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薬物療法

1 - 第1話

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2025年03月29日

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酒井はふらつく足取りのまま、精神科の待合室へ入った。
「酒井さん……?」


大輝が横で怪訝そうに俺を見る。

いつもなら、俺の腕を支えるようにそっと触れるのに、今日は触れてこない。

それが逆に気に障った。


「なに?」


「いや……なんか、今日、酒井さん変っすね」


「いつも通りだろ」


「……そうすか」


大輝はそれ以上何も言わなかった。

けれど、その視線の先にあるものを俺は知っていた。

袖口から覗く無数の傷痕。

昨日の夜、気づけばカッターを握っていた。

ほんの出来心だった。

最初の一本だけのはずだった。

なのに、気づけば何十本も増えていた。


それだけじゃない。


昨夜、俺は120錠の薬を飲んだ。

何の薬だったのか、もうよく覚えていない。

手元にあったものを、ただ口に放り込んだだけだ。

苦い味と、喉にひっかかる感覚だけが記憶に残っている。


待合室の椅子に腰を下ろす。

体が、鉛みたいに重い。

視界が滲んでいる。

隣にいる大輝の顔が、さっきからぼやけて見える。

それでも、大輝は何も言わない。


「酒井さん?」


ふいに、目の前に白衣の男が立っていた。

主治医だった。


「診察室へどうぞ」


椅子から立ち上がる。

世界がぐにゃりと歪んだ。

眩暈がする。

足元が頼りなく、前に進もうとするたびにふらつく。


「酒井さん、手貸します?」


大輝が腕を差し出してきた。

今更かよ、と思ったけれど、何も言わずにその手を取る。

大輝の手は、少し震えていた。


診察室に入る。

ドアが閉まると同時に、医者の顔が険しくなった。


「酒井さん、何をどれくらい飲みました?」


……ああ。

やっぱりこいつには誤魔化せない。


「……さあ」


「ふざけている場合ではありません。意識が朦朧としているし、歩行も不安定だ。目も焦点が合っていないし、動きが鈍い。それに……」


医者の目が俺の腕に向いた。

袖をまくる。

新しい傷が、赤黒く腫れている。


「これも、昨夜ですか?」


「……かもな」


「すぐに救急搬送します」


「は?」


「これだけの量を飲んで、今ここにいるのが奇跡です。心電図を取らないと、いつ心停止してもおかしくない」


「……そんな大げさな」


「大げさじゃない。酒井さん、自分が今どういう状態かわかってますか?」


医者の言葉が、遠くで響いているようだった。

俺はただ、呆然と大輝を見た。


大輝は、俺をじっと見返していた。


「……なんで何も言わねえんだよ」


俺が絞り出した声に、大輝は小さく笑った。


「言ったら、酒井さん、逃げるでしょ?」


「……っ」


「だから、医者の前まで連れてくるのが最優先だったんすよ」


大輝の手が、そっと俺の手を握る。


「ちゃんと助かってくださいよ」


俺は、それに何も返せなかった。



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