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はいこんちゃ~
DDLCのスマホ版が出ることに動揺を隠せない夜空キコです
まぁDDLCスマホ版を記念してChatGPTに小説を作らせたので叩きつけます
{注意}
{DDLCのキャラ達と攘夷組が絡むよ}
{暗い表現が出てくるよ}
{口調が違うかも}
ではレッツゴー
白いノイズが視界を覆ったかと思うと、次の瞬間、木の床の匂いが鼻をついた。
「……ここ、どこだ?」
銀時が頭を掻きながら周囲を見回す。見慣れない教室。壁にはカラフルなポスター、机は綺麗に整列し、どこか“作られた”空気が漂っていた。
「江戸じゃなか」
坂本が呑気に笑い、桂は腕を組んで深く頷く。
「うむ。だが罠の可能性も高い。攘夷志士たるもの――」
「ヅラ、そういうのは後にしろ」
高杉は苛立ったように舌打ちし、窓の外を睨む。外は青空のはずなのに、どこか平面的で、奥行きがない。
その時、がらりと教室の扉が開いた。
「……え?」
最初に入ってきたのは、長い髪を揺らす落ち着いた少女だった。
「こんにちは。文芸部へようこそ――って、見ない顔ね」
桂は一歩前に出て、真顔で答える。
「桂小太郎だ。攘夷をしている」
少女は一瞬だけ固まり、それでも微笑みを崩さない。
「私はモニカ。文芸部の部長よ」
続いて、紫色の髪の長身の少女が入ってくる。
「……モニカ、今日は来客が多いのね」
「そうみたい。ユリ、この人は――」
「高杉晋助だ」
高杉が名乗ると、ユリは一瞬だけ視線を伏せ、その狂気を秘めた瞳で彼を見つめ返した。
「……素敵な目をしているわ」
「チッ……気味悪ぃ女だな」
次に勢いよく扉を開けたのは、小柄で明るい少女だった。
「わー! 新入部員!? って男の人だらけじゃん!」
「ナツキ、落ち着いて」
坂本はにこやかに手を振る。
「おお! 元気な嬢ちゃんじゃのう。わしは坂本辰馬ぜよ」
「……ナツキ。別に覚えなくていいけど」
最後に、銀時の後ろにいつの間にか立っていた少女が、弾むような声で言った。
「えへへっ! ようこそ文芸部へ! 新入部員はだーい歓迎だよっ!」
「おっおう…」
サヲリが視線を上げると、銀色の瞳とぶつかる。
モニカは静かに微笑んだ。
「ここは文芸部の教室。だけど――ただの教室じゃないの」
モニカは一拍置いて、柔らかい声のまま続ける。
「ね? みんなで楽しく詩を書くだけだよ。……拒否権?」
小さく首を傾げ、困ったように笑う。
「うーん……あると思う?」
教室の時計が、一瞬だけ逆回転した。
誰もがそれを見たはずなのに、誰も声を出せない。
「ふむ……」
桂が呟く。
「どうやら、この世界は“物語”でできているらしい」
モニカは肯定も否定もせず、ただ楽しげに瞬きをした。
「さぁ、みんな。詩、書いてみない?」
その一言で、教室の空気が確かに“歪んだ”。
――攘夷組と文芸部。
交わるはずのない二つの物語が、今、同じページに書き込まれ始めていた。
「……いや待て」
銀時は片手を上げ、露骨に嫌そうな顔をした。
「詩? 何それ。俳句ならともかく、オッサンにポエム書かせるとか拷問だろ」
「そうぜよ。わしら文字より剣の人間じゃき」
坂本も同意するように笑い、桂は腕を組んだまま静かに首を振る。
「詩とは思想の奔流。即興で書けと言われて書けるものでは――」
「うるせぇ」
ナツキが遮った。
いつの間にか銀時の背後に立ち、机の上に紙とペンを叩きつける。
「書け。今すぐ」
「え、ちょ、ナツキさん?」
銀時が振り向いた瞬間、ナツキは低い声で囁いた。
「金時。空気、感じてないでしょ。ここ……逆らうと面倒なタイプの世界よ」
その言葉に、銀時は一瞬だけ視線を巡らせる。
時計は進んでいない。窓の外の雲も止まっている。
動いているのは――自分たちと、文芸部の少女たちだけだった。
「……チッ」
銀時は椅子に乱暴に腰を下ろす。
「脅迫かよ。最低だな文芸部」
「だいじょうぶだよっ。みんな最初はそう言うんだから」
モニカはやわらかく微笑む。その声は穏やかなのに、教室の空気は逃げ道を失っていく。
「詩はね、この世界と“仲良くなる”ために必要なの」
その横から、サヨリがひょいっと顔を出す。
「ねっ! むずかしく考えなくていいよ〜。楽しく、思ったことを書くだけ!」
「……拒否権は?」
銀時が聞くと、モニカはちょっと困ったみたいに首をかしげる。
「うーん……あると思う?」
サヲリは既に自分の紙にペンを走らせていた。
煙草も吸わず、冗談も言わず、ただ淡々と。
「金時。あんたはあんたの言葉でいい。綺麗にしなくていい」
「……一番キツい要求だな、それ」
銀時は頭を掻きながら、渋々ペンを取る。
「書かないと帰れねぇなら……クソみてぇな詩でも許せよ」
ペン先が紙に触れた瞬間、
教室の空気が、ぴたりと“固定”された。
それを見て、モニカは小さく満足そうに微笑った。
数分後。
止まっていたはずの時計が、かちりと一度だけ鳴った。
「……できた?」
サヨリが明るく顔を覗き込む。
銀時は紙をひらひらと振る。
「不本意ながらな」
他の面々も、それぞれ無言でペンを置いた。
モニカは満足そうに手を叩く。
「じゃあ、詩の読み会をしましょう」
「……来たよ来たよ」
「大丈夫! 順番に交換するだけだからっ!」
促されるまま、紙が行き交う。
銀時 → サヨリ
桂 → モニカ
高杉 → ユリ
坂本 → ナツキ
それぞれ、静かに読み始めた。
「白い部屋」
何もないはずの場所で
何かを選べと言われた
正解は教えてくれないのに
間違えると戻れないらしい
笑えって言われりゃ笑うけど
本当は出口を探してる
白すぎるこの部屋で
俺の影だけが汚れて見えた
サヨリは、読み終えたあと少しだけ黙った。
「……えへへ」
笑ったけれど、その笑顔はどこか揺れていた。
「銀時くん、これ……やさしいね。すごく」
「志」
世界が決めた筋書きに
名を与えられたとしても
己の歩幅で進む限り
それは鎖ではない
物語は書かれるものではなく
斬り開くものだ
筆を持つ者よ
その刃は、誰のためにある
モニカは何度も行をなぞるように目を動かした。
「……なるほど」
微笑みは崩さない。
「とても“自由”な詩ね。桂くん」
「破壊衝動」
美しいものほど
壊したくなる
完璧な形は
歪ませるためにある
血の色は嫌いじゃない
生きている証だからだ
この世界が脆いなら
俺が壊してやる
ユリの指が、紙の端を強く掴む。
「……素敵」
声が、少し震えていた。
「この衝動……とても、正直で」
「空」
海の上でも
陸の上でも
空は変わらん
笑う時も
逃げる時も
見上げれば
そこにある
だからまあ
深く考えんでええ
ナツキは一瞬ぽかんとしてから、顔を赤くした。
「……なによ、これ」
でも、紙を畳む手はやさしい。
「……嫌いじゃない」
「いつもの朝」
起きるのがつらい朝も
笑えばなんとかなる
だって私が笑わないと
みんな困っちゃうでしょ?
だから今日も
大丈夫って言うんだよ
銀時は、読み終えてから何も言わなかった。
「選択」
選ばなかった未来は
どこへ行くのだろう
ページの外に
置いてきただけ?
それとも
最初から
なかったのかな
桂は、静かに目を細めた。
「奥底」
触れてはいけない場所ほど
指先が疼く
痛みは
真実に近い
だから私は
深く、沈む
高杉は、低く笑った。
「カップケーキ」
甘いのは
弱いからじゃない
好きなものを
好きって言うだけ
文句ある?
坂本は豪快に笑う。
「ええ詩じゃ!」
紙が戻り、教室に沈黙が落ちた。
モニカは、その沈黙を楽しむように微笑んでいた。
「……ね?」
「ちゃんと、みんな繋がれたでしょ」
その言葉に、銀時だけがわずかに眉をひそめた。
しんと静まり返った教室で、サヨリがぱっと顔を上げた。
「あっ! そうだそうだ!」
椅子から半分立ち上がり、慌てたように手を叩く。
「あれのこと、決めないと!」
「……あれ?」
銀時が眉を上げると、ユリが小さく頷いた。
「ええ……毎年、この時期になると」
ナツキも腕を組み、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「……そうだった、って思っただけよ。忘れてただけだから」
その様子を見て、モニカが一歩前に出た。
「そうね」
にこやかに言いながら、教室の隅に立てかけてあったホワイトボードを引き出す。
きぃ、と小さな音を立てて、白い面がこちらを向いた。
モニカは迷いなくペンを取り、太く文字を書く。
文化祭
文字が完成した瞬間、教室の空気がわずかに高鳴った。
「文芸部の、一番大事なイベントだよ!」
サヨリが笑顔で言う。
「展示とか、朗読とか……いっぱいあるんだから!」
「クッキーも作るしね」
ナツキが当然のように付け足す。
ユリは指を組み、静かに視線を落とした。
「人前に出るのは……得意ではありませんけど」
モニカは振り返り、全員を見渡す。
「でも、今年は特別にしたいの」
その視線が、一瞬だけ攘夷組の方へ向いた。
「新しいメンバーも増えたことだし」
銀時は、嫌な予感を拭えないまま、後頭部を掻いた。
「……なぁ、俺たち、聞いてねぇんだけど」
モニカは微笑む。
「大丈夫。ちゃんと参加するだけだから」
拒否権の話は、もう誰もしなかった。
モニカはホワイトボードの横に立ったまま、軽く手を叩いた。
「文化祭にはね、いろいろ必要よ」
「展示、演出、来てくれた人が楽しめる工夫……文芸部らしさも大事」
ユリが小さく息を吸い、控えめに手を挙げる。
「……素敵な飾りつけが、大事だと思います」
「静かな雰囲気で、本の世界に入り込めるような……」
「は?」
ナツキがすぐに食いついた。
「それだけじゃ地味でしょ」
「カップケーキと一緒に本を読むのとか、どう?」
「甘い匂いがあったほうが、みんな来るって!」
ユリはきゅっと指を握る。
「……いいえ。飾りつけです」
「はぁ!? お菓子でしょ!!」
声が重なり、空気がぴんと張りつめる。
「飾りつけがなければ、雰囲気が壊れます」
「お腹空いてたら本なんて読めないし!」
「それはあなたの都合でしょう!」
「なによ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
サヨリが慌てて二人の間に割って入る。
「け、ケンカしないで……? どっちも大事だと思うし……!」
「……サヨリは黙ってて!!」
二人の声が重なった。
サヨリはびくっと肩を震わせ、そのまま口をつぐむ。
一瞬の沈黙。
攘夷組の方では――
「……女子って、怖ぇな」
銀時が小声で呟く。
「これは内戦だな」
桂は真顔で分析し、高杉は鼻で笑った。
「くだらねぇ……だが、妙に本気だな」
坂本だけが苦笑いを浮かべる。
「はは……嵐の前の静けさ、ぜよ」
張りつめた空気の中、
モニカはまだ、何も言わずに微笑んでいた。
言い合いの余韻が、教室に重く沈んだまま残っていた。
サヨリはその場に立ったまま、ぎこちなく笑っている。
「えへへ……ご、ごめんね。私、ちょっと……」
声は明るいままなのに、目が合わない。
机の角を指でなぞり、意味もなく髪を整え、笑顔だけを貼り付けている。
誰も、すぐには声をかけなかった。
ユリとナツキはそれぞれそっぽを向き、モニカはホワイトボードの文字を見つめたまま動かない。
その沈黙に、銀時は小さく舌打ちした。
「……おい」
サヨリの方を見る。
「お前、無理して笑ってんだろ」
「えっ?」
サヨリは一瞬だけ瞬きをして、すぐに笑顔を大きくした。
「そ、そんなことないよっ! 私、いつもこんな感じだし!」
「嘘つけ」
銀時は椅子に座ったまま、視線を外さずに言う。
「さっきまで、あんなに前に出てたくせに」
「急に引っ込む奴は、大体どっか痛ぇ」
サヨリの指先が、ぴたりと止まった。
「……大丈夫、だよ」
声が、少しだけ低くなる。
「私が気にしなきゃ、みんな楽しいままだもん」
銀時は、静かに息を吐いた。
「それで潰れるのは、いつもそういう奴だ」
教室の外で、風が吹いた音がした。
「……なぁ」
銀時は視線を落としたまま、ぼそりと言う。
「笑う役なんてのはな、代わりがきかねぇんだよ」
サヨリは、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……私、ちゃんとやれてるかな」
その声は、もう誰の耳にも届く“本音”だった。
銀時は立ち上がらず、ただ肩をすくめる。
「少なくとも、ここで一番無茶してんのはお前だ」
サヨリは、しばらく黙っていたが、
「……ありがとう」
と、ほとんど聞こえない声で言った。
そのやり取りを、
モニカは背中越しに、確かに聞いていた。
モニカは静かに一度、手を叩いた。
「じゃあ……二人の意見、どちらも採用しましょう」
ユリとナツキが同時に顔を上げる。
「でも、一人で全部やるのは大変よね」
そう言って、モニカは自然な仕草で視線を巡らせた。
「だから、ペアで進めましょう」
ユリは一瞬だけ肩を震わせ、胸の前で指を絡める。
「……あの」
高杉の方をちらりと見て、すぐに視線を落とす。
「高杉さんに……手伝って、いただけたらと……」
声が、どんどん小さくなる。
「い、嫌じゃ……なければ……」
高杉は一瞬だけ目を細め、口元を歪めた。
「……面白ぇ」
短くそれだけ言う。
ユリはほっとしたように、かすかに息を吐いた。
一方、ナツキは迷わなかった。
「じゃあ、私は坂本!」
勢いよく言い切り、坂本の袖をぐいっと引っ張る。
「手伝ってもらうから!!」
「お、おお?」
坂本は目を瞬かせたあと、すぐに笑顔になる。
「かまんぜよ! 賑やかな方が好きじゃき」
ナツキはふん、と胸を張るが、
掴んだ服は、離さなかった。
その様子を眺めながら、
銀時は小さくため息をつく。
「……なんか、勝手に決まってね?」
桂は腕を組み、深く頷いた。
「だが合理的だ」
モニカは全員を見渡し、満足そうに微笑む。
「決まりね」
ホワイトボードに、さらさらと名前が書き加えられていった。
モニカはホワイトボードから振り返り、
少しだけ間を置いてから口を開いた。
「じゃあ……銀時くんと桂くんは……」
その言い方は柔らかいのに、
教室の視線が一斉に二人へ集まる。
「……嫌な予感しかしねぇ」
銀時がぼそりと呟くと、桂はすでに背筋を正していた。
「来い。どんな役目であろうと、桂小太郎は――」
「二人には、朗読をお願いしようと思うの」
桂の言葉を、モニカは穏やかに遮った。
「朗読?」
銀時の眉が跳ね上がる。
「人前で詩を読むってやつか?」
「うん。文化祭に来てくれた人に、物語を“声”で届ける役」
モニカは一歩近づき、にこやかに続ける。
「二人とも、言葉に力があるから」
「……俺はねぇよ」
銀時は即座に否定する。
「あるよ」
静かに言ったのは、桂だった。
「言葉とは剣だ。振るう者次第で、人の心を斬る」
「ヅラ、今それ言う場面じゃねぇ」
サヨリが、おずおずと手を挙げる。
「えっと……朗読、私も手伝うよ!」
そう言って、銀時の方を見た。
「一人でやるより、誰かと一緒の方が……ね?」
銀時は一瞬、サヨリの顔を見てから視線を逸らす。
「……強制?」
モニカはにっこり笑う。
「もちろん」
拒否権の話は、
最初から存在していなかった。
文化祭まで、あと少し。
土曜日の朝、文芸部はそれぞれの家で作業を進めることになった。
ユリの部屋は静かで、カーテン越しの光が柔らかく差し込んでいた。
テーブルの上には、紙花、紐、画用紙、色鉛筆。整然と並べられている。
「……ここ、少し暗めの色にしたほうがいいと思うんです」
ユリは小さな声で言い、配置図を指さした。
高杉は椅子に浅く腰かけ、煙もないのに指先で何かを転がす癖を見せる。
「雰囲気は嫌いじゃねぇ」
紙花を一つ手に取り、乱暴に見えて的確な位置に置いた。
「綺麗にしすぎると、嘘になる」
ユリは一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。
「……はい。だから、影も必要で」
二人の会話は少なく、しかし不思議と噛み合っていく。
切る、貼る、並べる。
作業が進むにつれて、部屋の空気は張りつめ、同時に落ち着いていた。
「……高杉さん」
「何だ」
「手、切ってます」
紙で薄く切れた指先を、ユリはそっと差し出す。
高杉は舌打ちしながらも、素直に絆創膏を受け取った。
「……世話になるな」
ユリは、ほとんど聞こえない声で「いえ」と答えた。
一方、ナツキの家のキッチンは、甘い匂いで満ちていた。
「温度! ちゃんと見て!」
「おお、これか! 意外と繊細じゃのう」
坂本はエプロン姿で、オーブンを覗き込む。
ナツキは腕を組み、真剣な顔でレシピを確認していた。
「混ぜすぎたらダメだから。あと、勝手に砂糖足さないでよ」
「任せるぜよ、隊長!」
「誰が隊長よ!」
言い合いながらも、手は止まらない。
カップに生地を流し込み、オーブンへ。
「……失敗したらどうするの」
ナツキがぽつりと漏らす。
坂本は笑って、親指を立てた。
「その時は一緒に食うだけじゃ」
焼き上がったカップケーキは、少し不格好だが、ちゃんと甘い。
ナツキは一つ手に取り、頬を緩めた。
「……まあ、悪くない」
同じ土曜日。
違う場所で、違う作業。
けれど確かに、文化祭へ向かって、物語は進んでいた。
日曜日の午後、文芸部の教室には静かな緊張が漂っていた。
机は壁際に寄せられ、中央には簡易的な朗読スペースが作られている。
「間の取り方はね、急がなくていいの」
モニカは穏やかな声で説明しながら、手元の台本を指さした。
「聞いている人が、言葉を受け取る時間を作ってあげて」
「……つまり、溜めろってことか?」
銀時が顎を掻きながら聞く。
「そう。沈黙も、立派な演出だから」
桂は深く頷き、真剣な顔で腕を組んだ。
「心得た。言葉と沈黙の二刀流だな」
「ヅラ、違ぇ」
モニカはくすりと笑い、今度は視線を桂に向ける。
「桂くんは、感情を少し抑えるといいかも」
「抑える?」
「うん。全部を正面から出すより、隠した方が強く伝わることもあるの」
桂は目を閉じ、しばらく考え込んだ。
「……忍ぶということか」
「そうそう、そんな感じ」
一方その頃――
教室の隅では、サヨリが一人で本を開いていた。
誰に言われるでもなく、声に出さず、何度も同じ行をなぞる。
ページをめくる音だけが、かすかに響く。
ふと、顔を上げる。
視線の先には、モニカの話を聞く銀時の横顔があった。
サヨリは一瞬だけ、その姿を見つめる。
そしてすぐに、はっとしたように目線を本へ戻した。
「……」
何事もなかったかのように、続きを読む。
けれど、その指は少しだけ震えていた。
銀時は説明を聞きながら、
なぜか視界の端で、その小さな動きを捉えていた。
だが、何も言わない。
言葉にすれば、壊れてしまいそうだったから。
モニカはその様子を、
台本越しに、確かに見ていた。
月曜日の放課後。
文芸部の教室には、いつもの顔ぶれが揃っていた。
空気は落ち着いているはずなのに、どこか張りつめている。
モニカは教卓の前に立ち、にこやかに問いかけた。
「明日の文化祭の準備、どう?」
「装飾は、だいたい完成しています」
ユリが小さく頷く。
「カップケーキも問題なし!」
ナツキは腕を組んで胸を張る。
「朗読も形にはなってきたな」
銀時が欠伸混じりに言い、桂も真顔で続ける。
「うむ。言葉と沈黙の調和は会得しつつある」
「それはちょっと違う気もするけど……まあ、いいや」
モニカは軽く笑い、全員を見渡した。
「よかった。みんな、ちゃんと進んでるね」
少し間を置いてから、柔らかく提案する。
「じゃあ……ちょっと息抜きに、詩を書かない?」
「賛成です」
ユリは即座に頷いた。
「いいじゃん。もう慣れたし」
ナツキも椅子を引く。
銀時は肩をすくめる。
「まあ、一回やってるしな」
「経験は積んだ」
桂も珍しく短く答えた。
全員の視線が、自然と一か所に集まる。
サヨリだった。
サヨリは机に両手を置いたまま、動かない。
笑顔もない。
「……サヨリ?」
モニカが、優しい声で呼ぶ。
返事はない。
サヨリはただ、視線を落としたまま、
何も言わなかった。
教室に、静かな沈黙が落ちる。
誰も、それをすぐに破れなかった。
銀時は、サヨリの様子に小さな違和感を覚えた。
――が、今は詩を書く時間だ。
「後でだ……」
そう自分に言い聞かせ、鉛筆を走らせる。
教室には、紙を擦る音だけが静かに流れていた。
数分後。
「はい、できた?」
モニカの声で、全員が顔を上げる。
「今回も読み会、やりましょ」
順番に、詩が交換されていく。
ユリの詩は、繊細で陰影に富み、
ナツキの詩は、尖りながらも温度があった。
坂本は「難しいぜよ」と笑い、
桂は真剣に言葉の意味を噛み締めている。
そして――
銀時の手元に、一枚の紙が回ってきた。
サヨリの詩だった。
「……」
銀時は、何気ないふりをして視線を落とす。
――次の瞬間、呼吸が止まった。
そこに並んでいたのは、
明るい言葉の形をした、
壊れた思考の断片だった。
笑顔の裏側を剥がすような比喩。
「消える」「重い」「落ちる」という単語が、
無邪気な文体で、何度も、何度も繰り返されている。
希望を装った行の隙間に、
――戻れない場所を示す矢印。
読めば読むほど、
胸の奥がざらついていく。
これは、
『助けて』という言葉を、
別の形に書き換えたものだった。
「……おい」
思わず、声が漏れそうになる。
だが銀時は、ぐっと喉の奥で止めた。
周囲は、まだ穏やかな空気のまま。
誰も気づいていない。
サヨリだけが、
自分の詩が読まれていることを知りながら、
机の一点を見つめ、
微動だにしていなかった。
モニカは、その沈黙を、
楽しむように見つめていた。
『選択肢』
白いページに
並ぶ言葉は みんな同じ顔
でも どれか一つに
触れた瞬間
物語は
必ず こちらを向く
――選ばれたのは
本当に
“あなた”だった?
『沈黙の旗』
叫ばぬ声が
最も遠くまで届く
剣を振るうより
言葉を抜く方が
難しい
志は
掲げるものではなく
胸に畳むもの
『雨宿り』
屋根の下で
濡れないふりをしていた
誰かの雨が
跳ね返って
足元を冷やす
気づいた時には
もう
傘の位置を
忘れていた
『静脈』
触れないで
美しさは
壊れやすい
近づくほど
色は濃くなり
最後は
赤く
なる
『灰』
燃え尽きた後に
意味が残るなら
最初から
灰でよかった
それでも
火を選ぶのは
壊すためじゃない
確かめるためだ
『甘さ控えめ』
苦いって言うな
ちゃんと
砂糖は入れた
でも
甘いだけじゃ
腹は満たされない
噛め
それだけ
『水平線』
遠くに見える
線を追いかけて
今日も
舵を切る
嵐でも
迷子でも
進んでりゃ
笑えるぜよ
『風船』
わたしは
軽い
軽いから
空に行ける
でも
糸が
重い
手を離したら
きっと
楽
――でも
誰かが
見てたら
どうしよう
白いノイズが視界を覆ったかと思うと、次の瞬間、木の床の匂いが鼻をついた。
「……ここ、どこだ?」
銀時が頭を掻きながら周囲を見回す。見慣れない教室。壁にはカラフルなポスター、机は綺麗に整列し、どこか“作られた”空気が漂っていた。
「江戸じゃなかねぇな」
坂本が呑気に笑い、桂は腕を組んで深く頷く。
「うむ。だが罠の可能性も高い。攘夷志士たるもの――」
「ヅラ、そういうのは後にしろ」
高杉は苛立ったように舌打ちし、窓の外を睨む。外は青空のはずなのに、どこか平面的で、奥行きがない。
その時、がらりと教室の扉が開いた。
「……え?」
最初に入ってきたのは、長い髪を揺らす落ち着いた少女だった。
「こんにちは。文芸部へようこそ――って、見ない顔ね」
桂は一歩前に出て、真顔で答える。
「桂小太郎だ。攘夷をしている」
少女は一瞬だけ固まり、それでも微笑みを崩さない。
「私はモニカ。文芸部の部長よ」
続いて、紫色の髪の長身の少女が入ってくる。
「……モニカ、今日は来客が多いのね」
「そうみたい。ユリ、この人は――」
「高杉晋助だ」
高杉が名乗ると、ユリは一瞬だけ視線を伏せ、その狂気を秘めた瞳で彼を見つめ返した。
「……素敵な目をしているわ」
「チッ……気味悪ぃ女だな」
次に勢いよく扉を開けたのは、小柄で明るい少女だった。
「わー! 新入部員!? って男の人だらけじゃん!」
「ナツキ、落ち着いて」
坂本はにこやかに手を振る。
「おお! 元気な嬢ちゃんじゃのう。わしは坂本辰馬ぜよ」
「……ナツキ。別に覚えなくていいけど」
最後に、銀時の後ろにいつの間にか立っていた少女が、弾むような声で言った。
「えへへっ! ようこそ文芸部へ! 新入部員はだーい歓迎だよっ!」
「おっおう…」
サヲリが視線を上げると、銀色の瞳とぶつかる。
モニカは静かに微笑んだ。
「ここは文芸部の教室。だけど――ただの教室じゃないの」
モニカは一拍置いて、柔らかい声のまま続ける。
「ね? みんなで楽しく詩を書くだけだよ。……拒否権?」
小さく首を傾げ、困ったように笑う。
「うーん……あると思う?」
教室の時計が、一瞬だけ逆回転した。
誰もがそれを見たはずなのに、誰も声を出せない。
「ふむ……」
桂が呟く。
「どうやら、この世界は“物語”でできているらしい」
モニカは肯定も否定もせず、ただ楽しげに瞬きをした。
「さぁ、みんな。詩、書いてみない?」
その一言で、教室の空気が確かに“歪んだ”。
――攘夷組と文芸部。
交わるはずのない二つの物語が、今、同じページに書き込まれ始めていた。
「……いや待て」
銀時は片手を上げ、露骨に嫌そうな顔をした。
「詩? 何それ。俳句ならともかく、オッサンにポエム書かせるとか拷問だろ」
「そうぜよ。わしら文字より剣の人間じゃき」
坂本も同意するように笑い、桂は腕を組んだまま静かに首を振る。
「詩とは思想の奔流。即興で書けと言われて書けるものでは――」
「うるせぇ」
サヲリが遮った。
いつの間にか銀時の背後に立ち、机の上に紙とペンを叩きつける。
「書け。今すぐ」
「え、ちょ、サヲリさん?」
銀時が振り向いた瞬間、サヲリは低い声で囁いた。
「金時。空気、感じてないでしょ。ここ……逆らうと面倒なタイプの世界よ」
その言葉に、銀時は一瞬だけ視線を巡らせる。
時計は進んでいない。窓の外の雲も止まっている。
動いているのは――自分たちと、文芸部の少女たちだけだった。
「……チッ」
銀時は椅子に乱暴に腰を下ろす。
「脅迫かよ。最低だな文芸部」
「だいじょうぶだよっ。みんな最初はそう言うんだから」
モニカはやわらかく微笑む。その声は穏やかなのに、教室の空気は逃げ道を失っていく。
「詩はね、この世界と“仲良くなる”ために必要なの」
その横から、サヨリがひょいっと顔を出す。
「ねっ! むずかしく考えなくていいよ〜。楽しく、思ったことを書くだけ!」
「……拒否権は?」
銀時が聞くと、モニカはちょっと困ったみたいに首をかしげる。
「うーん……あると思う?」
サヲリは既に自分の紙にペンを走らせていた。
煙草も吸わず、冗談も言わず、ただ淡々と。
「金時。あんたはあんたの言葉でいい。綺麗にしなくていい」
「……一番キツい要求だな、それ」
銀時は頭を掻きながら、渋々ペンを取る。
「書かないと帰れねぇなら……クソみてぇな詩でも許せよ」
ペン先が紙に触れた瞬間、
教室の空気が、ぴたりと“固定”された。
それを見て、モニカは小さく満足そうに微笑った。
数分後。
止まっていたはずの時計が、かちりと一度だけ鳴った。
「……できた?」
サヨリが明るく顔を覗き込む。
銀時は紙をひらひらと振る。
「不本意ながらな」
他の面々も、それぞれ無言でペンを置いた。
モニカは満足そうに手を叩く。
「じゃあ、詩の読み会をしましょう」
「……来たよ来たよ」
「大丈夫! 順番に交換するだけだからっ!」
促されるまま、紙が行き交う。
銀時 → サヨリ
桂 → モニカ
高杉 → ユリ
坂本 → ナツキ
それぞれ、静かに読み始めた。
「白い部屋」
何もないはずの場所で
何かを選べと言われた
正解は教えてくれないのに
間違えると戻れないらしい
笑えって言われりゃ笑うけど
本当は出口を探してる
白すぎるこの部屋で
俺の影だけが汚れて見えた
サヨリは、読み終えたあと少しだけ黙った。
「……えへへ」
笑ったけれど、その笑顔はどこか揺れていた。
「銀時くん、これ……やさしいね。すごく」
「志」
世界が決めた筋書きに
名を与えられたとしても
己の歩幅で進む限り
それは鎖ではない
物語は書かれるものではなく
斬り開くものだ
筆を持つ者よ
その刃は、誰のためにある
モニカは何度も行をなぞるように目を動かした。
「……なるほど」
微笑みは崩さない。
「とても“自由”な詩ね。桂くん」
「破壊衝動」
美しいものほど
壊したくなる
完璧な形は
歪ませるためにある
血の色は嫌いじゃない
生きている証だからだ
この世界が脆いなら
俺が壊してやる
ユリの指が、紙の端を強く掴む。
「……素敵」
声が、少し震えていた。
「この衝動……とても、正直で」
「空」
海の上でも
陸の上でも
空は変わらん
笑う時も
逃げる時も
見上げれば
そこにある
だからまあ
深く考えんでええ
ナツキは一瞬ぽかんとしてから、顔を赤くした。
「……なによ、これ」
でも、紙を畳む手はやさしい。
「……嫌いじゃない」
「いつもの朝」
起きるのがつらい朝も
笑えばなんとかなる
だって私が笑わないと
みんな困っちゃうでしょ?
だから今日も
大丈夫って言うんだよ
銀時は、読み終えてから何も言わなかった。
「選択」
選ばなかった未来は
どこへ行くのだろう
ページの外に
置いてきただけ?
それとも
最初から
なかったのかな
桂は、静かに目を細めた。
「奥底」
触れてはいけない場所ほど
指先が疼く
痛みは
真実に近い
だから私は
深く、沈む
高杉は、低く笑った。
「カップケーキ」
甘いのは
弱いからじゃない
好きなものを
好きって言うだけ
文句ある?
坂本は豪快に笑う。
「ええ詩じゃ!」
紙が戻り、教室に沈黙が落ちた。
モニカは、その沈黙を楽しむように微笑んでいた。
「……ね?」
「ちゃんと、みんな繋がれたでしょ」
その言葉に、銀時だけがわずかに眉をひそめた。
しんと静まり返った教室で、サヨリがぱっと顔を上げた。
「あっ! そうだそうだ!」
椅子から半分立ち上がり、慌てたように手を叩く。
「あれのこと、決めないと!」
「……あれ?」
銀時が眉を上げると、ユリが小さく頷いた。
「ええ……毎年、この時期になると」
ナツキも腕を組み、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「……そうだった、って思っただけよ。忘れてただけだから」
その様子を見て、モニカが一歩前に出た。
「そうね」
にこやかに言いながら、教室の隅に立てかけてあったホワイトボードを引き出す。
きぃ、と小さな音を立てて、白い面がこちらを向いた。
モニカは迷いなくペンを取り、太く文字を書く。
文化祭
文字が完成した瞬間、教室の空気がわずかに高鳴った。
「文芸部の、一番大事なイベントだよ!」
サヨリが笑顔で言う。
「展示とか、朗読とか……いっぱいあるんだから!」
「クッキーも作るしね」
ナツキが当然のように付け足す。
ユリは指を組み、静かに視線を落とした。
「人前に出るのは……得意ではありませんけど」
モニカは振り返り、全員を見渡す。
「でも、今年は特別にしたいの」
その視線が、一瞬だけ攘夷組の方へ向いた。
「新しいメンバーも増えたことだし」
銀時は、嫌な予感を拭えないまま、後頭部を掻いた。
「……なぁ、俺たち、聞いてねぇんだけど」
モニカは微笑む。
「大丈夫。ちゃんと参加するだけだから」
拒否権の話は、もう誰もしなかった。
モニカはホワイトボードの横に立ったまま、軽く手を叩いた。
「文化祭にはね、いろいろ必要よ」
「展示、演出、来てくれた人が楽しめる工夫……文芸部らしさも大事」
ユリが小さく息を吸い、控えめに手を挙げる。
「……素敵な飾りつけが、大事だと思います」
「静かな雰囲気で、本の世界に入り込めるような……」
「は?」
ナツキがすぐに食いついた。
「それだけじゃ地味でしょ」
「カップケーキと一緒に本を読むのとか、どう?」
「甘い匂いがあったほうが、みんな来るって!」
ユリはきゅっと指を握る。
「……いいえ。飾りつけです」
「はぁ!? お菓子でしょ!!」
声が重なり、空気がぴんと張りつめる。
「飾りつけがなければ、雰囲気が壊れます」
「お腹空いてたら本なんて読めないし!」
「それはあなたの都合でしょう!」
「なによ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
サヨリが慌てて二人の間に割って入る。
「け、ケンカしないで……? どっちも大事だと思うし……!」
「……サヨリは黙ってて!!」
二人の声が重なった。
サヨリはびくっと肩を震わせ、そのまま口をつぐむ。
一瞬の沈黙。
攘夷組の方では――
「……女子って、怖ぇな」
銀時が小声で呟く。
「これは内戦だな」
桂は真顔で分析し、高杉は鼻で笑った。
「くだらねぇ……だが、妙に本気だな」
坂本だけが苦笑いを浮かべる。
「はは……嵐の前の静けさ、ぜよ」
張りつめた空気の中、
モニカはまだ、何も言わずに微笑んでいた。
言い合いの余韻が、教室に重く沈んだまま残っていた。
サヨリはその場に立ったまま、ぎこちなく笑っている。
「えへへ……ご、ごめんね。私、ちょっと……」
声は明るいままなのに、目が合わない。
机の角を指でなぞり、意味もなく髪を整え、笑顔だけを貼り付けている。
誰も、すぐには声をかけなかった。
ユリとナツキはそれぞれそっぽを向き、モニカはホワイトボードの文字を見つめたまま動かない。
その沈黙に、銀時は小さく舌打ちした。
「……おい」
サヨリの方を見る。
「お前、無理して笑ってんだろ」
「えっ?」
サヨリは一瞬だけ瞬きをして、すぐに笑顔を大きくした。
「そ、そんなことないよっ! 私、いつもこんな感じだし!」
「嘘つけ」
銀時は椅子に座ったまま、視線を外さずに言う。
「さっきまで、あんなに前に出てたくせに」
「急に引っ込む奴は、大体どっか痛ぇ」
サヨリの指先が、ぴたりと止まった。
「……大丈夫、だよ」
声が、少しだけ低くなる。
「私が気にしなきゃ、みんな楽しいままだもん」
銀時は、静かに息を吐いた。
「それで潰れるのは、いつもそういう奴だ」
教室の外で、風が吹いた音がした。
「……なぁ」
銀時は視線を落としたまま、ぼそりと言う。
「笑う役なんてのはな、代わりがきかねぇんだよ」
サヨリは、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……私、ちゃんとやれてるかな」
その声は、もう誰の耳にも届く“本音”だった。
銀時は立ち上がらず、ただ肩をすくめる。
「少なくとも、ここで一番無茶してんのはお前だ」
サヨリは、しばらく黙っていたが、
「……ありがとう」
と、ほとんど聞こえない声で言った。
そのやり取りを、
モニカは背中越しに、確かに聞いていた。
モニカは静かに一度、手を叩いた。
「じゃあ……二人の意見、どちらも採用しましょう」
ユリとナツキが同時に顔を上げる。
「でも、一人で全部やるのは大変よね」
そう言って、モニカは自然な仕草で視線を巡らせた。
「だから、ペアで進めましょう」
ユリは一瞬だけ肩を震わせ、胸の前で指を絡める。
「……あの」
高杉の方をちらりと見て、すぐに視線を落とす。
「高杉さんに……手伝って、いただけたらと……」
声が、どんどん小さくなる。
「い、嫌じゃ……なければ……」
高杉は一瞬だけ目を細め、口元を歪めた。
「……面白ぇ」
短くそれだけ言う。
ユリはほっとしたように、かすかに息を吐いた。
一方、ナツキは迷わなかった。
「じゃあ、私は坂本!」
勢いよく言い切り、坂本の袖をぐいっと引っ張る。
「手伝ってもらうから!!」
「お、おお?」
坂本は目を瞬かせたあと、すぐに笑顔になる。
「かまんぜよ! 賑やかな方が好きじゃき」
ナツキはふん、と胸を張るが、
掴んだ服は、離さなかった。
その様子を眺めながら、
銀時は小さくため息をつく。
「……なんか、勝手に決まってね?」
桂は腕を組み、深く頷いた。
「だが合理的だ」
モニカは全員を見渡し、満足そうに微笑む。
「決まりね」
ホワイトボードに、さらさらと名前が書き加えられていった。
モニカはホワイトボードから振り返り、
少しだけ間を置いてから口を開いた。
「じゃあ……銀時くんと桂くんは……」
その言い方は柔らかいのに、
教室の視線が一斉に二人へ集まる。
「……嫌な予感しかしねぇ」
銀時がぼそりと呟くと、桂はすでに背筋を正していた。
「来い。どんな役目であろうと、桂小太郎は――」
「二人には、朗読をお願いしようと思うの」
桂の言葉を、モニカは穏やかに遮った。
「朗読?」
銀時の眉が跳ね上がる。
「人前で詩を読むってやつか?」
「うん。文化祭に来てくれた人に、物語を“声”で届ける役」
モニカは一歩近づき、にこやかに続ける。
「二人とも、言葉に力があるから」
「……俺はねぇよ」
銀時は即座に否定する。
「あるよ」
静かに言ったのは、桂だった。
「言葉とは剣だ。振るう者次第で、人の心を斬る」
「ヅラ、今それ言う場面じゃねぇ」
サヨリが、おずおずと手を挙げる。
「えっと……朗読、私も手伝うよ!」
そう言って、銀時の方を見た。
「一人でやるより、誰かと一緒の方が……ね?」
銀時は一瞬、サヨリの顔を見てから視線を逸らす。
「……強制?」
モニカはにっこり笑う。
「もちろん」
拒否権の話は、
最初から存在していなかった。
文化祭まで、あと少し。
土曜日の朝、文芸部はそれぞれの家で作業を進めることになった。
ユリの部屋は静かで、カーテン越しの光が柔らかく差し込んでいた。
テーブルの上には、紙花、紐、画用紙、色鉛筆。整然と並べられている。
「……ここ、少し暗めの色にしたほうがいいと思うんです」
ユリは小さな声で言い、配置図を指さした。
高杉は椅子に浅く腰かけ、煙もないのに指先で何かを転がす癖を見せる。
「雰囲気は嫌いじゃねぇ」
紙花を一つ手に取り、乱暴に見えて的確な位置に置いた。
「綺麗にしすぎると、嘘になる」
ユリは一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。
「……はい。だから、影も必要で」
二人の会話は少なく、しかし不思議と噛み合っていく。
切る、貼る、並べる。
作業が進むにつれて、部屋の空気は張りつめ、同時に落ち着いていた。
「……高杉さん」
「何だ」
「手、切ってます」
紙で薄く切れた指先を、ユリはそっと差し出す。
高杉は舌打ちしながらも、素直に絆創膏を受け取った。
「……世話になるな」
ユリは、ほとんど聞こえない声で「いえ」と答えた。
一方、ナツキの家のキッチンは、甘い匂いで満ちていた。
「温度! ちゃんと見て!」
「おお、これか! 意外と繊細じゃのう」
坂本はエプロン姿で、オーブンを覗き込む。
ナツキは腕を組み、真剣な顔でレシピを確認していた。
「混ぜすぎたらダメだから。あと、勝手に砂糖足さないでよ」
「任せるぜよ、隊長!」
「誰が隊長よ!」
言い合いながらも、手は止まらない。
カップに生地を流し込み、オーブンへ。
「……失敗したらどうするの」
ナツキがぽつりと漏らす。
坂本は笑って、親指を立てた。
「その時は一緒に食うだけじゃ」
焼き上がったカップケーキは、少し不格好だが、ちゃんと甘い。
ナツキは一つ手に取り、頬を緩めた。
「……まあ、悪くない」
同じ土曜日。
違う場所で、違う作業。
けれど確かに、文化祭へ向かって、物語は進んでいた。
日曜日の午後、文芸部の教室には静かな緊張が漂っていた。
机は壁際に寄せられ、中央には簡易的な朗読スペースが作られている。
「間の取り方はね、急がなくていいの」
モニカは穏やかな声で説明しながら、手元の台本を指さした。
「聞いている人が、言葉を受け取る時間を作ってあげて」
「……つまり、溜めろってことか?」
銀時が顎を掻きながら聞く。
「そう。沈黙も、立派な演出だから」
桂は深く頷き、真剣な顔で腕を組んだ。
「心得た。言葉と沈黙の二刀流だな」
「ヅラ、違ぇ」
モニカはくすりと笑い、今度は視線を桂に向ける。
「桂くんは、感情を少し抑えるといいかも」
「抑える?」
「うん。全部を正面から出すより、隠した方が強く伝わることもあるの」
桂は目を閉じ、しばらく考え込んだ。
「……忍ぶということか」
「そうそう、そんな感じ」
一方その頃――
教室の隅では、サヨリが一人で本を開いていた。
誰に言われるでもなく、声に出さず、何度も同じ行をなぞる。
ページをめくる音だけが、かすかに響く。
ふと、顔を上げる。
視線の先には、モニカの話を聞く銀時の横顔があった。
サヨリは一瞬だけ、その姿を見つめる。
そしてすぐに、はっとしたように目線を本へ戻した。
「……」
何事もなかったかのように、続きを読む。
けれど、その指は少しだけ震えていた。
銀時は説明を聞きながら、
なぜか視界の端で、その小さな動きを捉えていた。
だが、何も言わない。
言葉にすれば、壊れてしまいそうだったから。
モニカはその様子を、
台本越しに、確かに見ていた。
月曜日の放課後。
文芸部の教室には、いつもの顔ぶれが揃っていた。
空気は落ち着いているはずなのに、どこか張りつめている。
モニカは教卓の前に立ち、にこやかに問いかけた。
「明日の文化祭の準備、どう?」
「装飾は、だいたい完成しています」
ユリが小さく頷く。
「カップケーキも問題なし!」
ナツキは腕を組んで胸を張る。
「朗読も形にはなってきたな」
銀時が欠伸混じりに言い、桂も真顔で続ける。
「うむ。言葉と沈黙の調和は会得しつつある」
「それはちょっと違う気もするけど……まあ、いいや」
モニカは軽く笑い、全員を見渡した。
「よかった。みんな、ちゃんと進んでるね」
少し間を置いてから、柔らかく提案する。
「じゃあ……ちょっと息抜きに、詩を書かない?」
「賛成です」
ユリは即座に頷いた。
「いいじゃん。もう慣れたし」
ナツキも椅子を引く。
銀時は肩をすくめる。
「まあ、一回やってるしな」
「経験は積んだ」
桂も珍しく短く答えた。
全員の視線が、自然と一か所に集まる。
サヨリだった。
サヨリは机に両手を置いたまま、動かない。
笑顔もない。
「……サヨリ?」
モニカが、優しい声で呼ぶ。
返事はない。
サヨリはただ、視線を落としたまま、
何も言わなかった。
教室に、静かな沈黙が落ちる。
誰も、それをすぐに破れなかった。
銀時は、サヨリの様子に小さな違和感を覚えた。
――が、今は詩を書く時間だ。
「後でだ……」
そう自分に言い聞かせ、鉛筆を走らせる。
教室には、紙を擦る音だけが静かに流れていた。
数分後。
「はい、できた?」
モニカの声で、全員が顔を上げる。
「今回も読み会、やりましょ」
順番に、詩が交換されていく。
ユリの詩は、繊細で陰影に富み、
ナツキの詩は、尖りながらも温度があった。
坂本は「難しいぜよ」と笑い、
桂は真剣に言葉の意味を噛み締めている。
『選択肢』
白いページに
並ぶ言葉は みんな同じ顔
でも どれか一つに
触れた瞬間
物語は
必ず こちらを向く
――選ばれたのは
本当に
“あなた”だった?
『沈黙の旗』
叫ばぬ声が
最も遠くまで届く
剣を振るうより
言葉を抜く方が
難しい
志は
掲げるものではなく
胸に畳むもの
『雨宿り』
屋根の下で
濡れないふりをしていた
誰かの雨が
跳ね返って
足元を冷やす
気づいた時には
もう
傘の位置を
忘れていた
『静脈』
触れないで
美しさは
壊れやすい
近づくほど
色は濃くなり
最後は
赤く
なる
『灰』
燃え尽きた後に
意味が残るなら
最初から
灰でよかった
それでも
火を選ぶのは
壊すためじゃない
確かめるためだ
『甘さ控えめ』
苦いって言うな
ちゃんと
砂糖は入れた
でも
甘いだけじゃ
腹は満たされない
噛め
それだけ
『水平線』
遠くに見える
線を追いかけて
今日も
舵を切る
嵐でも
迷子でも
進んでりゃ
笑えるぜよ
『風船』
わたしは
軽い
軽いから
空に行ける
でも
糸が
重い
手を離したら
きっと
楽
――でも
誰かが
見てたら
どうしよう
銀時の手元に、一枚の紙が回ってきた。
サヨリの詩だった。
「……」
銀時は、何気ないふりをして視線を落とす。
――次の瞬間、呼吸が止まった。
そこに並んでいたのは、
明るい言葉の形をした、
壊れた思考の断片だった。
笑顔の裏側を剥がすような比喩。
「消える」「重い」「落ちる」という単語が、
無邪気な文体で、何度も、何度も繰り返されている。
希望を装った行の隙間に、
――戻れない場所を示す矢印。
読めば読むほど、
胸の奥がざらついていく。
これは、
『助けて』という言葉を、
別の形に書き換えたものだった。
「……おい」
思わず、声が漏れそうになる。
だが銀時は、ぐっと喉の奥で止めた。
周囲は、まだ穏やかな空気のまま。
誰も気づいていない。
サヨリだけが、
自分の詩が読まれていることを知りながら、
机の一点を見つめ、
微動だにしていなかった。
モニカは、その沈黙を、
楽しむように見つめていた。