テラーノベル
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朝の教室。
空気はすでに、「あの光景」を期待するざわめきで満ちていた。
窓際の席に、遥はいた。
制服は乱れていない。髪も整っている。
ただ、その姿勢だけが異様だった。
待っている。
何かを。
だが──それは「命令」ではなかった。
遥が、先に動いた。
「……ほら、今日も“やる”んだろ?」
前の席の男子が冗談めかして言う前に、遥はすでに立ち上がっていた。
教室の空気が少し緊張し、誰かがカメラを構える。
「言われなくても、わかってるって」
遥が、笑った。
その笑みは完璧だった。媚びていて、従順で、どこか挑発的ですらある。
だが──その目は、明らかに見下していた。
遥は、自分から後方の机列に向かって歩き、誰かの前にしゃがみ込む。
制服のズボンの裾を、指先で軽くつまんで揺らした。
「“お望み”のメニューは、なんでしょう?」
誰かが吹き出した。
「うわ、今日ノリ良すぎじゃん」「え、昨日の続き希望〜」
「いいね、サービス精神旺盛」「ほら、手あげて並べよ!」
「──並ぶ必要ある? どうせ“全員分”やるんだし」
遥は、その言葉に振り返った。
「うん。どうせ“全員のもの”だから。
ほら、“遠慮すんなよ”。せっかく“用意されてんだから”」
その声は、どこまでも明るく。
けれど、その奥には──
「おまえら、俺を選んでるんじゃない。俺が“選ばせてる”んだよ」
という冷たい支配の匂いがあった。
跪き、笑い、舌を出す。
演技は演技だ。
だがそれは、守るための“防壁”ではない。
“支配”のための、仮面だった。
命令など要らない。
遥は、自分からそれを差し出す。
それによって、教室そのものを掌握していた。
──教室が、黙る。
見てはいけないものを見ている空気。
それでも誰も、止めない。
むしろ、その「倒錯」に参加することで、クラスは保たれている。
そして、遥はふと──
教室の一番後ろ、壁際で立っていた日下部に目を向けた。
目が合った。
遥は、口を開く。
「なに、“また来たの”?
……あんた、ほんと、“飽きない”ね」
それは、明らかな“挑発”だった。
日下部は、何も言わなかった。
遥の目だけが、静かに笑っていた。
「“見てろよ”って言ってるんだよ、ちゃんと。
──おまえにだけ、特別にさ」
そして遥は、再び前を向き、誰かの脚に手を添えた。
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