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「それでね。


通販で買ったけれど、うちのマンションだと水流が弱くなって無理で。せっかく付け替えて、万札はたいて買ったのにやんなっちゃうわ。


悪いんだけど母さん貰ってくれる? シャワーのときとかすごく気持ちよくなるはずだから。


あ、三万以上する高いやつだからお返しは気にしなくていいよっ」


台所で水仕事をしているわたしのところまで、リビングでおねだりをする汐音さんの声が聞こえてくる。


「あらでもぉ。付け方とか分からないし」


「旦那か兄貴にやらせるよ」ははっと汐音さんの笑う声。「あいつら、せっかく母さんたちのうちに帰ってきたのに、スマホスマホスマホで。馬鹿にしてんのかって話。ひとがせぇっかくおもてなしをしてやってんのに。何様のつもりなんだか」


残念。おもてなしをしているのは実は違う人です。着いて早々に、掃除機までかけさせられたのよ。鷹取の一族は、わたしを家政婦かなにかと勘違いしているのではなかろうか。


「ほんとにねえ。いまのひとはスマホばかりでねえ。母さんは、スマホなんて、持っていても使いこなせないのよ……ヤンスタ? なんだっけほら若い人がやるやつ」

「母さんそれはインスタ。……ねえーっ。有香子さぁーん!!」いきなり汐音さんは声を張り上げ、「喉乾いたから冷たい飲み物持ってきてぇーっ。母さんとあたしの二人分ねーっ」


気が利かない嫁/義理の姉だと思っているのだろう。


にしても、義母は。洗い物くらい片付けておきなよ。なんでわたしが、前日から置きっぱなしのフライパンとか洗わなきゃならないのよ。油でベットベトで、お湯を沸かさないとこんなの取れないじゃない。なに作ったんですか。


「分かりました。……いま手が離せませんのですこししたらお持ちします」


「早くねっ」それからひそひそとなにか話している。どうせ、わたしの悪口だろう。


働かないくせに口だけは達者。


義理の妹と初めて会ったとき。妹が出来たと思って嬉しかったのに。あの希望を返せ。熨斗付きで。


あーやだやだ。これに、義理の伯母一族が加わると益々うるさくなる。人数が増えたら増えたぶん、することも増える。


到着して一時間足らずで早くもわたしのこころには暗雲が立ち込めた。


* * *


「すこし、買い出しに行ってきますね」


どうせ誰も聞いちゃいない。

わたしのことなんて召使かなにか程度なのだろう。酒が入った連中はやたらと声が大きく、うるさく。召使程度がひとり消えたとて誰も気に留めやしない。


鍵は玄関にあったので迷わず取った。酒は十二分に準備してあったし、足らなくなることはないだろう。


足らなくなっても。……知らんがな。


詠史を連れて、玄関に出ると、既に、才我さんの車が停まっていた。とくん……と胸が高鳴った。


もう、逃げたい。


戻りたくない。あんな場所。


「こんばんは。詠史くん」


「こんばんは」


「有香子さんも。ようこそ」気取ったお辞儀をする、才我さんの、休日スタイル。前髪は下ろしてる……。「どこか行きたいところはある?」


「レインボーブリッジ」喜々として詠史は答える。「あと、観覧車も見てみたいな」


「OKグーグル。それではどうぞ。……有香子さん」


わたしのためにドアを開いてくれた才我さんは、薄闇のなかでアイドルのように眩しく見えた。わたしを連れ出してくれる、王子様みたい……。

助手席にのるとなんだか懐かしい、才我さんの香りがした。車に特有の匂いはするけれど。シートが心地よい……座り心地が最高……。


詠史を後部座席に座らせ、ドアを閉めてくれた才我さんは、後ろから回り込むと運転席に乗り、エンジンをかけると、


「それでは真夏のナイトドライブと参りましょう。ナビゲーターは広岡才我、ゲストは有香子さんと詠史くんでお送りします」


ラジオみたいな挨拶で、わたしたちだけの特別な夜が始まった。


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