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そこに待っていたのは、想像とは全く違う、箱庭のような景色だった__
ここは本当に孤児院なのか、そう疑問に感じさせる程、そこは美しかった。足元には柔らかい草花が敷きられ、頭上にはガラス張りにされた空があり、その下には30人ほどの、年齢問わずの子供たちがいた。
「信じられない…」
気づけば、そう呟いていた。そして、その呟きを包むように、草花を揺らす音が聞こえた。
「_あれ?来たんだね〜」
その女性は、先ほどのたんぽぽの空から舞い降りてきたように、優しく微笑んだ。その女性の仕草に、思わず喉を詰まらせた。
「もう連絡は来てるよ、柚芽ちゃんだよね?私はミヤビ。雅と書いてミヤビだよ」
「初めまして。雅、さん。永野柚芽です。よろしくお願いします。」
「うん、よろしく〜。早速だけど、ここを案内させてもらうね。」
雅さんは、案内人というより、白衣を纏った医療機関の人に見えた。でもそれはきっと、雲の隙間から掛かるハシゴのせいで。
そんなことをぼんやりと考えながら、雅さんの後について行った。
「ここは食堂ね。決まった時間にベルがなって知らせるからね。席は基本自由だけど、喧嘩になったり1人にさせたりはダメだよ。」
「ここは案内部屋。孤児院だから、時々引き取りたいって子をここに連れてきて、面会を開くの。そのときはここに入ってきちゃダメだよ?余程のことがない限りね。」
「ここは柚芽ちゃんの部屋だよ。2090。中は見ればわかるだろうけど、基本的なものしか置いてないの。何かお店に買いに行く時は、私か渡部さんに許可を取ってね。部屋用の鍵はなくても、自分の持ち物も鍵にできるからね。」
持ち物を鍵に?そんなことができるのか?
首を傾げる私に雅さんは微笑んでくれた。
「この台の上に決めた物を置けるんだよ。機械がそれをスキャンしてくれるから。同じ物でも本人の確認がないとスキャンされないから、安心だよ。」
こくん、と無言で頷く。それに雅さんも合わせて、うん、と頷く。
あぁ、楽だな、と思った。ここの雰囲気が、この人が、変わった今の自分が。無口で表に感情を出さない。それに応じてくれる人。無理に飾らない、それでも明るい家。楽だなぁ。
__ふと、ツンとした痛みが走る。それが込み上げてくる前に、私は雅さんのそばを離れた。ありがとうございますと、少し用事ができたことを告げて。
2階のここは、陽の光がよく入る暖かい場所だ。その暖かさが、懐かしさと悲しみを呼ぶ。目から溢したくなくて、必死に走る。草花の中の道を踏む。今は早朝で、寮の裏道にはほとんど人はいない。走っている最中、ついに溢れ溢れた。それでも、見られないよう祈り、見られない場所へと走る。どこをどう走ったのか分からない。喉がひきつり呼吸がしにくくなった。咳き込みながら顔を上げる。と、一際静かな、開けた場所にいた。道の草花より背丈の低い草庭。早朝の空気が澄み、もの寂しい。
その庭の中央に、一本の木があった。
もの寂しいなかで立派に生えるその木は、自分の中に大きく映った。風で揺れる木の葉の音に紛れて、知っている音が混じる。
その時、初めて耳に届いた、誰かの歌。
あ〜おい…まの…こいぬ〜…ひろ…たわしの…ばさ…オリ…ンは…く歌い〜…を…とす〜…
途切れ途切れでも、鼓膜がそのメロディを覚えている。火事の前に、弟に母が、2人きりのリビングで、父が私に聞かせてくれた。
枯れたはずの涙が、また溢れ出した__