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「え、」
スーパーのレジに並んでいたら、誰かから肩をたたかれた。
振り返ったその先にいたのはー…
「あ、やっぱりお前かよ!久しぶり~!」
軽く巻かれたロングの髪に、子供とは思えない香水の臭いをまとった女子…佐東あやねだった。
「ひ、久しぶり…」
思わずひきつった笑顔で返事をする。
と、同時に急いで自分の制服のネクタイをポケットにつっこんだ。どこの学校に通ってるか知られたくないから。
「数年ぶりじゃん!お前、急に転校しちゃうからさぁ~w」
「あはは…」
誰のせいだと思ってんだよと内心舌打ちをつきながら、軽く受け流す。
とにかく早く切り上げてこの場を去りたい。
そんなことを考えながらレジが進むのを待ってると、僕の前に並んでたお婆さんの財布から100円玉が落ちた。
耳が遠いのか、気づいていない様子のお婆さんに僕は100円玉を拾って渡そうとした。
その時、後ろから伸びてきた手が僕の手首をつかんだ。
「あやね…?なにして…」
振り返ると、あやねが口前に指を立てて顔を横に振っていた。
わけが分からず困惑する僕に、あやねは耳打ちした。
「もらっちゃいなよ」
「…は?」
何かの冗談かと思って顔を見上げるも、あやねは楽しそうな顔をしている。
…そうだ、こいつはこういう奴だった。表情を見てそう思いだしたが、あの頃と違って僕の決心は揺るがなかった。
「はなして。」
言ったところで、こいつが大人しく言うことを聞くとは思っていなかったが、案の定腕を掴む力が強くなった。
体操を習ってるあやねの握力は強かった。
「次のお客様~」
店員の声に思わず顔をあげると、もう前にお婆さんは居なかった。
あやねが面白おかしそうに笑いながら小声で言う。
「よかったねぇ~w100円得したじゃん」
「…」
楽しそうなあかねとは裏腹に、僕は全く喜べなかった。
僕が会計を終えて袋詰めをしている間も、あやねはずっと付きまとってきた。
高校では学級委員になっただとか、親が出世して金がどうしただとか、一方的な自慢話。
こいつは一度話始めたら、自分の気が済むまで終わらない。その事をよく知っていた僕は適当な返事だけして、手元に集中していた。
袋詰めを終えて、さっさと別れて店を出ようとしたら、髪を引っ張ってあやねに引き留められた。
「いった…なにすんの…?」
「なによ、さっきから。私の話聞いてるの!?」
あぁ…また始まった。
「私、今日は時間あるの。よかったら何処かで話さない?」
さっきからこれだけ話してて、まだ話す事があるのか。と、呆れる。
しかし、特に予定の無かった僕は言われるがままについていってしまった。
性格に言えば[ついていった]だが。今日いい加減に別れたら今後も付きまとわれると分かっていたからだ。
数分歩いたところに、スタバがあった。
「ここでよくない?」
歩き疲れてそう言う僕を気にも止めずにあやねはどんどん歩いていった。
しかし、このあたりにはここ以外に話せる喫茶店のような場所は無かったと思うが…と疑問を抱いた僕はあやねを引き留めた。
「これ以上先は海岸しかないぞ?」
あやねは一瞬歩くスピードを緩めたが、すぐに元のスピードに戻して言った。
「それでいいの。それとも何?文句あるの?」
そんなこと言ってないじゃん…と思いながら、僕は少し早歩きであやねの隣に追い付こうとする。
しかしあやねは僕がついてくるのに気づくとスピードを上げた。
「?」
気のせいかと思ったが、どれだけ追い付こうとしてもあやねに届かないのをみると、明らかに彼女がスピードをあげてるのは一目瞭然だった。
そんなことを繰り返すうちに、いつのまにか僕は全速力で走っていた。
両手にはさっきスーパーで買った食材が入った袋を持って、背中には学校の帰りという事もあって重いリュックを背負っていた。
に対して、手ぶらでポケットにスマホを持ってるだけのあやねは身軽だった。
「ちょっと…まって……」
息切れしながら声をかけるも、走りながらのかすれ声が僕よりずっと先を走ってるあやねの耳に届くことはない。
「ほんと…に…無理だから…」
ズキッ
「ぁ…」
後頭部に走る激痛に、思わず持っていた袋を落とす。
ハンマーで殴られたかのような重く強い痛みが頭全体を覆った。
「う…ぁ……」
こうなることが分かっていたから、僕はあまり走りたくなかったのだ。
いや、勝手に追い付こうと走ったのは僕か…。
走ったことの後悔と激痛に耐えながら、僕はさっき落とした袋を拾う。落とした際に割れたのか、卵がパックのなかで漏れていた。
「はぁ…」
僕は一体なにやってんだろう、あんな奴ほっとけば良いのに。そう思いながら目線をあげて目を凝らすも、もうあやねは居なかった。
帰ってしまっていいのか迷いながら、道に落ちた食材を拾い集める。
通行人の目線が痛かった。
あやねに会ったからだと思うが、この通行人の目線がどうしてもいやな記憶ばかりを蘇らせる。
「帰ろぅ…」
頭痛の和らぎを待って、ゆっくりと立ち上がる。
その時、僕の真横をパトカーと救急車がサイレンを鳴らしながら走り抜けた。
「事故かしら…」
通行人の人達がパトカーを気にするのに対して、僕は全く気にしなかった。
まだ僅かな痛みの残る重い頭を上げて、家に帰った。
あやねが海に飛び込んで自殺したことを知ったのは、その日の深夜だった。
そして、このときの僕には、遺書に僕の名前が加害者として書かれていたことを知るよしもなかった。
これが、僕の地獄の幕開けだった。