である。
ここはよく仲の良いメンバーと話す時に丁度よい店で、行きつけでもあった。
店内にはこの二人の他に、カウンターに座る一人と、テーブル席に座る二人の男女が居座っていた。
「えっ、シャオちゃんロボロの事好きやったん……!?」
先程の問いかけの続きではあるが、彼は酷く驚いていた。
そりゃぁそうだ。
現代では男同士の恋愛は愚か、女同士の恋愛でも変だと言われるこの世の中だ、この男もそう思ったのかもしれない。
少し傷付きながらも、話を続ける。
「やっぱ、気持ち悪いよな俺………」
「いやいや!全然気持ち悪ないよ?」
「ほら、最近は多様性とか言うし、人の恋愛に気持ち悪いも悪ないも関係ないやろとか思うし」
「そいで?シャオちゃんはロボロとどうなりたいん?」
氷をからり、と鳴らせ彼はアイスコーヒーをストローで飲む。
彼は甘いものがあまり好きではないのか、ガムシロップやミルクは入れていない。
グラスの周りには水滴が滴っており、彼が飲むと非常に様になっていた。
「そりゃ、付き合いたいとか思ってるけど……」
「それで変に関係も壊れるのも嫌やし、告白して今の関係が壊れてまうんやったら、告白せんでもええんちゃうか、とも思うんよな……」
「ふーん?」
「それにさ、俺が告ったところで、相手はあのロボロやで?」
「心ないし、こんな大の男に告られても気持ち悪いし、困ると思うんよ」
「シャオちゃんはそう思うとるんやね」
「でも、案外告白しても受け入れてくれそうやけどなぁ……」
「ほんま?!ほんまにそう思う!?」
「おっ、おう……」
「めっちゃ食いつくな……」
あくまでも希望的観測ではあるが、少しは希望が見えてくる。
だが、希望的観測であって、その可能性はとてつもなく低い。
ただでさえ男女の恋愛で最初から両思いだった確率は400分の1なのだ。
それが男同士になるとどれだけ低い確率になるのやら……気が計り知れない。
「こんなにウジウジ悩んでてもさ、どうにかなる事でもないやん?」
「ならさ、パッパと告白しちゃえば?」
「多分やけど、ロボロは振ったとしてもシャオちゃんの事は受け入れてくれるやろし」
「逆に向こうもOKしてくれるんやったらそれでええし」
「なにも進まんままシャオちゃんも終わりたないやろ?」
「ほら、シャオちゃんが振られても僕が慰めたるからさ」
「……うん」
「俺、ロボロに告白してみよかな」
「うん」
「頑張れ、応援しとーよ」
ニッコリと優しく彼は微笑む。
まるで、親が雛を見守るような暖かく、それでいて優しい目付きだった。
その心遣いにポカポカとした暖かい気持ちになり、俺はさっそく彼に告白しようと心に決めた。
「ありがとな!大先生!」
「ほな俺行ってくるわ!」
「あ、相談に乗ってくれたお礼にここは俺がもつわ!」
会計札を手に、会計を済ませる。
電子決済の軽快な音が静かな店内に鳴り響き、自分の背中を押してくれて居るように感じた。
店を出るや、彼は気付いていない。
藍色の彼が、酷く泣きそうな傷付いた顔をして、拳を握りしめていた事に。
そして、藍色の彼が人知れず、藍色の花を吐いていた事に。
その花びらをゆっくりと持ち上げる。
花の名は、藍色のアネモネ。
店内の空調設備器に吹かれ、どこか遠くの場所へと舞うのが目に見えていた。
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s h a 視点
喫茶店からの帰り道、外はオレンジ色の空に霞んでいて、外には犬の散歩や小さな子供が帰路へと着く様子が伺える。
川沿いの道をゆっくりと進んでいく。
太陽の光が川に当たって、それはそれは大変綺麗な水平線を描いている。
そんな太陽が沈んでいく様を見ながら、ふと、進む足を止めた。
心の中は、彼の事でいっぱいで、どうしようかと悩むことばかりである。
告白しようたって、どう告白するか、いつ告白するか、考える事がいっぱいだ。
それに、藍色の彼はああ言ってくれたが、内心は凄く不安で、怖いものを見て泣くこと我慢している幼子の様に心は凪いでいる。
『なにも進まんままシャオちゃんも終わりたないやろ?』
その言葉を思い出し、やはり告白しようと決心する。
「でもなぁ〜……」
はぁ、と更なるため息が重なる。
う、うぁー!!!!と心の中で叫びながら頭を掻き毟る。
あぁ、髪がぐちゃぐちゃになってもうた……。
「なにをそんな悩んでんの?」
「ひゃぁ!??」
ビクッ、と身体が飛び跳ね、転んでしまいそうになる。
そこをなんとか踏ん張って、前に転ぶのを阻止した。
だが、勢いを殺し切れなかったようで、すぐさま体勢がふらりとグラつく。
そこに、厚い筋肉の腕が伸びる。
腰をグイっ、と引っ張られ、後ろに倒れ込む。
バックハグをするような体勢に変わり、肩を反対の手で抱きとめられる。
「相変わらずあんさんはドジやなぁ」
と、揶揄いを含んだ嘲笑のような微笑。
キャラキャラ、と笑いあの特徴的な笑いは也を潜め、控えめに優しく笑ふ。
それが、凄く温かくて、優しさが込められていた。
ようやっと顔を見てみると、つい先程まで考えていた大好きな人で更に驚愕する。
「んぎゃぁ!?」
驚いた弾みに、勢いがつき、彼はそれを殺しきれず、思わず倒れ込んでしまいそうになる。
さらに、己が驚いたら事に彼は驚いたのか、向こうもビックリしていた。
「えぇっ!?」
そして、今度こそ体勢が傾き、二人で転ぶ。
だが、何もショックは来なくて、目を開くと、彼が下敷きになっていた。
あ、守ってくれたんやなぁ、と思った。
「ぐえっ」
苦しそうな声が呻き声が出てきて、すぐに彼の腹の上から退く。
彼は上体を起き上がらせ、ぜぇ、ぜぇ、と酸素を求め横隔膜を上下させる。
恐らくは、腹に乗っていたが為、呼吸が上手く出来なかったのだろう。
激しく横隔膜を上下させ、肺が膨らみ、縮むのを繰り返す。
どれくらい経ったのかはわからないが、少しの間、乱れた呼吸音だけが鳴り響いていた。
はぁ、はぁ、はぁ、と呼吸がゆっくりになっていき、やっと整うと、彼は此方を向き、いつもの仏頂面で対面した。
俺は立ち上がり、彼へと手を差し伸べる。
その手を掴みながら、おもむろに立ち上がり、彼はこう言った。
「大丈夫か?怪我なくて良かったわ!」
「いやな?ここらへん散歩しとったらお前見つけてなぁ〜」
「それで話しかけたんやけど、えらいあんさんびっくりしはるからおもろかったわ!」
「いや、こっちこそごめんなぁ、めっちゃ驚いてもうた」
「もう苦しない?」
「おう!俺はお前に怪我なくて良かったわ、思てな!」
あぁ、やっぱり優しいなぁ、そう思ってしまう。
『多分やけど、ロボロは振ったとしてもシャオちゃんの事は受け入れてくれるやろし』
その言葉の通り、彼は心が無いと謳われるが、その実、酷く優しい。
その優しさに、心が漬け込まれて、痛くて温かい。
藍の彼の言葉を思い出し、俺は彼が好きなんだと、そう言葉にして伝える。
このまま決心のついたまま言わないと、もうこの先俺は告白出来ないと思ったからだ。
「ねぇ、ロボロ」
「んん?どした?」
「俺、お前のことが好きなんよね」
「恋愛的な意味で。」
「えっ」
彼は、酷く驚いている事が手に取る様にわかり、子供みたいだな、なんて考える。
彼の顔には布面が着けられているが、その下には、口をポカンと開き、目を見開いている事だろう。
その表情が、余計に辛かった。
「こんな男から告白されても嬉しないやろし、ごっつ気持ち悪いと思うけど、」
「俺な、お前のこと、めっちゃ好きやねん」
「ごめん、ごめんな」
自然と、目から塩っぽい水滴が溢れ出てきて、それが頬に伝って、口に入り、苦かった。
その涙は、夕日が眩しいから、そういう理由にしておこうと思う。
本当は、これから自分は振られてしまうんだと自覚するのが怖かった、なんて情けないことは墓場まで持っていこう。
それで、俺は大先生に慰めて貰おう、そう思考の中に沈んだ。
「……いや、全然そんなことないよ」
「あのさ、信じられへんかもしれへんけど、俺もお前の事が好きやねん」
「えっ?」
今度は、こちらが驚く番だった。
だって、想像もしないじゃないか。
こんな、自分に都合のいいよう、解釈してもいいだなんて。
「普段からずっとお前のこと考えとったし」
「今日やって、散歩がてら道歩いとったらお前見つけて、めちゃめちゃ嬉しなってもうて話しかけてもうたくらいやし」
「お前よりも俺の方が好きやねん」
「なぁ、」
彼は、左手を胸に当て、跪き、頭を垂れ、右手でエスコートするように差し出す。
顔にある布面を横にスライドし、表情が表れる。
その顔は、優しく、嬉しさ、喜びに満ちた悪戯っ子の様な可愛らしい笑みを浮かべていた。
そのまま、コテン、と斜めに首を傾げ、俺を見上げる。
その様は、海に溺れていた王子を助け、海に打ち上げられた、歩けない人魚の様な姿だった。
「俺と付き合うてくれへんか?」
哀しみの涙が、嬉しさの涙へと変化する。
その涙は、人魚の涙という物語に出てくる、涙が宝石に変わるような、光の粒が落ちるようだった。
水滴が、光に当たって乱反射して、キラキラと光り、それが地へと落ちていく。
落ちていったが最後、蒸発して消えてなくなってしまうのだ。
「はいっ………!!」
エスコートされた右手に左手を添え、その手を取った。
涙が左手の薬指に落ちる。
その涙は、夕日の光に当たって、宝石のような輝きを持ち、それが横へと広がって、婚約指輪を着けられたように見えた。
その手に、涙が止まらなくて、二人で顔を合わせ、『顔ぐちゃぐちゃやな』なんて言って、笑っていた。
その笑みは、穏やかに流れる川と似た、優しい雰囲気が流れていた。
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u t 視点
ビュー、ビュー、と吹き閉じる風の音。
自分の目の前には、深い深い藍色の海が広がっていた。
太陽はすっかり顔を隠していて、代わりに月が顔を出している。
結局、あの後は喫茶店を去り、一人で夕日を散歩しているとそこに、シャオちゃんとロボロを見た。
ロボロがシャオちゃんの手を取っていて、シャオちゃんの左手の薬指がキラキラと水が反射したように輝いている。
二人でケラケラと笑っていて、ロボロが立ち上がると、シャオちゃんの手と自分の手を絡めた。
その瞬間、僕はこの恋が消えたんだなぁ、と思った。
実際、僕はシャオちゃんの事が好きで(恋愛的な意味で)、花吐き病という恋煩いの病まで罹っていた。
僕の家系は、皆この花吐き病によって死亡している。
約九割がこの病で、残りの一割が事故、それが死亡原因であった。
花吐き病、正式名称は【嘔吐中枢花被性疾患】。
誰かに恋をして、その恋を拗れさせてしまうことにより発症する。
花を吐き、その恋への思いを吐き出す。
その思いは、花の言葉によって。
花を吐き出す際、酷い痛みを伴い、最終的に恋が叶わなければ衰弱死してしまう。
そして、僕はたった今、失恋した。
この事を知っているのは相棒の彼だけ。
正直、シャオちゃんがロボロの事を好きと言ったその時から失恋は決まっていたのだろう。
だって、ロボロはシャオちゃんの居ないところでは、恋心が見え見えで、バレバレだったから。
でも、諦め切れなかったから、余計に辛い。
しかも、あんな幸せそうに笑う彼らが、凄く羨ましくて。
そのせいで余計に自分が惨めになって。
「ははっ……」
自分を嘲る笑いを含んで、一粒の涙が左目から表面張力に耐えきれず、下へ落ち、海と同化する。
自分がいるこの場所は、崖になっており、リアス海岸と呼ばれる複雑な海流が入り組み合う海の入口に立っている。
その海に落ちると、海流に身体が拐われ、崖に叩きつけられ、死ぬ。
複雑に海流が入り組んでいるせいで、沖にまで辿り着けず、身動きも取れないせいだから、それが理由である。
どうせ自分は花吐き病を患っている、死ぬ運命なのだ。
今更海に身を投げ打ったところで、少し死期が早まるだけであって、何ら変わりない。
一歩、左脚を前に出す。
余計に、風が強くなったような気がする。
そのまま右足を左足より前に出し、立ち止まる。
電話の着信音が鳴り、その瞬間に、これまでの記憶が脳内を刺激し、走馬灯のように駆け抜けた。
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u t 視点
「あんたなんか!!!!あんたなんか産まなければ良かった!!!!!」
「なんで、なんであの人に似てしまうのよ!!」
「なんでっ、なんでっ、…………!!!!」
そう怒鳴り声と掠れた声に意識が叩き起される。
悲しげな切ない恋煩いの女の様を見ていると、すぐさま腹に凄まじい衝撃が走る。
恐らく、自分は蹴られたのだろう。
未だに第二次成長期すら遂げていないその軽い子供の身体は、よく吹っ飛んでいた。
身体は襖に叩きつけられ、ゴフっ、と吐瀉物を吐き出す。
吐瀉物と言っても、充分に食事を与えられていない身体は、ほとんどが胃液たった。
そのまま二発目が飛んできて、目に星が走る。
クラクラと頭が揺れ、酷く気色が悪かった。
頭からジンジンとした痛みがやってきて、その場所から下へ、顔を伝い、生暖かい液体が降りてくる。
「あんたなんか死んでしまえ!!!」
最後に、とどめだ!とでも言っているかのように、熱く沸騰した湯の入ったやかんが投げられる。
水の沸騰温度は八十度で、水の限界は百度。
九十度は超えているであろうお湯が全身にぶちまけられる。
だが、それよりも辛かったのが、軽く百度は超えているであろうやかんが身体に当たった事だった。
右腕に当たり、ジュゥゥ、と肉を焼く音がした。
普段、肉は焼いて食べるものだろう。
食べる為に、肉を焼く、その時になるあの香ばしい匂い。
そんなことはなく、自分の身体から、肉を焼くその音がして、たまらなかった。
「ゔっぁぁっ!!!!あああああっ!!!」
「いだいっ!!!い”だぃぃっ!!!」
声を抑える事などは出来ず、目から涙を、額からは汗を、鼻からは鼻水を。
辛くて、痛くて、苦しくて、痛みのあまり呼吸を忘れ、叫んでいた声も出せず、息が出来なくなる。
まるで、ナイフで腕をグリグリと傷口を抉るような痛みに、海へと沈み、陸に打ち上げられた魚のように、呼吸が出来ず苦しみもがく。
そんなクソみたいな人生だった。
・
・
・
翌日、何食わぬ顔をして、学校へと足を運ぶ。
自分が虐待をされているにも関わらず、学校の教師は見て見ぬフリをする。
あの母親と呼ばれる女は、父親に浮気をされ、花吐き病を患った。
母親は父親に浮気されてもなお諦められず、恋心を捨てきれず、恋を拗らせてしまった事により……、という感じで。
まぁ、見て見ぬフリをする教師たちは、うちの事に首を突っ込みたくないからなのだろう。
もう、助けなんて諦めているのでどうでも良いが。
どうせあの女は死ぬ運命なのだ。
それまで耐えきれば、僕はやっと自由に生きれる。
それを待つだけの、タダの尸となるのだ。
「あ、譲くん!」
タタタっ、と小走りにやってくる華奢な胸のでかい女。
たしか、名前はなんと言ったか……。
制服の紺色ジャケットを羽織、短いスカートをはためかせ、その白い脚を晒し、はしたない股を開ける。
もうあの女には興味がないのだが、ただ胸だけは一級品だったので、未だに傍へ置いている。
僕は『おっぺぇ一級品』と呼んでいたので、名前が思い出せない。(本人にはそんな呼び方をしていないが。)
苗字がア……だったような、マ……だったような。
全く思い出せない。
名前が思い出せなくなると、女はめんどくさく泣き喚くので、もう頃合か。
そう思い、彼女に別れを告げようと思う。
他にも女は三十人はいるのだ、今更一人減ろうがどうってことはない。
「えっと……ごめんやけど、僕君にもう興味なくなってもうたんよね。」
「やから別れてくれん?」
「えっ………?」
そういうと、あからさまに彼女は落ち込み、華奢な肩を震わせ、目にジワジワと涙の塊を溜め込む。
あぁ、この女は『別れよう』と言うとこのように泣き喚くタイプなのか。
だが、『最低!』なんて言って暴力を奮ってくる女よりかはマシか、そう思うも、泣かれるのは少し罪悪感が湧いてくるので辞めて頂きたいことこの上ないが。
「ひどいっ……!なんで、私のどこがいけなかったの……!?」
「いやなぁ、どこが悪いとかそういうんやなくて、”興味がなくなった”んよね。」
「君さ、おっぱいは一級品やけど、正直セックスしてて全然楽しないし。」
「ほなね」
「えっ、ちょっ………!!!」
彼女は、僕を引き止めようとするが、僕はそれを無視し、足の歩みを止めなかった。
紺色のスラックスに通した脚を前へ前へと動かし、地を蹴り、校舎の中へ入る。
と、その時、後ろから前にかけて衝撃が走り、横を見てみると、顔面偏差値114514の超イケメンの金髪騒音クソチワワが垣間見えた。
黙っていればとても格好が良く、女にもモテそうなのだが、なにせ中身がアレなのだ。
世間様で言われる、残念なイケメン、とやらである。
そんな彼の名前は捏島馨。
皆からは”シッマ”と呼ばれる男だ。
そして、彼は自分唯一の、相棒。
彼とは長い付き合いで、幼稚園へ入園する前からの付き合いだ。
もしかすると、彼の中で一番付き合いが長いのは僕かもしれない。(親も入れて。)
「ア”ーハッハッハッハッ!!!」
「大先生!今日も朝から女フッてんなぁ!」
「あん子めっちゃ可哀想やわぁ〜!」
「ええなぁ、めっちゃ尖っとるやんけ!この調子でもっと尖ってけよ〜?」
と、こんな風に人が尖っている(?)事が大好きな歩く騒音迷惑ボイス。
本当に残念な性格をしてると思う。
中身がなんとか良くなれば、僕以上にモテていたとは思うし、正直、彼ほどの美貌を持つ人を未だに僕は発見出来ていない。
いや、彼がモテれば僕のチャームポイントがなくなってしまうのでこのまま己の道を突き進んでくれ。
手のひらクルクルやな!と脳内のシッマが突っ込んでくるが、気にしない事とする。
「あ!大先生〜!シッマ〜!」
「こんなとこにおったんや!なんで俺の事置いてくん!もう!」
コイツはシャオロンと言い、詳細は端折る事とする。
説明を二度もするのは普通に非合理なので。
彼とは小学生くらいからの付き合いで、シッマの次に僕と付き合いが長い。
小学生の頃、転校してきて、好きなゲームが同じだったので、そこから意気投合し、仲が良くなった。
今ではすっかりゲーム友達である。
そんなシャオロンとは同じクラスで、シッマは隣のクラス。
そう言えば昔、僕がシャオロンと初めて会った時、あまりにも可愛らしかったので、てっきり女の子だと思い、シャオちゃんと呼んだことがきっかけで、シャオちゃんというあだ名が付いた。
ちなみに、ここだけの話だが、女の子だと勘違い、その上シャオちゃんと呼んでしまい、シャオロンから平手打ちが飛んだことは言うまでもない。(僕は一週間顔が腫れ大変だった。)
「あ、俺らこっちやから!」
「また後でな!」
「おう!ほなな!」
思考に縺れ、上の空になっていたところ、どうにか意識をこちらへと戻し、会話を続けた。
別れる前の話など全く聞いていないが、自身のトークスキルを信じ、ここは巧みに会話を繋げてみせる。
四十八人もの女を落とした僕ならば、造作のないことだ!、そう思い、会話に花を咲かせた。
「いや〜、ホンマ、シッマ声デカイなぁ!」
「すれ違う人らにめっちゃ振り返られたわ!」
「シャオちゃんも大概やけどね」
「そうかぁ?」
そんなたわいもない話をしながら、僕は教室の扉を開ける為、手を伸ばした。
冷たい金属で出来た凹の取っ手を掴む。
──────と、した時。
右腕を握られる、人の体温とした温度のなにかに掴まれた。
昨日のやけどのおかげで、皮膚組織はぐちゃぐちゃに破壊されており、黄色く膿み、赤黒く血が滲んでいる。
家には、怪我を手当てするような専用の器具などないので、そのまま適当にアルコールをぶっかけ、ガーゼも包帯も何もつけず、制服のシャツに袖を通していた。
シャツは黄色と赤黒い液体が少し滲んでおり、洗濯すれば落ちるくらいの汚れだ。
強いチカラで握られ、さらに傷が悪化していくのを感じる。
血小板が頑張って血液を固めてくれたのに、凝血したものが取れ、血がダラりと飛び出る。
傷が開いたのだろう、やけどでボロボロぐちゃぐちゃになった組織が、悲鳴をあげる。
そして、僕も小さく悲鳴をあげた。
「いたっ………」
「なに、これ」
「え、これ?」
「あぁ、昨日あの女にやられたんよね。」
「昨日は何時にも増して気が立ってたからなぁ。」
「大丈夫やで、このくらい何時ものこと……「何時ものことじゃない!!」」
急に、シャオちゃんが悲しそうな悲鳴をあげた。
それと同時にに、顔が下へと俯いてしまい、表情が窺えない。
シャオちゃんに声を遮られ、喋ろうとした言葉が続かない。
あの女はもう時期死ぬのだから、己はもうすぐ開放されるだろうし、なにより、シャオちゃんには関係はなにが、そのような切ない悲鳴を上げられた理由がわからなかった。
シャオちゃんに握られた白く痩せ細った腕が、グリりっ、ぐちゃぁっ、と音を立て、見るも無惨な姿になっている。
「ちょ、シャオちゃん離してっ……!」
「痛い……!」
「えっぁ、あ、ごめん………」
シャオちゃんのお陰で、制服に血が深く染まり、これは洗濯をしても落ちない程の汚れになってしまった。
なんて事してくれるんだ、と思いつつも、このくらいで怒ったりはしない。
このくらいで怒っていると、世の中生きていけないし、それに、母親に殴られる時よりも、全然マシだからである。
余裕のある男は女に好かれやすいしね。
なんて考えていると、シャオちゃんが僕の両手首を両の手のひらで握った。
彼は普通の人と比べて体温が高いからか、ほんのりと人の温もりを感じる。
僕の偏見だが、運動をよくする人って代謝も良いし体温が高い気がする。
「今度からちゃんと言ってよね」
「そん時は俺が助けたるから」
顔をこちらへと上げ、真剣な表情をして、この台詞を投げ捨てる。
彼の真剣な表情は見たくないな、なんて思ってしまった。
彼は、いつも大声でゲラゲラ下品に笑い、煽り、悪魔のようなキツイ言い方をしている方がよっぽど良い。
ふとした時に見せるあの柔らかい微笑が僕の中で、一番好きだ。
あの笑みに勝るものはないと思う。
「えっ、うん……?」
「わかってくれたみたいで良かったわ!」
「ほれ、立ち話してもうたからめっちゃ注目されとるわ!」
「はよ教室入ろや!」
パシっ、と腰を叩かれ、教室の中へと招き入れる。
襟元になにか違和感はしたが、気の所為だろう、そう思い、気にも留めなかった。
その違和感が、数年後にデッドエンドを辿る扉へとなる事に、その時点ではまだ、気付いてはいなかった。
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u t 視点
「あ”あ”あ”ぁぁっっ!!!」
「なんでアンタがあの人に似てしまうのよ!!」
「消えろ!消えろ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!」
「目障りなんだよ!とっとと死ねよ!!!」
拳と共に、罵詈雑言という言葉の拳を、自分の身体へと浴びさせる。
言葉の凶器が、心へとグサグサと刺さり、それと同時に、身体も酷く痛んで、涙がポロリと耐えきれず、こぼれ落ちる。
その涙は、極めて塩辛い、不味い味のものだった。
恐らくだが、肋には一本日々が入っているのだろう、呼吸をする度に、ズキリと稲妻が走るような鋭い痛みが自身の身体を蝕まれたから。
「かヒュっ、はー、ヒフっ、ぁー、」
風音に似たか細い呼吸音。
それは、どこが頼りない糸のように、切ない旋律を奏でていた。
もう嫌だ、誰か助けてくれ、もう死にたい、解放されたい、そんな冷たい弱音が、心と共に、身体を巣食い、沈黙の海に沈む。
血液を流し過ぎたのだろう、身体が冷え、極寒の地へと裸で放り出されたように寒い。
ガクガクと身体が痙攣し、ここまで痛めつけられたのは初めてだった。
「あんたなんてっ……!!あんたなんてっ……!!」
「このっ……!!!」
母親と呼ばれる女が机の上に置いてあったナイフを左手に握り、僕に似た黒色の長い髪を揺らし、振りかぶった。
もうすぐ、自分はこの女にナイフで突き刺されると言うのに、一切焦ってもおらず、逆に、ひどい安堵の気を覚えた。
恐らくは、自分は死んで開放されると思ったからなのだろう。
自分は、あの女が死ぬまで耐えきれなかった、ただそれだけの事。
スローモーションに見えるモノクロの視界で、ゆったりと時が動き始める。
そして、ナイフは迷いなく、自分の腹へと目掛けて振り下ろされた──────
「何やっとんねん!!!!!」
──────と、思いきや。
あのキャラキャラと笑ふ暖かい声が、鋭利を帯びた人を傷つける凶器の声色に変わる。
ガシャンっ、パリリンっ、とガラス特有の甲高い割れるような音が聞こえ、硬く薄い破片が、そこらじゅうに散らばり散った。
外からは、ウーウー、というパトカーのサイレンのような音が聞こえる。
淡い甘栗のようなボブの髪を揺らせ、ナイフを持つ女に蹴りを入れ、女の背中に馬乗りし、ナイフを取り上げ、動けないように身動きを固めた。
パタンっ、と扉が開け閉めされる音がし、複数人の体格のいい大人の足音が聞こえ、そのままでいると、窓からズカズカと入ってきた。
「容疑者確保!!!!」
そんな大声と共に、あの大好きな暖かい琥珀の瞳をもつ少年特有の高さを帯びた声が天から降ってくる。
「はぁ……良かったわ、間に合って」
「怪我、大丈夫か?」
「いや、起き上がれへんのやから、大丈夫やないか」
すっ、とあの優しいマメが出来た分厚い手を差し出される。
彼は日に焼かれにくいのか、健康的に焼けた肌だった。
中腰で手を差し出され、バックから照らされる月光に、あの琥珀が反射して、キラキラと、シトリンのように煌めく。
宝石を埋めたように輝く瞳は、見蕩れてしまうほどに、綺麗だった。
甘栗の髪が、淡い光に照らされて、甘い匂いが漂った。
のっそり、のっそりと身体を持ち上げ、彼の手に掴む。
「えらい怪我やなぁ」
「救急車来とるから、大先生はそこで手当してもらい」
彼の手にエスコートされ、星がまたたく夜空の下に、赤と白のコントラストが追加された。
その景色を横目に、フッ、と安堵したのか、僕の意識はブラックアウトした。
彼の優しい呼び声が、耳を擽らせて、痛かった。
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u t 視点
あの事件から何日か経ったとある日。
その日は、初夏を匂わせる生い茂った緑が見えた日だった。
右腕のやけどは、重症度Ⅱと呼ばれる程で、あともう少し手当をするのが遅れていたら、皮下組織にまで傷が広がっていたらしい。
なるほど、と思った。
だから何時もよりも痛みが強いんだな、そう納得したためである。
ちなみに、その事を医師に話すと、僕が気絶するまで説教を諭した。
なぜだ、解せぬ。
あの母親的存在の女はどうなったかと言うと、結局警察に捕まり、これから裁判が始まろうとしている。
あの女が有罪判決になるのは時間の問題だろう、と検事の方はそうおっしゃっていた。
僕はまだ未成年で、女が有罪判決になると、僕は児童養護施設へといくことになる。
まぁ、あの女の元で生きるよりかはずっとマシだと僕は思う。
そういえば、なぜあの時助けが来たのか、その疑問が残る。
「お邪魔しまーす」
そんな明るい声と共に、戸の開く音がひとつ。
ガララララ、と扉が地を転げる軽快な空気の振動を揺らし、鼓膜へと届く。
彼の甘栗の髪色が、この病室とミスマッチにも感じる。
彼は健康体だから、こういう、病院を連想させる白にはマッチしないのだろう。
「お、起きとるやん」
「いやな?やっと大先生起きた、っちゅう連絡が来たんよな!」
「やから来てん!」
「あっ、これ見舞い品の林檎な!」
「ありがとう」
「丁度よかった、僕さ、シャオちゃんに聞きたいことあったんよね」
「ん?なに?」
「あ、この椅子に座って」
ベッドの隣にあった白くこじんまりとした小さな丸椅子を手で指し示す。
あまりその椅子は使われていないのか、思いの外綺麗で、新品のようだった。
彼はその椅子に座り、股の間に手を付き、足をブラブラとさせる。
多分、それが彼の足癖なのだろう。
座る前に彼は、あふれんばかりの林檎が乗ったかごをサイドテーブルに落ちないようそうっ、と慎重に置いた。
置いた際の衝撃に耐えきれず、林檎がグラグラとしていたが、結局耐え、床に落下することは防いでいた。
「で?聞きたいことって?」
「いやね、僕がボコスカあの母親に殴られとったやん?」
「そんときにさ、なんでシャオちゃんが来たんやろーって思って。」
「しかも、タイミングめっちゃピッタリでさ。」
「あれどういう事なん?」
「ん?あれねぇ、俺が大先生のポケットに盗聴器と録音機仕込ませてたんよね!」
「いやさ、大先生、めちゃめちゃ傷だらけになって学校来る時あるやん?」
えっ、という顔をしてしまいそうになる。
きちんと包帯も巻いて、止血もして、応急処置もしたし、怪我が見えないよう長袖の服を年中着ていた。
それに、脚の怪我もバレないよう、長ズボンにしていた。(もちろん年中。)
そう思ってしまい、顔にも驚きの表情が表れてしまう。
「あ、その顔、気付かれてへんと思った?」
「いっつもどこかしら怪我しとるから、シッマと俺でどうにかでけへんやろか、って話しとったんよね。」
「でもな?シッマ酷いねんで?『アイツの家庭はアイツの家庭や。人様の家庭に勝手に首突っ込んでもええんとやろか』って。」
「『それに、あともうちょいでアイツもこれ以上怪我するんは無くなるから今はそっとしといたらどうや』、『でも、アイツがこれ以上傷つくとこ、見たないなぁ。』」
「これいっつもいっつも言うててん。」
シッマ…、お前、やっぱ俺の相棒やわ。
俺の家系の事も知ってて、その上で最善で、俺の意思も尊重してくれる選択を取ってくれたんやな。
俺の家系は代々花吐き病によって死亡している。
そこだけは絶対に変わらない。
シッマも、あの母親がもうすぐ死ぬことを知っていたから、そう言ったのだろう。
僕がなんとかそれまで耐え切れるという、信用と信頼を兼ねて。
「でな?こう言うって事は、シッマはなんか知っとるんとちゃうか?って思ってな、問いただしてみたんやけど、結局はぐらかされてもうたわ!」
「シッマが一番付き合いが長いのは大先生やろうけど、大先生のこと、一番知っとるのは俺やからな!」
「でさ、大先生の家庭の事なんも知らんし、どうしよかー、思ってさ。」
「そしたらな、思いついてん。」
「盗聴したればええんや!!!ってな!」
「で、今朝に大先生のポケットの中に録音機と盗聴機仕込んで、情報集めよ、思たんやけど……」
なるほど、納得である。
恐らく、『パシっ、と腰を叩かれ、教室の中へと招き入れる。』、今朝のあの瞬間だろう。
その時、腰辺りにあるポケットの中にさらりと盗聴機と録音機を入れ込んだのだろう。
もちろん、スイッチをONにして。
そして、僕の家の惨状を知り、急いで警察と救急車を呼んだのだろう。
「いやー、そしたらな?大先生めっちゃ死にそうになっとるし、ヤバーって思って!」
「大急ぎで警察と救急車呼んでん!」
「このままやとホンマに大先生が死んでまうって、思ってな!」
「間に合って、良かったわ……」
目を伏せ、耳に掛けていた横髪が、ハラり、と落ち、彼の表情が窺えない。
声色は、心底安堵したような、ホッとしたような安心の色。
だが、心做しか、悲しさが混じっているような気がする。
ギュッ、と拳を握りしめ、彼は意を決めたように言葉を吐いた。
「なんかさ、大先生、怪我した日ぃにな、壊れてまいそうやねん。」
「目は真っ黒で絵の具で塗りつぶしたみたいでさ。」
「このままやと、大先生が死んでまうって思って、なんとかせな、って思って。」
「そんでさ、盗聴機で聞いとったらさ、エラい暴言吐かれとるし、蹴られて、殴られとるし。」
「アカン、これはホンマのホンマに、ヤバいやつや、って思ったら、居てもたってもおれんくなって。」
「そんで、めっちゃ走ってお前ん家行ったら、包丁振り上げて、今にもぶっ殺しますよ、って場面やし。」
「お前、ホンマにアカンかったら言えや」
シャオちゃんは、顔を上げ、眉を寄せ、目にはハイライトが無く、それどころか、目には猛々しい炎が見て取れた。
何故かは知らないけど、僕は彼を怒らせてしまったようだ。
あの暖かい太陽のような優しい目付きではなく、相手を威嚇するような、鋭い目付き。
口は、むっと引き結び、いかにも不満です、という顔である。
「すまんなぁ、迷惑かけてしもたわ。」
「エラいめんどくさかったやろ?」
「ホンマごめんなぁ。」
「……違う」
「え?」
「違う!!俺の言いたいこと大先生全然わかってない!!!なんでそんな阿呆なの!!??」
「阿呆は酷くない???」
シャオちゃんは、丸椅子を蹴飛ばすように立ち、手をシュッ、と振る。
丸椅子が勢いに耐えきれず、カンカララン、と音を立て、地を踊り、転ぶ。
シャオちゃんの目には涙が溜まっていて、見ているこちらが悲しくなる。
「俺は!!友達として大先生を心配してるの!!!」
「迷惑とか、そんなんやない!!!」
「俺は大先生を失いそうになって、怖くて、死んでまいそうで、してるから、大先生を助けたの!!!」
「じゃあさ、俺が毎日怪我して学校に来て、その怪我はなにか聞いて、はぐらかして、『大丈夫だよ』って言ったらどう思う!!??」
「シャオちゃんをすごい心配するかも」
「そんで、助けたいと思う」
「でしょ!?それと同じ!!俺は大先生が心配だったから、こうしたの!!!」
「さっき言った状況で、俺が迷惑かけてすまんな、とか謝ったらどう思った??!?」
「全然迷惑やないな、って言う!」
「やろ!!?やから、迷惑かけられたとか、かけられてないとか、そんなのどうでもいい。」
「俺はただ、大先生が心配で、助けたかったから、こうした。」
「ただ、それだけの事。」
「譲の……わからず屋のあほばかポンコツおたんこなす……。」
シャオちゃんは、僕に縋り付くように両手を僕の背中に回し、抱きついた。
なにか、胸が湿っているな、と思うと、シャオちゃんがボロボロと、大粒の涙を流しているようだった。
目元が赤くなり、目が充血している。
鼻は鼻水が出ているのか、ぐじゅぐじゅと鳴っている。
その姿に、僕はきゅうぅ、と胸が締め付けられた。
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u t 視点
……なんて、こともあったな。
今思えば、あの事件が、彼を好きになったきっかけかもしれない。
なんてことを考えながら、スマホに表示された電話のマークをタップし、電話に出る。
いつもと違う、落ち着いた声。
その声に、思わず、縋りそうになってしまう。
『……お前、もうそっちにいってまうんか?』
やはり、己の最期を彩るのは、シッマだ。
僕の相棒で、おそらく、僕の人生の中で一番付き合いが長い人。
彼は、いつも僕の右隣にいて、自分の片割れのような存在。
道路の右側には、彼が隣で優しく、『どうした?』っていって、微笑みかけてくれる。
そんな彼の微笑には、よく救われたものだ。
「うん。」
「シッマには……、いっぱい迷惑かけたよね。」
「でも僕は、シッマやからこそ、なにも思わず迷惑をかけられたのかもしれない。」
「だから、シッマに……いつも嫌な役回りさせちゃったよね。ごめんね。」
「でも、これが僕のわがままで……。」
『謝んな。』
『お前はお前でいる時が、一番いいよ。』
「うんっ……ありがどゔっ……。」
自然と、涙が溢れてくる。
花吐き病を患い、恋はもう叶わず、ただ、死ぬことだけも待つ人形。
その人形は、海に捨てられて、泡となり、消えてしまう。
首元にぶら下げられている、ハナニラをモチーフにした、銀色の指輪の輪に通したチェーンのネックレスに手を掛け、思い切り引きちぎる。
ブチッ、ブチチッ、ガラッ、カラッララン、と音を立て、土の布団にダイブ。
その土の布団の上に、塩味を帯びた小さな水の粒も添えて。
『お前が海に消えるところ、見届けてやれなくて、悪いな。』
「いや、別にいいよっ……。」
「最期に話したのが……シッマで良かっだっ……!」
「ちゃんとシッマは……約束守ってくれたよ……!」
『……ほーか。』
『もう、いくんか?』
「……ゔん、いくよ。」
「ごめん、シッマ、ありがとゔっ!」
「やっぱりお前が、一番の相棒だよ”。」
「みんなに……よろしく言っておいて。」
涙を拭い、こほり、と咳を一つ。
咳の中に、血痰と、アネモネの花びらが混じっている。
スマホを足元に置き、一歩、足を踏み込む。
更に、風が強くなったような気がした。
ビュービュー、と嵐の予兆のように、風が吹き飛び、自分の身体を気流にのせる。
赤っぽい色のネクタイがヒラヒラと舞い、スーツの裾が吹き上げる。
無重力空間に放り出されたような、浮遊感。
黒のローファーが、冷たい海につき、海の中に潜り、スラックスが浸かり、太腿が濡れ、脇腹が冷たい水に覆われ、腕が水に入ったことにより、派手な水飛沫を上げる。
顔面が氷のように冷たい海水につたり、気管が水に詰められる。
そうして僕は──────
『了』
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ちょっとした解説
あの、冒頭に、『──────海に消えた。』ってあるじゃないですか。
気付いた人もいるかもしれないですが、小説の始まりで、その一文からはじまるのはおかしいんですね?
で、一番最後まで読み、一番最初に戻って読んでみると……?
はい、以上です。
お粗末様でした。
ちなみに、後日談もフォロワー様限定で公開中です。
コメント
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これ絶対読む順番ミスった…() すごく好きとても好き。 shaさん盗聴器つけるとかどこぞのメガネじゃないか 例を出して相手に自分と同じ思いを想像させるのすごくいいなと…… ut先生は助けてほしくなかったのか…、なんか辛いな