「これから話すことは、にわかには信じられないような内容だと思うし、本当は、君は何も知らないほうがいいと思う。俺は、今もまだ、出来ることなら、君は、このまま帰ったほうがいいと思っている。
でも、もうそれではすまないこともわかっている。俺が、もっとうまくやればよかったんだけど、ろくなことが言えなくて、君に不信感を抱かせてしまった」
「不信感なんて……」
自分が感じているのは、決して、そんなことではない。
「自分なりに、いろいろ考えて、その結果、やっぱり、すべてを話すしかないと思った」
そこで伸は、ふっと笑う。
「要するに、もっともらしい言い訳が思いつかなかったんだけど……」
有希は、伸の横顔に向かって言った。
「どんなことでも、僕は受け止めるよ。僕は、真実が知りたいんだ」
伸が、有希の目を見た。
「これから俺が話すのは、真実だよ。でも、信じるか信じないかは君の自由だし、そこから先は、自分で判断してほしい。
最後に言っておくけど、君は、聞いたことを後悔するかもしれない。それでも聞きたいかい?」
有希は、即座に答える。
「聞きたい」
「そうか。とても長い話になると思うけど」
そう前置きをして、伸は話し始めた。
「高校生のとき、俺は、いじめに遭っていたんだ……」
伸が、すべて話し終えたとき、辺りには夕暮れが迫っていた。もう間もなく、閉園のアナウンスが聞こえて来ることだろう。
何も言葉が出ない。頭の中が、ひどく混乱している。
有希は、ふらりと立ち上がると、呆然としたまま出口に向かって歩き始めた。伸に、挨拶もせずに来てしまったと気づいたときには、すでにゲートの前だった。
はっとして振り返ったが、どこにも伸の姿は見当たらなかった。
いくら考えても、これがベストだと思える解決方法は見つからなかった。自分は、あまりに不甲斐なく、言葉は悪いが、聡明な有希を、うまく丸め込むことが出来なかった。
気は進まないが、本当のことを話すしかないと判断した。そして、話すならば、すべてをありのままに。
常識的に考えて、あんなことを簡単に信じられるはずがないと思う。有希は、伸が嘘をついているか、そうでなければ、頭がどうかしていると思うかもしれない。
それならそれでかまわない。こんなおかしなやつとは付き合えないと思って、彼が伸から離れて行くならば、皮肉なことだが、当初の目的は達成されるのだ。
伸は、噴水の向こう側から現れ、こちらに向かって歩いて来る有希を見つめた。ほっそりとしたシルエット、歩くたび、ふわふわと揺れる柔らかい髪。
さらに近づいて来ると、顔がよく見えるようになった。色白の小さな顔は美しく、やはり行彦にそっくりだと思う。
遠いあの日、確かに自分は、行彦と出会った。たとえ、彼がこの世の者でなかったとしても、出会ったのも愛し合ったのも、紛れもない事実だ。
そして、おそらくは、有希が行彦の生まれ変わりであることも。そうでなければ、彼と愛し合うようになることはなかったはずし、それらが事実でなかったならば、自分の人生のすべてが嘘になってしまう。
たとえ、どんな結果になろうとも、自分が生きて来た軌跡を有希に話そう。もはや、自分に出来ることは、それ以外にない。
そう思い、行彦に出会った日から今までのことを、順を追って、有希に話して聞かせたのだった。
有希は、初めは驚き、途中からは、血の気の失せた顔で、呆然と聞いていた。いつかのように倒れてしまうのではないかと心配したが、彼は、途中で口を挟むこともなく、長い話を最後まで聞いてくれた。
有希の反応は、半ば予想した通りだった。あんな話を、すんなり受け入れられるはずもない。
ベンチから立ち上がった彼は、伸に目を向けることも、言葉をかけることもなく、一人ゆらゆらと歩いて行ってしまった。
これで見納めかもしれない。そう思い、伸は、噴水の向こう側に隠れて見えなくなるまで、有希の後ろ姿を見つめ続けたのだった。
それきり、有希からの連絡は途絶えた。ようするに、それが答えなのだと思う。
なんとか最後まで話を聞いたものの、突然、幽霊だの生まれ変わりだのと、オカルトじみたことを言い出した伸に狂気を感じ、恐れをなしたのだろう。自分が言い出した手前、義務感で、我慢して最後まで聞いてくれたのかもしれない。
だが、それらは、いたってまともな反応だと思う。逆に、目を輝かせて聞かれても、返って心配になるというか……。
伸自身は、今まで言えずにいたことをすべて話して、意外にすっきりしていた。本当は、何も話さずに別れるのがベストだったのだが、有希が信じないのならば、話さないのと同じようなものだと自分に言い聞かせた。
この結果に不満はない。だだ、夜になると、ユウと過ごした記憶が生々しくよみがえって辛い。
一時は、実家に帰ろうかと思ったこともあったが、それは、まだ早過ぎる気がする。部屋の模様替えをして気分を変えるか、あるいは、思い切って引っ越すのもいいかもしれない。
とりあえず、もう少し気持ちが落ち着くまでは、仕事に集中しよう。後を任せるならば、中本には、もう少し教えなければならないこともある。
そんなふうに思い、あえて淡々と日々を過ごした。