テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
27
にこにこ
963
にこにこ
4,627
翌日の放課後。
ひでは学校を出ると、無意識のうちに病院へ向かっていた。
(今日は会わない。)
(顔だけ見て帰ろう。)
(それだけ。)
自分にそう言い聞かせながら、病室のある階へ向かう。
エレベーターの扉が開く。
305号室。
昨日まで毎日通っていた部屋。
その前で足が止まった。
『……あれ。』
部屋の横に掛けられていた名札。
そこにあったはずの
「愁斗」
という名前が、消えていた。
一瞬、頭の中が真っ白になる。
『……うそ。』
胸が嫌な音を立てた。
昨日の言葉が頭をよぎる。
「帰って。」
(もしかして……。)
(退院した?)
(いや、そんなはず……。)
(まさか——。)
ひでは駆け出した。
ナースステーションへ飛び込む。
『すみません!』
『305号室にいた愁斗は……!?』
看護師は驚いた様子で振り返る。
「 あぁ、愁斗くんですね。」
『どこにいるんですか!?』
「落ち着いてください。」
看護師は優しく続けた。
「昨夜から高熱が出てしまって。」
「感染症の疑いがあるため、隔離病室へ移動しました。」
『……隔離。』
その言葉を聞いた瞬間、
ひでは小さく息を吐いた。
最悪の想像ではなかった。
でも。
安心はできなかった。
『熱……何度くらいなんですか。』
「39度台が続いています。」
「かなりぐったりしていますね。」
胸が締めつけられる。
『会えますか。』
看護師は静かに首を横へ振った。
「申し訳ありません。」
「2週間ほど面会は禁止です。」
「感染が落ち着くまでは、ガラス越しでもお会いできません。」
2週間。
たった2週間。
でも、ひでにはとても長く感じた。
『……分かりました。』
小さく頭を下げる。
病院を出ようとして、
もう一度だけ隔離病棟の廊下を見つめた。
(すぐ近くにいるのに。)
(会えない。)
その日の夜。
ひで はスマートフォンを開いた。
何度も文章を書いては消す。
ようやく送れたのは、一行だけ。
『ちゃんと治せ。待ってる。』
数分後。
既読が付く。
返信はなかった。
翌日 。
放課後。
また病院へ向かう。
会えない。
それは分かっている。
でも、行かずにはいられなかった。
『愁 斗、今日はどうですか。』
看護師はカルテを見ながら答える。
「まだ熱があります。」
「今日はほとんど眠っています。」
『……そうですか。』
それだけ聞いて帰る。
また翌日。
『今日は?』
「少し食事を食べられました。」
『よかった。』
また翌日。
『今日は?』
「熱は少し下がりました。」
その一言だけで安心する。
会えなくても。
声を聞けなくても。
生きている。
少しずつ回復している。
それだけでよかった。
⸻
毎晩。
電話もかけた。
呼び出し音だけが鳴る。
1回。
2回。
3回。
出ない。
『……寝てるよな。』
そう自分に言い聞かせる。
留守番電話に、小さく残した。
『今日は学校でさ。』
『先生がまた俺に仕事押しつけてきた。』
『愁斗がいたら笑うだろうな。』
『……ちゃんと治せよ。』
『また話そう。』
返事はない。
それでも毎日電話をかけた。
一方その頃。
隔離病室。
愁斗は熱にうなされながら、枕元のスマートフォンを見つめていた。
画面には、
毎日届くLINE。
毎日残される留守番電話。
全部、聞いていた。
でも。
電話に出る元気がなかった。
声を出したら、
きっと心配させてしまう。
「……ごめん。」
誰もいない病室で、小さくつぶやく。
スマートフォンを胸に抱きしめる。
「……会いたい。」
その言葉だけが、
静かな病室に溶けていった。
コメント
1件
第13話、とても切なくてあたたかいお話でしたね……。ひでくんが愁斗くんの名札のない病室を見て真っ白になる場面、胸がぎゅっとしました。会えなくても「生きている」だけでいいと通い続ける姿に、静かな強さを感じます。一方で愁斗くんが声を出せず「会いたい」とだけ呟くラスト、お互いを想う気持ちが行き違いながらも確かに重なっていて、泣けました。続きが気になります。