テラーノベル
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夜の帳が下りる直前。
フィンセントが急な国境の視察で城を空けてから、今日で三日が経った。
これ以上の好機は二度と訪れない。
心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴り響く中
私は離宮の図書室の奥、何年も動かされた形跡のない古びた書架の裏に、密かに隠されていた脱出ルートを見つけ出した。
(……これさえ抜ければ、今度こそ自由になれる……!)
暗く埃っぽい通路。
ドレスの裾が石床に擦れる音さえ追手の足音に聞こえて、生きた心地がしない。
必死に走った。
喉の奥が鉄の味に焼かれ、心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされる。
ようやくたどり着いた隠し出口。
その重い扉を、爪が剥がれんばかりに食い込ませ、全身の力を込めて押し開けた。
目の前には、自由な夜の森が広がっているはずだった。
冷たい夜風が頬を撫で、青い薔薇の生垣を抜けて、二度と戻らない場所へ行けるはずだった。
「……っ!」
しかし、そこに広がっていたのは、自由な森などではなかった。
松明の火に照らされ
不気味な光沢を放つ黒い鎧の近衛騎士たちが、逃げ道を塞ぐように整然と並んでいた。
そしてその中央。
一脚の豪華な椅子に腰掛け
まるで演劇の幕が上がるのを待つ観客のように、優雅に脚を組んで私を待っていたのは。
「やあ、セシリー。少し遅かったね。待ちくたびれて、庭の薔薇をすべて引き抜いてしまうところだったよ」
琥珀色の瞳を冷酷に、そしてどこか歪んだ歓喜に輝かせた、フィンセントだった。
「な、んで……視察に、行ったはずじゃ……」
「視察? ああ、あれは君がいつ『隠し通路』を使うか試すための罠だよ。……案外、早かったね」
彼はゆっくりと立ち上がり、絶望で石像のように立ち尽くす私の元へ一歩ずつ歩み寄った。
そのブーツの足音が、私の人生の終わりを告げる死神の足音のように響く。
彼はガタガタと震える私の肩を抱き寄せると
耳元で氷のような冷たさと、熱病のような執着の混じった声で囁いた。
「君を信じたかった。でも、君はやっぱり僕を置いて行こうとしたんだね」
「っ……!」
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
首筋に走った鋭い痛み───
魔法による強制的な睡眠。
意識が遠のく中、最後に聞こえたのは「ここは君には広すぎたようだ」という
逃れられない呪いのようなフィンセントの言葉だけだった。
◆◇◆◇
次に目を覚ましたとき、私は見たこともない部屋にいた。
窓は一つもなく、外界との繋がりを一切断絶された空間。
壁一面が血を思わせる柔らかな深紅の布で覆われ
空気には意識を朦朧とさせるような甘ったるい香油の匂いが満ちている。
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