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夜。
マフィオソは一人、ソファに座っていた。
懐中時計のチェーンが静かに揺れる。
部下たちは妙に落ち着かない。
ソルは窓の外を気にし、
カポは煙草を弄び、
ラクティーは「来る気がします」と何故か楽しそうで、
リエーレだけが静かに目を伏せていた。
——そして。
コツ。
玄関が鳴る。
誰も“入れろ”とは言っていない。
だが次の瞬間には、
「よ」
そこにいる。
黒いフェドラ帽。
黒いコート。
サングラス越しの笑み。
「……チャンス」
マフィオソの声が低く落ちる。
「会いたかったぜ、マフィオソ」
「呼んでいない」
即答。
「冷たいな。せっかく遊びに来たのに」
「お前と遊ぶ趣味はない」
「でも」
チャンスは部屋を見渡す。
「お前の部下たちは、割と歓迎してくれたぜ?」
ピクリ。
空気が張る。
カポが眉をひそめ、
ソルが視線を逸らし、
ラクティーは気まずそうに笑い、
リエーレだけが無表情。
マフィオソは静かに立ち上がる。
「……用件を言え」
「簡単だ」
チャンスはポケットから、
銀色のコインを取り出す。
チャリ。
指の上で踊る。
「コイントスでいいか?」
「……何?」
「お前、好きだろ。勝負」
チャンスは笑う。
「裏か、表か」
マフィオソは数秒、黙る。
その目はチャンスから逸れない。
「……いいだろう」
立ち上がる。
長いコートが揺れる。
「私が勝ったら」
一歩。
「返してもらうぞ」
その瞬間。
部下たちの空気が張り詰める。
(“アレ”を……)
(返させる気だ)
チャンスは少しだけ目を細め——
「いいね」
コインを弾いた。
キィン——……
高く舞う。
全員が見上げる。
時間が、妙に長い。
そして。
パシッ。
チャンスが手の甲で受け止める。
「さあ」
薄く笑う。
「どっちだ?」
「……表だ」
静寂。
ゆっくりと、
チャンスが手を開く。
——表。
「…………」
ソルが息を止める。
カポが目を見開く。
ラクティーが「おおー」と声を漏らす。
リエーレだけが、
わずかに眉を動かした。
(……今)
見えた。
ほんの一瞬。
チャンスが、
“わざと”力を抜いたのを。
「俺の負けだ」
チャンスはあっさり言った。
あまりにもあっさり。
マフィオソの目が細くなる。
「随分潔いな」
「約束は守る主義なんだ」
嘘だ。
この男は今、
勝とうと思えば勝てた。
なのに。
チャンスはポケットへ手を入れる。
取り出したのは、
小さな白い箱。
「ほら」
軽く放る。
マフィオソが片手で受け取る。
「渡したぜ」
「…………」
部下たちも固まる。
あれほど執着していたもの。
それが、
こんな簡単に?
「じゃ」
チャンスは帽子を軽く上げる。
「今日は帰る」
「待て」
マフィオソが低く言う。
「それだけか?」
「それだけだよ」
だが。
サングラス越しに、
口元だけが笑っていた。
「——今はな」
コツ、コツ、と歩き去る。
誰も止められない。
扉が閉まる。
沈黙。
「……ボス」
リエーレが口を開く。
「開けますか」
数秒。
マフィオソは箱を見つめ——
ゆっくり蓋を開けた。
中に入っていたのは。
たった1枚のトランプ。
笑う道化師。
ジョーカー。
「……?」
カポが眉をひそめる。
「これだけか?」
ソルがカードを裏返す。
そして——固まった。
「っ……」
「どうした」
震える手で、
ソルがカードを差し出す。
裏面。
そこに、走り書きの文字。
——「本物が欲しいなら、1人で俺の屋敷に来い」
沈黙。
空気が凍る。
「……っざけやがって」
最初に声を漏らしたのはカポ。
「最初から返す気ねぇじゃねぇか」
「挑発ですね」
リエーレが静かに言う。
「完全に」
ソルは不安そうにマフィオソを見る。
「ボス……」
だが。
マフィオソは怒鳴らない。
カードを見つめたまま、
ただ静かに、
笑った。
「……なるほど」
低く、小さく。
「そう来るか」
その目が、
ゆっくり細まる。
怒りとも違う。
執着。
興味。
そして——
高揚。
「リエーレ」
「はい」
「明日の予定を空けろ」
空気が変わる。
「……ボス、まさか」
カポが顔を上げる。
マフィオソはジョーカーを指で挟む。
「招待されたなら」
口元がわずかに歪む。
「行かねば失礼だろう」
その笑みを見て——
全員が理解した。
(あ、これ止まらないやつだ)
そして同時に、
誰も見たことのないボスの顔に、
少しだけ息を呑んだ。
まるで——
獲物を見つけたみたいだった。