山奥の別荘、リビングルーム。
ふたりの勇太のうち、ひとりが静寂を破った。
死体処理を担当してきた吾妻勇太(属性:リスクコントロール)だ。
「ひとつ聞かせてくれ」
「なんだ」
「俺とおまえ、リスクコントロールと忠誠心。客観的に誰が生き残るのが正解だと思う」
「これについては、俺もずっと考えてきた。だが答えは出なかった。なぜなら実際のところ、俺とおまえの本質には、ほとんど差がないと思っているからだ」
「おまえもそう思っていたんだな。未然に危険を排除することでグループを発展させる俺の考えと、グループに対する忠誠心によって会社を発展させたいと願うおまえ。単にアプローチが違うだけで、やろうとしていることは同じだ」
「つまり、やっぱりロシアンルーレットが正しい」
勇太(忠誠心)がそう話すと、もうひとりの勇太がすっと腕を伸ばし、拳銃を手にとった。
「だがいざ死が迫った状況になると、本当にこのやり方が正しいのかって疑問が浮かんじまった」
吾妻勇太(属性:リスクコントロール)は、勇太(忠誠心)の眉間に銃口を向けた。
「まあ、待て。おまえが何を言いたいかは知っている。でも生半可な気持ちで引き金は引かないほうがいい。頭蓋が粉々になって脳と血が飛び散ったら、後始末がめちゃくちゃ大変だぞ?」
「残念ながら、俺はリスクコントロールを本質としている。つまり、もうすぐ俺に迫るであろう最大の危機を、事前に回避しなければならないということさ」
リスクコントロールが拳銃の撃鉄を起こした。
それを見た勇太(忠誠心)が椅子からゆっくりと立ち上がった。
「それも一理ある。でも見え透いた嘘はやめておけ。おまえが銃口を向ける理由は、リスクコントロールなんかじゃない。おまえも俺も、本当は知っているんだ。この細胞に染みついた、最も根深い本能について」
「そんなにすぐに嘘を見破るなよ。改めて同一人物だってのを再認識して、吐き気がする」
リスクコントロールの勇太はそう言った直後に引き金に指を置き、躊躇なく引っ張った。
カチャン!
発砲音ではない甲高い金属音が、リビングルームに鳴り響いた。
「ハズレか。これでおまえの寿命も数十秒は延びた。ありがたく思え」
リスクコントロールが言った。
「おい、頭を吹き飛ばしたら、後始末が大変だって忠告しただろ……」
「吹き飛んでいないだろ」
「このクソリスクが! 散った脳の掃除がどれだけ大変かわかってんのか!?」
勇太(忠誠心)は椅子に足をかけ、テーブルの上にあがった。
そのまま前方へと飛び、別の勇太に覆いかぶさった。
ふたりは床に転がった。
テーブル上のウィスキー瓶が落ちて粉々に砕け散った。
もみくちゃになり、拳銃が氷のように滑ってはリビングの隅にとまった。
互いに何発かのこぶしを顔面に打ち込み合ってから立ち上がった。
拳銃の近くに立った勇太(リスクコントロール)が、再び銃を手にとった。
撃鉄を起こすと、勇太(忠誠心)はテーブルを倒して防壁を作った。
ガチャン!
銃弾がまたも不発に終わると、勇太(忠誠心)は割れた酒瓶を持って攻撃態勢を整えた。
「どうせ俺たちの中のひとりが、吾妻グループをさらに発展させるんだ。後悔なく死ね」
お互いが同じセリフを吐いた。
「致死薬なら楽に死ねたのに……」
酒瓶を持った勇太がテーブルを踏み台にして、別の勇太へと飛びかかった。
勇太(リスクコントロール)は銃口を相手に向け、引き金を引いた。
ダン!
弾かれた弾丸が鋭い音を立て、リビングルームに鳴り響いた。
弾は酒瓶を手にした勇太の左頬をかすめ、耳を引き裂いた。
うしろにあるシャンデリアを粉々に砕けると、細かいガラス片が雨のように降り注いだ。
ふたりは目を逸らすことなく、互いに睨み合っていた。
別荘を揺らすほどの音が消えると、リビングルームは静かになった。
勇太(忠誠心)が持つ酒瓶が、別の勇太の額の前でとまっていた。
「銃を持ってんのに負けるなんてな……殺せ」
「おまえが約束を破ってまでも、生き残りたかった理由はわかっている……。美優とさくら」
妻の吾妻美優と、娘の吾妻さくら。
勇太の増殖は、妻と娘との別れを意味していた。
属性を問わず、すべての勇太が家族を愛していた。
そのため一時は交代で家族に会う方法を模索したが、それがあまりに危険だということは言うまでもなかった。
家族は仕事とは違った。
相手は毎日顔を合わす生身の人間だ。仕事のように、翌日に引き継ぐことなどできない。
属性が違えば性格にも差が生まれ、きっと家族との接し方にも違いが生じるだろう。だましだまし日常を過ごしたとしても、いずれは勇太の正体が明らかになるのは明らかだった。
妻と娘への切実な愛情。
勇太をひとりに統一させなければならないという考えを生む、揺るがない核心だった。
もしかすると増殖した勇太が再び合体することはないか、そう期待もした。しかしそうした奇跡は起こらなかった。
だからこそ、勇太を排除するしかなかった。
最後に残ったひとりの勇太が家族を守る。それだけが幸せを維持する唯一の手段だった。
「美優……さくら……」
勇太(リスクコントロール)はそうつぶやき、その場にへたり込むように座った。
「注射はおまえが打ってくれないか。さすがに自分で刺す勇気はない」
「……わかった」
勇太(忠誠心)がリビングルームを離れ、ドレスルームに隠しておいた致死薬を持って戻ってきた。
「最後に言い残す言葉は?」
「……家族の前でたくさん笑ってやってくれ。何事もなかったように」
腕に注射針が刺さり、リスクコントロールを属性にもつ勇太は、ゆっくりと目を閉じて絶命した。
「すまない……どうか理解してほしい」
こうして吾妻勇太はひとりになった。
残された勇太は精根尽き果てたように、死体となった勇太のそばで眠った。
前庭にある火葬車が、もうひとりの勇太を完全に焼き終えるのと同刻だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!