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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
――次は、白色の国を、手に入れろ。
その一文を、舜太は何度も読み返した。
白色の国を、黒色の国が直接支配下に置く。それだけは、絶対に避けなければならなかった。柔太朗と、あの国の民を、故国の駒として好きに扱わせるわけにはいかない。
舜太は、しばらく考えた末に、第二王子のもとへ向かった。
「――戦は、必要ありません」
「ほう? 抵抗せずに従うとでも?」
「婚姻で、統合します。……ただし」
舜太は、一呼吸置いてから、続けた。
「白色の国は、黒色の国の直轄地ではなくて、赤と黒の国――俺の庇護下に置かせてもらいたい」
第二王子の目が、わずかに細まった。
「――随分な物言いだな。俺の忠実な駒が、随分と大きく出たものだ」
「これまで、言われたことは何でもやってきたつもりです。……だから、ここぐらいは、我儘を聞いてくれても、罰は当たらんと思いますが。それに、早く白色の国すべてを手中に収めるのが先です。」
舜太は、真っ直ぐに第二王子を見据えた。臆する様子はなかった。かつての、命乞いをする捕虜だった自分は、もうどこにもいない。
第二王子は、しばらく舜太を睨め付けていたが、やがて、小さく笑った。
「面白い。……いいだろう。お前の庇護下に置くことを許す。ただし、あの国から得られる利は、こちらにも相応に分けてもらうぞ」
「もちろんです」
そもそも、黒色の国が白色の国に目をつけた理由は、その領土の広さにあったわけではない。あの国が持つ、優れた職人たちの技術。洗練された交易網。そして何より、周辺国から一目置かれる、古く高貴な王族の血筋――それらこそが、真に価値のあるものだった。第一王子も同じように食指を伸ばそうとしている中で、先に白色の国を抑えることは急務であった。
もっとも、その血筋が赤色の国の――ひいては舜太自身の系譜と結びつくことに、当初、黒色の国の宮廷内では難色を示す声も少なくなかった。すでに独自の力を持ち始めている舜太に、これ以上の力と正統性を与えることを、快く思わない者もいたのだろう。
それでも最終的には、職人の技術と交易の実利が、そうした懸念を上回った。黒色の国にとっても、損のない話だったからだ。
交渉がまとまったあと、舜太は一人、静かに自問した。
これは、本当に、柔太朗の国を守ったと言えるのだろうか。
戦をせずに済んだことは、確かに救いだった。黒色の国の直轄ではなく、自分の庇護下に置かせたことも、精一杯の抵抗のつもりだった。それでも結局のところ、自分は、婚姻という形を借りて、白色の国を「手に入れよう」としているに過ぎない。柔太朗への想いは、紛れもなく本物だった。それでも、その想いの隣に、征服者としての打算が並んでいることを、舜太は自分自身に対して、誤魔化すことができなかった。
(――柔太朗を、幸せにできるんやろか。こんな形で)
その問いに、明確な答えは出せないまま、舜太は白色の国へと向かった。
一方、白色の国では、赤と黒の国からの申し出――婚姻による両国の統合――が、宮廷を大きく揺るがせていた。
柔太朗は、家臣たちの議論を、静かに聞いていた。
実質的には、恭順を意味する婚姻だった。白色の国は、赤と黒の国という大国の庇護下に入ることになる。誰の目にも、それは明らかだった。
(――こんな形で、結ばれたくは、なかった)
柔太朗の胸の内に、まず込み上げたのは、そんな思いだった。政略の道具として差し出されるのではなく、ただ一人の人間として、舜太と向き合いたかった。想いを通わせていたはずなのに、それが結局、国同士の駆け引きの中に絡め取られてしまうことに、柔太朗はやり場のない苛立ちと、悲しみを覚えていた。
家臣の一人が、恭しく口を開いた。
「殿下におかれましては、この婚姻、いかが思し召しでしょうか」
すぐには、答えられなかった。
その時、ふと、幼い日に聞かされた、あの巫女の言葉が、柔太朗の脳裏に甦った。
――すべてを奪い、すべてを与える運命の人と、この方は出会うでしょう。
あの頃は、ただの脅し文句のようにしか聞こえなかった予言。それでも今、目の前に突きつけられた現実は、あまりにもその言葉と重なって見えた。
舜太は、白色の国という土地と、この身に流れる血筋を、婚姻という形で「奪おう」としている。そして同時に、誰よりも深い愛情と、生涯をかけた約束を、柔太朗に「与えよう」ともしている。
奪うことと、与えること。矛盾するはずのその二つが、たった一人の人間の中に、当たり前のように同居していた。
(――逃れられないのだろうか、これは)
柔太朗は、そう考えて、すぐに小さく苦笑した。
それでも、柔太朗の心を占めていたのは、政治的な損得だけではなかった。
舜太が、これまで歩んできた道のりを、柔太朗は誰よりも近くで見てきた。父を失い、国を追われ、生き延びるために、あの屈託のない笑顔を封じ込め、手段を選ばない為政者へと姿を変えていった舜太を。
その変化のすべてが、結局のところ、自分のもとへ帰るためだったのだと、柔太朗は気づいていた。
柔太朗には、周りがよく見えている。だからこそ、舜太が抱える危うさにも、誰より早く気づいていた。誰かを――自分を守るためなら、舜太は今後も、平気で何かを切り捨て、変わり続けていくだろう。その果てに、舜太自身が、取り返しのつかない場所まで行ってしまうのではないかという、拭えない不安があった。
それでも。
自分という存在が、舜太をここまで駆り立てているのだと思うと、柔太朗の胸の奥に、決して褒められたものではない、密かな悦びが差し込むのもまた、事実だった。
誰かにこれほどまでに、まっすぐに、時に道を誤りながらも求められることが、こんなにも――胸を締め付けるものだとは、知らなかった。
その感情に、名前をつけることを、柔太朗はまだ、自分に許していなかった。
世界の形すら変えてしまうほどの愛に触れると、これまで自分を縛っていたはずの境界線が、いとも簡単に溶けていくのを、柔太朗は感じていた。
このまま、ただ傍にいてくれるだけでいい。そう思う自分がいる一方で、心のどこかでは、それだけでは足りないと思っている自分もいた。もっと深く、もっと激しく、二度と後戻りできなくなるところまで、この愛に呑み込まれてしまいたい――そんな、身勝手で、危うい願いが、確かに胸の奥で息づいていた。
舜太が白色の国を訪れたのは、それから間もなくのことだった。
人払いをした一室で、舜太は、柔太朗の前に膝をついた。
「柔太朗」
「……舜太?」
「政治的な理由は、もう聞いてると思う。……だけど、それだけやない」
舜太は、真っ直ぐに柔太朗を見上げた。その目には、これまで見たことのないほどの、切実な色が浮かんでいた。
「俺は、柔が好きや。ずっと、好きやった。子どもの頃からずっと、柔のところへ帰りたくて、そのためだけに、ここまで来た」
柔太朗は、しばらく言葉を失っていた。
心のどこかで、まだ迷いがあった。政略という形で差し出された自分の運命を、どこまで受け入れていいのか。舜太の言葉が、本当に自分だけに向けられたものなのか。それとも、この決断もまた、彼の野心の一部に過ぎないのか。
――だが、目の前で膝をつく舜太の、震える指先を見て、柔太朗は、そんな迷いが、少しずつ溶けていくのを感じた。
「僕は……」
声が、うまく続かない。それでも、柔太朗は、震える声で、ようやく言葉を紡いだ。
「僕も……舜太のこと、ずっと待ってた。ただの約束だと――」
言いかけて、柔太朗は、自分の言葉に、小さく苦笑した。
「――じゃなくて。ただの約束だと、思ってたはずなのに。いつの間にか、それだけじゃなくなってた」
「政略だなんて言われても、僕は構わない。舜太が、舜太自身の言葉でそう言ってくれるなら」
舜太は、安堵と喜びが入り混じった表情で、柔太朗の手を取った。
「――幸せにする。今度こそ、ちゃんと」
「うん」
柔太朗は、静かに頷いた。危うさも、打算も、すべてを分かった上で、それでも自分はこの人を選ぶのだと、改めて心に決めながら。
それから幾月か後、白色の国の神殿で、二人の婚礼が執り行われた。
華美な儀式ではなかった。だが、月の光が差し込む祭壇の下、誓いの言葉を交わす二人の表情には、これまでのどんな瞬間よりも、穏やかな幸福が満ちていた。
運命になど、頼らない。二人でそう誓った、あの日の言葉通り――自分たちの意志で選び取った、二人だけの未来が、そこにはあった。
コメント
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みぃ、読み終えたよ……🤍🌙 第十六章、すごく重くて、でも美しい話だった。舜太が「婚姻で統合」って言い出したとき、彼の覚悟と柔太朗への想いの両方を感じて、胸がぎゅっとなった。特に、柔太朗が「舜太の危うさ」を見抜いてるのに、それでも「密かな悦び」を感じてしまうところが、人間の複雑な感情を本当に丁寧に描いてるなって思う。運命に頼らない、ふたりだけの未来——その結びつきが、切なくて、温かかった。ありがとう、そのさん。