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月城 蓮桜音
4,944
ふわもちお餅
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『……怖いんだ 』
微かな声でそう言って、シャツの裾を掴んでくる細い腕。
『夢の中で、恐ろしい怪物が俺を追いかけてくる。俺は消えてくれって念じる。怪物は爆ぜて倒れる』
何て頼りない腕だろう。強く握ったら折れてしまいそうなほど。
『それだけが怖いんじゃない。もし、夢じゃなかったら? 目が醒めても夢と同じ場所に自分が立っていたら? それが怖い』
現実を確かめるようにすがり付いてくる彼を、マコトは受け止めることしか出来なかった。
(……あれから、何年たったかな。10年?11年か)
ケトルから立ち始めた湯気を見やりながら、マコトはアトリと出会った頃を思い出していた。
多数の犠牲者がいた事件。その渦中にいたのがアトリだった。自分が関わることになったのは、本当にたまたまである。
あの頃のアトリの怯え方や憔悴から鑑みて、マコトは確信した。
カノンの手は血で染まっていない、と。
(良かった。アトリみたいな苦しみを背負う前に、助けることが出来そうで)
「どこまで話そうか?」
サイドテーブルにお茶と焼き菓子を置いて、開口一番にマコトが言った。
(前置きがないタイプなんだな、この人)
まだ何を知りたいか整理していなかったカノンは慌てて考えた。
「えっと、あたしのちからは、リリのギフトっていう薬のせいってことなんだよね?」
前に座る二人を交互に見ながら確認する。
「そう。11年ほど前に、多数の犠牲者が出た事件の原因になった薬物だ。 過剰摂取になると恐ろしい幻覚が見え、暴れて幻覚を消そうとする。大抵の中毒者は、薬の効果が切れればそこで症状はおさまる」
話す役割は完全にマコトに任せることに決めたらしく、アトリは焼き菓子に手を伸ばした。
「ところが一部、カノンのように魔法を介さずに超常的なちからを発揮できるようになる者もいるわけだ。まあ、オレが把握しているのは、カノンで二例目だが」
「…あたしのいた施設で、暴れだした子はいなかったよ?」
カノン自身、幻覚に苛まれた覚えはない。
「そこが謎なんだ。11年前の時は、幻覚への恐怖すら利用していた痕跡があるのに」
ここで、ちらりとマコトがアトリを横目で見たが、無心でモグモグしているので、諦めたように一人で話を続けた。
「施設にも、結構紫がかった髪の子がいたんだって?この薬物は、長期にわたって摂取し続けると、体内で色素が変化して、髪や爪に薄い紫色が現れてくるんだ。摂取をやめても色は長く残るらしい。 ――アトリのように」
背中を丸めてお茶を啜り始めたアトリの、後頭部を平手で軽く叩いた。
「あまりにも他人事過ぎるぞ当事者」
「ごめん、あんまり巧くまとめてるから、つい」
更に髪をぐりぐりと掻き回してから、忘れてた、とマコトは立ち上がって奥の部屋に行った。紙の束を持って戻って来る。
「オレとアトリは、事件のあと姿を消した、薬物開発の首謀者と思われるドクターをずっと捜していたんだ」
元の位置に座って、紙の束をぱらぱらとめくる。その内の一枚で手を止めて、カノンに見せてきた。
「ドクター・リラの手配書だ。見覚えは?」
「見覚えも何も……施設を運営してるシスターだけど」
よく、これだけ特徴を上手く捉えたものだと感心した。表情は微笑んでいるのに瞳に感情がない顔が、シスターエリィそのものだった。
もう夜も更けてきたので、今後についてはまた明日話し合うということにした。
アトリの家にはまともに寝られる場所がないのを知っているので、マコトは今日のところは二人を自分の家に泊める提案をした。
使った食器はアトリに片付けを頼んで、自分は手配書等の資料の紙束を手に取る。
「ひとまず、風呂と寝具の準備するから待ってて」
住居部分の方へ向かおうとするのを、カノンが呼び止めた。
「ちょっと外の空気吸って来ていい?」
ただでさえ長旅だったのに色々知らされて、キャパオーバー気味なのだろう。少し顔が紅潮している。
「いいけど…もう夜も遅いし、念のため敷地内からは出ないようにしてくれ」
「はーい」
先に立ってドアを開けて、周りに誰もいないのを確認してから、カノンを送り出す。
ドアが閉まってすぐに、ずし、と肩に重さを感じた。
マコトの肩に、アトリが額を乗せていた。
「いっしょに寝たい」
「そんな場合ではありません」
即座にお断りしたが、なおもアトリが離れようとしないので、向き直って背中を擦る。
「……なに不安定になってるんだ」
「……んー」
小さな子供に言い聞かせるように、顔を覗き込んで囁くように言う。
「結末がどう転んだって、オレがどうにかしてやるから。――この時の為に、外ヅラを良くしてきたんだぞ、オレは」
居場所を特定してからだって、やることは山積みだ。躊躇してる暇はない。
「もうフロ入って寝よう。カノンを連れてきて」
少しだけ接触して、身体を離して玄関の方に押しやる。アトリはまだ名残惜しそうだったが、一応頷いてドアを開ける。
「わかった」
まだまだ長い夜になることを、この時は誰も予想だにしていなかった。
コメント
1件
うわ、第5話も重いけど優しい空気がすごく良かった……。マコトの「前置きがないタイプなんだな」ってカノンの内心のツッコミ、めちゃくちゃ分かるわ(笑)。でもその後にくるシスター=リラの衝撃とか、アトリが無心で焼き菓子食べてるところとか、重い情報の合間にキャラの温度が感じられるんだよね。あと「一緒に寝たい」ってアトリが寄ってきたシーン、急に距離が縮まった感じがしてじんわり来た。続きめっちゃ気になる🔥