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雨の音が、静かに傘を叩いていた。
俺と奏さんは、相合傘の中。
狭い道を並んで歩くその距離は、たったの数十センチ。
なのに、心臓の音だけが不自然に大きかった。
握った傘の持ち手。
そこに、もうひとつの手が重なる。
少し冷たい。けど、それはすぐに、じんわりとあたたかくなっていった。
「さっきの…本気だった?」
小さく俺が尋ねると、奏さんは黙ったまま前を見た。
でも、ほんの少しだけ頷いたように見えた。
「陽翔さんと仲がいいの、嫌だったの?」
「嫌…っていうより……」
声が濡れていた。雨のせいじゃなかった。
「見てるのが、苦しかった」
「お前が、俺じゃない誰かと、楽しそうにしてるのが」
足が止まった。
ふたりの肩が少しぶつかったまま、俺は振り向いた。
奏さんは俺を見ていなかった。
でも、唇を噛むその表情が、何よりも雄弁だった。
「奏さん」
「俺、陽翔さんと話すの、楽しかったよ。でも――」
「奏さんの言葉が、ずっと心に残ってた」
「なんでだろうね」
「俺、ずっと奏さんのこと考えてた」
雨が止む気配はなかったけれど、
俺たちの距離は、それよりも早く縮まっていた。
握られた手に、少しだけ力がこもった。
「……俺さ」
「兄弟になったはずなのに、今、一番お前のことを“家族じゃない”って思ってる」
「……こんなの、ずるいかな」
「ずるくないよ」
「俺も同じこと考えてた」
その言葉のあと、ふたりは黙ったまま歩き出した。
でも、もう――
手は離さなかった。