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あいうえお
118
るしゅ
180
山奥の別荘、リビングルーム。
ふたりの勇太のうち、ひとりが静寂を破った。
死体処理を担当してきた吾妻勇太(危機管理)だ。
「ひとつ聞かせてくれ」
「なんだ」
「俺とおまえ。危機管理と忠誠心。客観的に見て、どちらが生き残るのが正解だと思う」
「それについては、俺もずっと考えてきた。しかし答えは出なかった。なぜなら実際のところ、俺とおまえの本質には、ほとんど差がないと思っているからだ」
「おまえもそう思っていたんだな。未然に危険を排除することでグループを発展させる俺の考えと、グループに対する忠誠心によって会社を発展させたいと願うおまえ。単にアプローチが違うだけで、やろうとしていることは同じだ」
「つまり、ロシアンルーレットは正しい」
勇太(忠誠心)がそう話すと、もうひとりの勇太がすっと腕を伸ばし、拳銃を手に取った。
「しかし、いざ死が迫った状況になると、本当にこのやり方が正しいのかって疑問が浮かんじまった」
吾妻勇太(危機管理)は、勇太(忠誠心)の眉間に銃口を向けた。
「まあ、待て。おまえが何を言いたいかはわかっている。でも生半可な気持ちで引き金は引かないほうがいい。頭を吹き飛ばしたら、後始末がめちゃくちゃ大変だぞ?」
「残念ながら、俺は危機管理を本質としている。つまり、もうすぐ俺に迫るであろう最大の危機を、事前に回避しなければならないということさ」
危機管理の勇太が、拳銃の撃鉄を起こした。
それを見た勇太(忠誠心)が、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「それも一理ある。でも見え透いた嘘はやめておけ。おまえが銃口を向ける理由は、危機管理なんかじゃない。おまえも俺も、本当は知っているんだ。この細胞に染みついた、最も根深い本能ってやつを」
「そんなにすぐ嘘を見破るなよ。改めて同一人物だってのを再認識して、吐き気がするだろ」
危機管理の勇太はそう言った直後、引き金に指を置き、躊躇なく引いた。
カチャン!
発砲音ではない。
甲高い金属音がリビングルームに鳴り響いた。
空の薬室だった。
「ハズレか。これでおまえの寿命も数十秒は延びた。ありがたく思え」
危機管理が言った。
「おい、頭を吹き飛ばしたら後始末が大変だって忠告しただろ……」
「吹き飛んでいないだろ」
「このクソ危機管理が! 散った脳の掃除がどれだけ大変かわかってんのか!?」
勇太(忠誠心)は椅子に足をかけ、テーブルの上へあがった。
そのまま前方へ飛び、別の勇太に覆いかぶさる。
ふたりは床に転がった。
テーブルの上にあったウイスキー瓶が落ち、粉々に砕け散る。
もみくちゃになり、拳銃が氷のように滑って、リビングルームの隅で止まった。
互いに何発かのこぶしを顔面に打ち込み合ってから、ふたりは立ち上がった。
拳銃の近くに立った勇太(危機管理)が、再び銃を手に取った。
撃鉄を起こすと、勇太(忠誠心)はテーブルを倒し、防壁を作った。
ガチャン!
またも弾は出なかった。
撃鉄が、弾の入っていない空の薬室を叩いただけだった。
勇太(忠誠心)は割れた酒瓶を持ち、攻撃態勢を整えた。
「どうせ俺たちの中のひとりが、吾妻グループをさらに発展させるんだ。後悔なく死ね」
ふたりが、同じセリフを吐いた。
「薬なら、楽に死ねたのにな……」
酒瓶を持った勇太が、倒れたテーブルを踏み台にして、別の勇太へ飛びかかった。
勇太(危機管理)は銃口を相手に向け、引き金を引いた。
ダン!
弾丸が鋭い音を立て、リビングルームに鳴り響いた。
弾は酒瓶を手にした勇太の左頬を浅くえぐり、そのまま耳を引き裂いた。
そのまま後方にあったシャンデリアを砕き、細かなガラス片が雨のように降り注ぐ。
ふたりは目を逸らすことなく、互いを睨み合っていた。
別荘を揺らすほどの音が消えると、リビングルームは再び静かになった。
勇太(忠誠心)が持つ酒瓶が、別の勇太の額の前で止まっていた。
「銃を持っているのに負けるなんてな……殺せ」
「おまえが約束を破ってまで、生き残りたかった理由はわかっている……。美優とさくら」
妻の吾妻美優と、娘の吾妻さくら。
勇太の増殖は、妻と娘との別れを意味していた。
属性を問わず、すべての勇太が家族を愛していた。
そのため一時は、交代で家族に会う方法を模索したこともある。
しかし、それがあまりに危険であることは言うまでもなかった。
家族は仕事とは違う。
相手は、毎日顔を合わせる生身の人間だ。
仕事のように、翌日に引き継ぐことなどできない。
属性が違えば、性格にも差が生まれる。
きっと家族との接し方にも違いが生じるだろう。
だましだまし日常を過ごしたとしても、いずれ勇太の正体が明らかになることは避けられない。
妻と娘への切実な愛情。
それこそが、勇太をひとりに統一させなければならないという考えを生んだ、揺るがない核心だった。
もしかすると、増殖した勇太が再びひとつに戻ることはないか。
そんな奇跡を期待したこともある。
しかし奇跡は起こらなかった。
だからこそ、勇太を排除するしかなかった。
最後に残ったひとりの勇太が、家族を守る。
それだけが、幸せを維持する唯一の手段だった。
「美優……さくら……」
勇太(危機管理)はそうつぶやき、その場にへたり込むように座った。
「注射はおまえが打ってくれないか。さすがに自分で刺す勇気はない」
「わかった」
勇太(忠誠心)がリビングルームを離れ、ドレスルームに隠しておいた薬を持って戻ってきた。
「最後に言い残す言葉は?」
「……家族の前で、たくさん笑ってやってくれ。何事もなかったように」
腕に針が刺さった。
危機管理を属性に持つ勇太は、ゆっくりと目を閉じた。
そして、そのまま動かなくなった。
「すまない……どうか理解してほしい」
こうして、吾妻勇太はひとりになった。
残された勇太は精根尽き果てたように、死体となった勇太のそばで眠った。
前庭にある火葬車が、もうひとりの勇太を完全に焼き終えるのと、ほとんど同じ時刻だった。
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