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名前 ⇨ 〇〇
『』 〇〇
「」 北信介
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稲荷崎高校の放課後は、いつも賑やかだ。
体育館の方からは、宮ツインズの言い争う声や、アランの鋭い突っ込み、そしてバレーボールが床を叩く激しい音が響いてくる。
私は、吹奏楽部の練習を終えて、誰もいなくなった渡り廊下を歩いていた。
外はすっかり日が落ちて、兵庫の冬の空気が頬を刺すように冷たい。
『……あ、忘れ物』
音楽室に楽譜のバインダーを忘れたことに気づき、私は慌てて踵を返した。
静まり返った校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。薄暗い廊下を早足で進んでいると、中庭に面した非常階段の踊り場に、ひとつの人影が見えた。
そこにいたのは、バレー部の主将、北信介さんだった。
彼は手すりに寄りかかるでもなく、ただ真っ直ぐな背筋で、静かに夜の庭を見つめていた。
その銀色の髪が、月明かりを反射して淡く光っている。
『……北さん?』
思わず声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。驚いた様子も見せず、いつも通りの凪いだ瞳で私を見つめる。
「ああ、吹奏楽部の。……こんな時間まで大変やな」
『あ、はい。北さんも、今練習終わりですか?』
「いや、俺は先に上がらせてもうたんや。今日は少し、やり残したことがあってな」
やり残したこと、と言いながら、彼は自分の大きな手を見つめた。
稲荷崎バレー部という、化け物揃いの集団を束ねる主将。彼は派手なプレーをするわけではないけれど、その一挙手一投足には、誰にも真似できない「正しさ」がある。
私は、密かにそんな彼の姿を尊敬し、そして――それ以上の感情を抱いていた。
『……北さんは、たまにこうやって一人で考え事をされるんですか?』
私が隣に並ぶと、彼は「そうやね」と短く答えた。
「練習中はみんなを見てなあかんから。一人の時間は、自分の中の『反省』と向き合う大事な時間やと思ってる」
『北さんでも、反省なんてするんですね。完璧に見えるのに』
私がそう言うと、彼はほんの少しだけ口角を上げた。それは、注意深く見ていなければ気づかないほどの、淡い微笑みだった。
「完璧やなんて、そんなことない。俺はただ、毎日やるべきことをちゃんとやっとるだけや。……お天道様が見とるからな」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
彼は、誰も見ていないところでも自分を律し、淡々と「日常」を積み重ねる人だ。
だからこそ、彼の言葉には重みがあり、その掌はあんなに温かくて力強いのだ。
『あの、北さん』
「ん?」
『私、北さんのそういうところ、すごく……素敵だと思います』
心臓がうるさい。冬の寒さのせいにして、マフラーに顔を埋めた。
けれど、彼は動じることなく、私の方へ体を向けた。
『……そうか。ありがとう』
北さんはそう言うと、不意に右手を伸ばし、私のマフラーからはみ出していた髪を優しく整えた。
指先が少しだけ耳に触れる。その熱に、頭が真っ白になった。
「自分も、毎日遅くまで頑張っとるな。音楽室から聞こえてくる音、いつも綺麗やと思て聞いてたで」
『え……』
「あこは風通しがええから、体育館までよう響くんや。一生懸命やってる人の音は、聞いてて気持ちええ」
見ていてくれたんだ。
私が、誰にも気づかれないように居残って練習していたことを。
視界がじわじわと熱くなる。
『……北さんにそう言ってもらえると、報われます』
「報われるかどうかは分からんけど、君がやってきたことは、間違いなく君の力になっとる。それは自信持ってええよ」
彼はそう言って、ポケットから何かを取り出した。
私の手のひらに載せられたのは、小さくて可愛らしい、個包装の「飴玉」だった。
「これ。喉、大事にな」
『ありがとうございます……』
甘い、蜂蜜の味がしそうな金色の飴。
もったいなくて、食べられるはずがない。
「さて、あんまり遅うなると風邪引く。送っていくわ」
『えっ、いいですよ! 北さんも疲れてるのに』
「女の子を一人で帰すわけにはいかんやろ。これも俺の『やるべきこと』の一つや 」
断る隙も与えない、けれど強引ではないその口調に、私は大人しく頷くしかなかった。
校門までの道のり、二人の足音が静かな夜に響く。
隣を歩く北さんの肩は、思っていたよりもずっとがっしりとしていて、そこにあるだけで安心感を与えてくれた。
『北さんは、卒業したら……遠くに行っちゃうんですか?』
ずっと聞きたかったことを、思い切って口にした。
彼は三年生だ。春高が終われば、もうこの校舎で彼の姿を見ることはなくなる。
北さんは少しだけ空を見上げて、白いため息を吐いた。
「場所は変わるかもしれんけど、やることは変わらんよ。どこにいても、俺は俺の生活を大事にするだけや」
『……北さんらしいですね』
「でも」
彼は足を止め、私をじっと見つめた。
「君に会えなくなるのは、少し、寂しいかもしれんね」
その言葉の破壊力に、心臓が跳ね上がった。
淡々とした口調だからこそ、その言葉に含まれた純粋な感情が、ダイレクトに心に突き刺さる。
『北、さん……』
「自分でも驚いとるんや。ルーティーンを崩されるのは好きやないはずやのに、君と話す時間は、もっとあってもええと思てしまう」
彼は少し困ったように眉を下げて笑った。
その表情は、バレー部の主将としての顔ではなく、一人の男の子としての素顔に見えた。
「……また、飴、持ってくるわ」
『はい。待ってます』
「うん。……あ、それと」
北さんは校門の前で立ち止まり、私の目を見つめた。
「次は飴だけやなくて、ちゃんと言葉でも伝えられるようにしとく。……もう少し、時間がかかるかもしれんけど」
それは、彼なりの精一杯の約束だった。
「正しく」あろうとする彼が、自分の心にある「形のない感情」を整理しようとしている。
その過程の中に、私が含まれていることが、何よりも嬉しかった。
冬の冷たい空気の中で、そこだけが春のように温かかった。
「おやすみ。気をつけて帰りな」
『おやすみなさい、北さん!』
彼が去っていく背中を見送りながら、私は手のひらの飴をぎゅっと握りしめた。
稲荷崎高校の冬はまだ続くけれど、私の心の中には、もう雪どけの音が響き始めていた。
明日からも、頑張れる。
彼の「正しさ」に恥じないように、私も私自身の日常を、大切に積み重ねていこう。
いつか、その積み重ねの先に、彼と隣り合って笑える未来があることを信じて。
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北さんと恋愛💗
私も吹部‼️
吹部の人と友達なりたい😖
見てくれる人増えました!!!
フォロー是非してください👊🏻
2026 3月21日