ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。無事にドワーフのドルマンさんを勧誘することが出来ました。ドルマンさんには教会の裏手の一角に新しい工房を用意して、そこで研究開発に勤しんで貰う予定です。今はドルマンさん自身が直接関与して工房の立地や規模、内装等の設計を行っています。まあ、完成までに少し時間が掛かるのは仕方ありません。
さて、装備強化の目処が立ったのでこの人にもその件を伝えないと。
「では、新たに機関銃と大砲が手に入るのですな?お嬢様」
軍事顧問のマクベスさんに進展を伝えます。大事なことです。
「そうです、マクベスさん。その為の専門チームの訓練も計画してください」
「もちろんです。既にお嬢様から頂いた教本に従い、機関銃小隊や砲兵隊運用の準備を進めていたところです。後は現物さえあれば直ぐに訓練に取り掛かれます」
「流石はマクベスさん、準備が早いですね」
「全てはお嬢様から頂いた教本のお陰です。充分に研究できる時間もいただきましたからな」
マクベスさんには私の私物である書物「帝国の未来」の近代戦術に関する項目をコピーして渡しています。この二年で訓練の傍ら存分に研究してものにしています。真面目な軍人さんらしいです。
「現物の調達には少し時間が掛かりますが、下準備だけは抜かり無くお願いしますね」
「お任せください」
この二年で我が『暁』の戦闘員は百人にまで増えました。マクベスさんが専門家として統率しているからこその大増員です。正規軍の中隊規模ですね。
さて、連絡事項も終わりましたし、私は自室で私服のワンピースに着替えて外に出ます。今日みたいな暑い日は、ワンピースに限ります。
「よう、準備が出来たか?シャーリィ」
「お待たせしました、ルイ。ベルもありがとう」
「悪いな、二人きりのデートをさせてやりたいがお嬢もそこそこ名が売れてきた。何があるか分からねぇからな」
「自覚はありますよ、ベル。気にしないでください」
二人きりのデート等は無理です。いつも護衛をしてくれるベルに感謝です。
「ベルさんがいなくても良いように、早く強くなるからな」
「生意気言うじゃねぇか、ルイ。期待してるぜ。邪魔してるみたいで気が引けるんだよな」
気にしなくても良いのに。
私とルイの関係も変わらず、二年間恋仲のままです。流石に初日のあれは我ながら性急すぎました。十代半ばで結婚など帝国では珍しくもありませんが、妊娠の危険をその場の勢いで失念していたのは猛省すべき点です。シスターにも叱られました。
今の私に、妊娠や出産。まして子育てをして居る余裕なんてありません。少なくとも、復讐を成し遂げるまでは。
とは言え、ルイはお猿さんです。十代半ば、もちろん私だって並みの性欲くらいあります。シスターの助言を受けつつお互いに節度を保ちながら関係を継続しています。
「どうした?シャーリィ」
つい、じっと見つめてしまいました。恥ずかしいので…。
「ルイがお猿さんであることを再認識していた所です」
「おっ、おう」
「ほら、行くぞ。イチャイチャするのは歩きながらでも出来るだろ」
「はい」
「うーい」
私達はベルに引率されてシェルドハーフェン市街地で買い物を楽しむのでした。
服屋さんにて。
「そろそろ新しい服が要るよな、シャーリィ」
「私はこれが気に入っていますよ?動きやすいですし、なにより涼しいです」
ルイに買って貰いましたからね。仕立て屋で丈を直しながら今も愛用しています。
「夏はそれで良いだろうけどよ、冬だぜ。いつも礼服じゃねぇか」
「確かに、冬物の私服は持ってませんね」
寒いのが苦手なんです。ルミのケープマントが良い仕事をしてくれるので快適なのですが。
「なら、冬物も買ってやるよ。今更だけどさ」
「気にしないでください、嬉しいです」
プレゼントならばなんでも嬉しい。意外と簡単な女なのかもしれませんね。
「そうだなぁ、何が似合うか…あんまり期待すんなよ?」
「いいえ、期待しています」
「うわっ、プレッシャー掛けてきやがった」
「お母様曰く、殿方の尻を蹴飛ばすのは淑女の嗜みなのだとか」
「いや、普通は蹴飛ばすんじゃなくて押すだろ。どんだけ破天荒なんだよ、シャーリィの母ちゃん」
「否定はしませんよ」
娘の私からみても、何故大人しく伯爵夫人をして居るのか分からない人でしたね。
よう、ベルモンドだ。今日はお嬢とルイのお付きをやってる。普通に考えたら無粋なことなんだが、なにかと物騒な街だからな。今敵対してる組織はないが、備えは大事だ。お嬢の身に何かあったら大変だからな。
しかし、惜しいな。ルイと付き合い始めた時は、復讐なんか忘れて幸せに生きて欲しいと考えたもんだが……お嬢の覚悟は簡単には変わらないみたいだ。今もこうやってイチャイチャしながらもシェルドハーフェンを離れるつもりはないらしい。『暁』も随分と稼ぐようになった。
次の段階としては、縄張りを持つことだが、お嬢は中々踏み出せないでいる。まあ気持ちは分かるんだ。シェルドハーフェンは複雑な勢力図があるからな、どんな繋がりがあるか分からない以上迂闊なことは出来ないと考えてるんだろう。
だが、組織としてデカくなるなら縄張りは必要だ。さて、どうしたもんかねぇ。
「ベル、どうしました?」
おっと、お嬢がこっちを見てるな。不安にさせちゃ不味い。
「いや、なんでもねぇさ。ちょっと考え事をしてただけだ」
「悩みがあるなら聞きますよ?」
「大したことじゃないさ。それより、こんな日は滅多に無いんだ。ちゃんとルイと遊んどけよ?」
「もちろんです。羽を伸ばすことの意味は理解しているつもりですから」
「なら良いんだがな」
本当に不思議なやつだよ、お嬢。冷徹な面があると思えば年相応に振る舞うこともある。見ていて飽きないな。俺の選択は間違っていなかったか。
「おやぁ、誰かと思えばベルモンドの旦那じゃないか。久しぶりだなぁ」
そう思ってたんだが、どうやら平穏とは無縁らしい。捨て去りたい過去が俺を追いかけてきやがった。