私は、朋也さんの顔を見ずに席に着いた。
帰りに買い物すると約束したのに、怒ってるのかな……
でも、会食も仕事だから仕方がない。朋也さんならわかってくれるだろうけれど……
「恭香、おはよう。ねえねえ、石川さんってさ、相変わらず恭香指名だよね。やっぱ下心あるよ、絶対」
「おはよう、夏希。違う違う。女性の方が来るからだって」
「でも、私でもいいわけでしょ? 別に恭香じゃなくてもさ」
「……まあ、確かにね」
「石川さん、ヤバい噂あるし、マジ気をつけないとダメだよ。本当、なんか心配だよ」
「やめてよ、変なこと言わないで。さすがにそういうのは大丈夫だよ。私なんかに……」
「またそういうこと言う! 恭香は自分をわかってない。あの人の恭香を見る目、マジキモイから。下心……ありありだよ」
「だから、止めてって。今日は普通に会食だから」
確かに、石川さんの良からぬ噂は以前から知っている。
前にチームを組んで仕事をしていた女の子に手を出して、その子は妊娠してしまったらしい。
今は辞めているし、私が入社する前の話だから、よくは知らないけれど……
石川さんは普通のオジサンで、もちろん奥さんもいる。本当だとしたら許せないけれど、あくまで噂だから……
朋也さんは、もしかしてその噂を知っているのだろうか?
知ってて私のことを心配してくれているの?
でも、きっと大丈夫だよ。
今日は本当にただの会食なんだから。
「とにかく、気をつけな。一弥先輩が一緒なら心強いけど……」
夏希……
一弥先輩には菜々子先輩がいるんだよ。
万が一、私が石川さんに何かされたとしても、きっと……何も心配しない。
だって、一弥先輩に心配してもらえるのは、菜々子先輩だけだから――
「夏希、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
「浜辺さん、何してるんだ、打ち合わせ行くぞ」
「あっ、本宮さん、すみません! 今行きます! じゃあね、恭香頑張って」
朋也さんが、アシスタントカメラマンの夏希を連れていった。
私には何の声もかけずに……
やっぱり怒ってるのだろうか?
少し……落ち込んでしまう。
いよいよこれから、ポスター、CM撮りが始まる。
コピーも決まり、一弥先輩もお菓子のパッケージデザインを完成させたみたいだ。
菜々子先輩は、CMプランナーとしてCM撮影を仕切る。
とてもセンスがあると評判が良い。
仕事もプライベートも充実させているなんて本当に尊敬する。
朋也さんと夏希も、シンプル4のポスター撮影の打ち合わせに余念が無い。
朋也さんが仕事に取り組む姿勢は、すごく前向きで真剣。ものすごく熱量を感じる。
カメラマンとして、今までにいろいろな賞を獲っているらしい。
うちの会社は、みんな才能のある人材ばかりだ。
私はその中で少し浮いている気がする。
特に何かに秀でているというわけでもないし、憧れだけで入社したから。時々、この仕事は本当に自分に向いているのかと不安になる。
「森咲さん。そろそろ支度して」
石川さんに呼ばれてビクッとなった。
この声の感じが苦手だ。
「あっ、もうですか? まだ仕事が残っていて……」
「は? そんなの、早めに片付けておくべきだろ? 本当にもう」
「はい、すみません。今から準備しますから、少し待ってください」
「急いでくれよ。先方を待たせるわけにはいかないんだから。君は接待の意味をわかってるのか?」
「あっ、はい……」
「だいたい君はいつもいつも……」
「すみません、急ぎますから。失礼します!」
逃げるように石川さんから離れた。
時間にはまだ充分に余裕があるのに、この人は何か文句を言わないと気が済まないのだろう。
何だか最近ますます小言が増えたような気がする。
余計なお世話かも知れないけれど、仕事や家庭が上手くいってないのだろうか? だとしても、私にあたるのは止めてほしい。
キツイ言葉に心が傷ついていること……石川さんにはわかってもらえない。
こんなこと、いつまで我慢しなければならないのか?
ふと向こう側に目をやると、朋也さんと夏希がカメラの調整をしてるのが見えた。
何か話しながら作業している。時折笑い合う様子に、なぜかパッと目を逸らした。
「2人……すごく楽しそう……だな」
私は、今日はあれから朋也さんと話していない。
同じチームであっても、全く話せない時だってあるのは仕方ないけれど……
朝のこと、どう思っているのだろう。
一緒に買い物して夕食を作る約束だったのに、早速、守れなかった。
私が接待を優先したから……
でも、私だって本当は一緒に料理を作りたかったし、何気にすごく楽しみにしていた。
仕事だからもちろん仕方がないけれど、石川さんと一緒なんて……嬉しくない。
まさか朋也さん、本気で怒ってないよね……
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