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「おかしな事を言うんですね、廉さん。美咲さんは、僕の彼女ですけど」
「くくく、君に名乗った覚えはないが、まぁいい。美咲の彼氏? 美咲の彼氏は俺だったはずだが。違ったかな」
最後の言葉は自分に向けられたものだと分かっていても、恐怖に震え司に抱かれている美咲は廉の問いに答えることが出来ない。
「それこそ、変ですよ。あなたは、ただの幼なじみでしょ。しかも、昔に振られた。未練たらたらにも、ほどがあるんじゃないですか」
廉を挑発するような司の言葉に焦るが、今の美咲には二人の成り行きを見守ることしか出来ない。
司が言うように、廉は嫉妬しているのだろうか。わずかに期待する心が、喧嘩腰の二人のやり取りを止めることを躊躇させる。
「貴さま……、好き勝手言いやがって」
怒気をはらんだ乱暴な物言いが、廉の苛立ちをあらわにする。しかし、その怒りを抑えるように、息を吐き出した廉が紡いだ言葉に、今度は司の身体がビクッと震えた。
「まぁぁ、いい。どうせ、美咲に恋人のふりをして欲しいとでも言われたんだろう。柏木司くん、君のことを少し調べさせてもらったよ。美咲を君の沢山いる彼女の一人にでも加えるつもりだったのかな?」
廉の言葉に美咲は司の腕の中、妙に納得していた。司にとっても美咲は、忘れられない彼女を忘れるための身代わりに過ぎなかったのだ。美咲のような女性が、たくさんいたことは司の言動からもわかっていた。
ただ、美咲の心には司に対する憤りはない。美咲もまた、廉を忘れるためだけに司を利用したのだから。
(これが廉だったら私はきっと許せない)
本気で好きになった人の心には別の女の人がいて、自分はその人を忘れるための吐口でしかない。本気で好きだからこそ、許せないこともある。
廉と静香が抱き合う映像が脳裏に浮かび、美咲は唇を噛みしめる。ズキズキと傷む心臓の音が、耳に大きく聴こえ美咲は震え出しそうになる身体を必死に抑えた。
心が苦しくて仕方がないのに、自分を性の吐口としか見ていない男の戯言は続いていく。
「美咲は、男女の駆け引きに疎くてね。酷い男にも簡単に引っかかる。だから、目が離せない。――まぁ、いいさ。どうせ美咲は、すぐ俺のところに戻ってくる。柏木司くん、小川琴乃さん、知っているよね?」
美咲を抱きしめていた司の手が、ビクッと震える。明らかに、余裕をなくした司の顔に美咲は、彼の最後の言葉を思い出していた。『忘れられない人がいる』それが、廉の言った女性なのだと美咲は悟った。
「駅前のカフェにいる。君の大切な女性だろ?」
「嘘だろう……」
顔に驚愕の色を浮かべた司が、美咲を離しベンチを立ち上がると走り出す。そんな彼の背中を見送り、美咲は心の中で彼の想いが報われることを切に願った。
「さて……、美咲。二人の家へ帰ろうか」
司と入れかわるように美咲の手を引いた廉に抱きしめられ、耳元で囁かれた言葉に、美咲の心は散々に乱れる。
「俺を振り回すなんて、美咲は悪い子だね。悪い子には、お仕置きが必要だと思わないかい」
香った懐かしい香りに、心が狂おしいほど昂るのを感じながら、美咲は廉の腕の中、ただただ震えることしかできなかった。
♢
頭上から降り注ぐシャワーの雨は、美咲の心から流れる涙そのものだった。
司と別れ廉に捕った美咲は、車に乗せられタワーマンションへと連れ戻された。
無言のまま廉と二人、玄関をくぐった美咲は、その足で浴室へと連れて来られ、抵抗虚しく頭上からシャワーを浴びせられたのだった。
冷たいシャワーが服をぬらし、髪からは雫が滴り落ちる。話も聞かず暴挙に出た廉に、美咲の頭に血がのぼる。
「なにするのよ!!」
美咲は、キッと廉を睨むが、見下ろされた視線の冷たさに、それ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。
「他の男の匂いを纏わりつかせたまま、家に入れたくなかったんでね。それで、美咲はあの男にどこまで許したんだ?」
美咲を壁際に追いつめた廉が、顔の横に手をつく。至近距離で見下ろされ、怒りを滲ませた声で問いつめられた美咲は、顔をそらし口を閉じることでわずかばかりの抵抗を示す。しかし、そんな抵抗でひるむ廉ではなかった。
「俺から逃げまわって、男までつくって。仲良く手を繋いで歩いていたようだが、唇くらいは許してしまったのかな?」
美咲の顎をつかみ、無理やり正面へと向かせた廉の指が、濡れた唇をなぞる。
「それとも、とっくに身体まで許したのか?」
皮肉げな笑みを浮かべ紡がれる廉の言葉に、美咲の目に涙が浮かぶ。
「――っ、ちが……」
「口では、なんとでも言えるよね。あの男が言うには、美咲は嘘つきみたいだから。彼氏はいないんだろう?」
廉の言葉に、ズキリと胸が痛みだす。
彼氏はいない。
廉とは三年前に別れたのだ。
今の私は廉の彼女でもなんでもない。
「私に、彼氏なんていない。三年前に廉と別れてから彼氏と呼べる人が私にいなかったことは、どうせ調査済みなんでしょ」
「俺は美咲と別れたつもりはないけど」
「はぁあ!? 三年前に別れのメールを送ったじゃない」
「確かに一方的に別れたいとメールが送られて来たけど、了承した覚えはない。俺が納得していないのに別れたつもりになってるなんて、美咲は無責任なんだね。あんなメール一つで、別れられるなんて本気で思ってたの? 今でも美咲は俺の恋人だ」
「そんなの屁理屈よ!」
「突然音信不通になっておいて、よくそんな事が言えるな! 一方的に別れを切り出された俺の気持ちなんて考えたこともないんだろう。そんな無責任で身勝手な美咲の言うことを俺が信じると思う? あの男とどこまでしたんだ!? キスか? 身体を触らせたのか? それとも、最後まで許したのか?」
怒りの炎を瞳の奥に宿しつめ寄る廉に、美咲が言葉を発することはなかった。
冷たいシャワーが頬を伝い、あふれ出した涙の跡を洗い流す。
「黙りか……、じゃあ、身体に聞いた方が早いか。あの男と遊んで来たばかりだ。痕跡は隠しようがないしな」
「――っ!? ま、待っ……」
廉の指先に顎を掴まれた美咲は、無理やり唇を塞がれていた。
引き離そうと廉の胸を押す手は、掴まれ頭上に固定されてしまう。抵抗虚しく美咲の唇をこじ開け侵入した廉の舌は、縦横無尽に口腔内を動きまわり、緊張で縮こまった舌を絡め取った。
『じゅ、じゅるぅ』と卑猥な音を響かせ吸われた唇から、含み切れなくなった唾液が顎を伝い首筋を落ちていく。
頭上へと固定された美咲の指と廉の指が絡み合い、口腔内を蹂躙する舌に官能を引きずり出される。徐々に弛緩していく身体を自力で支えることが出来なくなった美咲は、ズリズリと浴室の床へと、へたり込んでしまった。
「美咲。こんなキス……、あの男とはしなかったの?」
言葉を発しない美咲に焦れたのか、未だ焦点の合わない美咲の目をのぞき苦笑をもらした廉が、濡れて肌に貼りついたシャツワンピースのボタンに手をかけた。
「抵抗しないんだね。それとも、感じすぎて続きを強請っている?」
抵抗なんて出来るわけ無い。
たとえ性のはけ口だったとしても、好き人から求められれば許してしまう。
好きになった方が損をする。でも、拒めない。
プチプチとボタンを外されワンピースが肩から落ちる。廉の眼前には、下着姿の美咲が晒されていた。
「見たところ不埒な跡は、残ってないようだけど……」
首筋から胸元へと滑るように降りて来た指先が、ブラジャーのフォックを外せば、乳房がフルっとまろみ出る。至近距離で見下ろしている廉の目には、美咲の豊かな乳房が丸見えになっていることだろう。
羞恥に染まる顔も、ショーツだけの心許ない姿も頭上で両手を固定されている美咲は隠せない。そのことが、羞恥心をさらに煽る。
「ワンピースを着て行くなんて、あの男を誘いたかったのか? いつから美咲は、そんな破廉恥な女になったんだろうね」
「ち、違う……」
「違わないさ。ワンピースなら、わざわざ脱がす必要もない。実際にココも触らせたんじゃないのか?」
美咲の片足をグイッと持ち上げた廉が、顕になった下着のクロッチ部分を指先でグリグリと撫でる。その強すぎる刺激に美咲は、身体をのけぞらせ身悶えるしかなかった。
まるで尋問を受けているかのような廉とのやり取りに、涙が滲む。
廉は私が誰にでも股を開く、軽い女だと思っているの? いいや、実際に軽い女なんだろう……
廉と二人暮らす家に帰るのが嫌で、一人取り残されるのが寂しくて、司に縋ろうとしてしまった。
あのまま、偽りの恋人関係を続けていたら、司と男女の関係になっていた。
廉に軽蔑されても、仕方がない。
ただ、弄ぶような関係……、もう終わりにして欲しい。
廉に再会してから積もり続けた靄が心を真っ黒に染める。
「廉……、私はあなたが言うように軽い女なんでしょうね。司さんと男女の関係になるような軽い女、廉には必要ないでしょ」
司と身体を重ねたと嘘をついた。
告白を聞いて、廉がどんな顔をしているかなんて、美咲にはどうでもよかった。
心にあるのは、苦しい想いから解放されたいと思う気持ちだけ。だから、嘘をついた。
「軽蔑したでしょ。私はあなたが執着するような女じゃないの。寂しさを紛らわすために、好きでもない男に股をひらくような軽い女は必要ないでしょ。だからもう解放して」
涙が頬を伝い落ちていく。しかし、頭から降り注ぐ冷たいシャワーが美咲の涙を一緒に洗い流してくれる。
(廉を好きだと叫ぶ心の声も、シャワーの音で消されてしまえばいいのに)
虚な目で見上げた廉の顔も、涙で歪み表情すらわからない。全てを投げ出し力が抜けてしまった美咲を廉が抱きしめる。
「それでも俺は、美咲を手放せない……」
廉の言葉に、心の中で耐え続けた感情が荒れ狂い爆発する。怒りの感情に支配された美咲は不自由な身体で暴れ出した。
「……、離して!! もう、十分でしょ。私の自由を奪って、思い通りに扱って、満足でしょ! もう、離して!!」
「美咲が俺を嫌っているのは分かっている。家を奪い、家族を懐柔し、逃げられないように追い込んだ。犯罪紛いなことをしても、美咲を手に入れたかった」
頭をふり、身体を捻り、叫ぶ美咲を廉が強く抱きしめる。強く強く美咲の身体を抱く廉の熱さに、『愛している』と心が痛いくらいに叫ぶ。
本気で愛しているからこそ、苦しいのだ。
心を支配する痛みから逃げるように、なおも暴れる美咲の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
「美咲、愛しているんだ。三年前、別れてからもずっと。俺から離れるなんて言わないでくれ……」
『愛している』の言葉に時間がとまる。
廉が私を愛している?
嘘よ……、彼には静香さんがいるじゃない。
抵抗を止めた美咲は、自嘲的な笑みを浮かべ言葉を絞り出す。
「ふふ、嘘つき。廉は、私と付き合っていた三年前も、私のことなんて愛していなかった。あなたが私と付き合っていたのは同情から」
「ちょっと、待ってくれ。どうしてそんな誤解が生まれるんだ。昔も今も俺が好きなのは美咲だけなのに」
「なら、なぜあの時――――」
――――静香さんは、廉と同じ香水を使っていたの。
美咲の口から、言葉が紡がれることはなかった。
廉は知らない。
三年前、静香が美咲に会いに来たことも、廉と別れるように迫ったことも。
でも、その事実を美咲が廉に伝えることはない。疲れてしまった心が、それを許さない。
美咲の心は決まっていた。
「もう、良いじゃない。勝手に別れを切り出し、音信不通になった女に傷つけられたプライドは、私を思い通りに扱って満足したでしょ。だからお願いよ。もう、解放して……」
これで、最後だ。廉との関係も終わる。
妙にスッキリした頭で、美咲はポツリ、ポツリと心の内を吐露する。
「廉のことが、本気で好きだった。別れてからも、忘れられなかった。今でも、廉が好きよ。……だから耐えられないの。あなたが他の女性を好きだと分かるから。そんなあなたの側にいるのは辛過ぎる」
頬を伝う涙はとめどなく、いつの間にか止まってしまったシャワーが、涙の跡を消してくれることもない。だから、美咲は声を出して泣いた。体裁も、羞恥心もかなぐり捨てて、子供のようにわんわんと泣き続けた。そして、どれくらい泣き続けていたのだろうか。やっと落ちつきを取り戻した美咲を抱き上げ、廉が言った。
「色々と、お互いに誤解しているみたいだ。二人できちんと、話をするべきだ」
冷静さを取り戻した廉の声が、浴室に響き消えた。
コメント
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湊未来さん、第18話読み終わりました… もう、心がギュッと締め付けられるような回でした。 美咲が「今でも廉が好き」って泣きながら言うところ、涙が止まらなかったです。 好きだからこそ苦しくて、逃げたくなる気持ち、すごく分かります。 廉の「愛している」も、心の底から響いてきました。 お互い誤解だらけで、でも本心はちゃんと通じてほしい… 続きが気になりすぎます🌙
湊未来
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