笑いながらも「ブヒ、ブヒーッ」と鼻をかむ。
「ボク、鼻炎がヒドくって~」
言いながら、鼻汁たっぷり含んだティッシュをキレイにたたんだ。
「へぇ、大変やな。花粉症?」
「それもあるけど、アレルギー体質でハウスダストとかに弱いんだ。このアパート、埃っぽいし~? いっそ……ゴ、ゴメン」
話の途中でオキナはさっきたたんだティシュを手にした。
おもむろに広げて「ブヒッ!」とかむ。
そしてもう半分にたたんでテーブルに置いた。
「ちょっと、何してんの? 汚いなぁ。捨てぇな、ソレ」
「何で? ボクの鼻水はキレイだよ?」
「な、何を根拠に……!」
久々にアタシは絶句した。
「アカン! 虫わくで。捨て!」
むーし・むーしっ!
突然、背後からムカツクくらいのスローペースの拍手が。
手拍子に合わせてムシムシ言っているのはお姉だった。
いつのまにか玄関に立っている。
「虫なんか湧かせたら、出て行ってもらうわよ」
「ゴキブリ大量発生させた張本人は黙っててよ!」
オキナの痛い反撃に対してシラを切ってるつもりか、お姉はそっぽを向いた。
変な音楽を口ずさんでいる。
「ダストダスト~♪ うちのアパートには~ハウスダストはいません~♪」
……そこは認めようや、お姉。
オキナは鼻をかんではティシュをたたみ、それを広げてはまた鼻をかんでいる。
そういや中1の時の生物の先生も同じことして嫌われてたっけなぁ。
「何だよ、その目? ボクの鼻水はキレイだって言ってるじゃん」
「………………」
「ボクの鼻水は聖水だよ」
またヘンなこと言い出した、コイツ。
「ボクの鼻水が石油並みの貴重な液体だったら、ボク大金持ちだよ。一代で財を築けるよ。石油王ならぬ鼻水王……ボクの場合、優雅な雰囲気だから鼻水王子かな」
「はなみずおうじ?」
アカン。コイツも妄想スイッチONや。何が鼻水王子やねん。
そんな人、誰がもてはやすか!
「そしたらボク、かぐやちゃん連れてこんなアパート出て行ってやるんだ。大きな豪邸に住まわせてあげるよ。ツライけど鼻炎薬も飲まずにがんばる! そして、かぐやちゃんにもっとちゃんとした服を買ってあげるよ」
ああ、コイツもさすがにあのKILLTシャツには疑問を抱いてたんやな。
その点に関しては、ちょっとホッとした。
「服より先に靴買ったげて。あの人、いつもハダシやもん」
「そうだよね。オシャレな軍用ブーツ買ってあげるよ」
「あー、ハイハイ。それがええわ」
そこへお姉が割って入ってくる。
「ダメよ! かぐや様は置いていってもらうわ!」
こうして再び不毛すぎる争いが勃発した。
お姉とかぐやちゃんのデート(隕石やら、空腹による失神やら)騒動の後、この2人の争いはより熾烈なものへと変じていった。
ぶっちゃけ、見苦しい罵りあい。
どちらがよりかぐやちゃんの食の面倒を見てやれるか、そんなことを言い争っている。
オカシイと思うねん。
かぐやちゃんはいい大人や。周りの人が面倒みてやる必要はないやん。
「違いますー。かぐやちゃんは保存食以外の物だってちゃんと食べますーぅ」
「黙りなさい。かぐや様がお好きなのは豆と種、それに尽きるのよ!」
「ちがいますーぅ」
「黙りなさいよ」
こっちが恥ずかしくなるから、あまりおかしなことは言わないで欲しいもんや。
「あのな、オキナ? かぐやちゃんって確かに一瞬ゾッとするくらいの美青年やけど……でも、どこがいいの?」
悪いけど、どこがいいの?
「あの人、いつも余所向いてるもん。どこか一点をジーッと見ながら、自分の好きなことだけペラペラ喋ってるだけやん。何と交信してるのか分からんし。何の電波受信してんのか知らんけど、時々突然叫んだりするやん。理解不能の言語で」
「そ、そこがいい所で……」
そこがいいのか! 正気か?
「それに、気付いてた? あの人、アタシらのこと──もちろんアンタも、1回も名前で呼んだことないで? 覚えてもらってないんちゃうか?」
オキナは一瞬、真顔になった。
「な、何言ってんのさ? かぐやちゃん、いつもボクのことをオキナって呼んで……? オキナ君って? オキナちゃん? オキナさん…………?」
見る間に赤毛の顔色が真っ青になった。
「ボク、かぐやちゃんに名前呼ばれたこと、1回もないッ!」
向こうでお姉もガックリ膝をつくのが見えた。
2人、同じショックを受けて、今なら心が通じ合えるかもしれない。
「あの人にとって、アタシらは空気みたいな存在やねん」
「くうき……?」
オキナ、カタカタ震えだす。
「ボクはくうき……? かぐやちゃんにとってボクは……」
よほどショックだったのだろう。
その夜、奴は本気で熱を出した。
アタシの風邪が伝染ったわけでもない。心労が招いた病気や。
恋の病にしてはそれはあまりにも不毛やと、アタシは思った。
「30.はじめての経験・雨乞い~不毛なことには変わりなし」につづく
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