「だからといって、リョウが何かを我慢したりおばちゃんに遠慮して、おばちゃんのペースに合わせる必要はない」
「うん」
「まあ、リョウが無理しそうなら俺が止めるから心配ないけどな」
「ありがとう、颯ちゃん。お母さんに悪気がないことはよくわかってたの」
「そうだよな」
「でも…なんでだろう?とか、私のことを話してるようでそうでないよね?とか感じて……気持ちがざわつくことはあった」
「おっ、よく言えたじゃないか。ざわつくのは嫌だよな」
「うん…ちょっとね。でも、もう同じことがあっても大丈夫だと思う」
「颯ちゃんのおかげ?」
「ふふっ…颯ちゃんのおかげです」
「だろ?」
自分のことを颯ちゃんと言った彼は、クスクス笑いながら皿を持って立った。
そして、ハヤシライスを一口おかわりしてから
「リョウの昼飯分は残ってる。明日食えよ」
と優しいことを言う。
「颯ちゃん、ほんと優しいよね…ありがとう、大好き」
「おっと…今か…いつでもどこでも言ってくれ。今は食う」
「ふふっ、美味しいね。カレーとシチューとハヤシは颯ちゃん担当にすればいいんじゃない?颯ちゃん、木曜日に作ってくれるでしょ?木曜は外食の日もあるからレパートリーがそれだけでも2週間は間が空くよ」
「そうか、そうするか…」
「そしたら颯ちゃんの貴重な休みに、料理に悩む時間が無くなるしね。でね、颯ちゃん」
彼は最後の一口を口に入れながら‘なに?’という風に瞬きした。
「今度の日曜日も休みでしょ?」
「ああ」
「水族館に行きたい」
「いいぞ。どこの?」
「…わからない…クラゲが見たい」
颯ちゃんは顔をほころばせ
「リョウ、クラゲ好きなのか?」
「うん」
「初めて知った。嬉しい」
「ふわふわと…留まっているようで動いていて…人間にはあり得ない肉感で魅力的だと思う」
「そうか」
今度は声を上げて笑った。
「俺もクラゲ好きになりそう」
「こうして、先の話が出来るのって嬉しいね。お母さんは…私とそういう話がしたいのかもしれないね…」
颯ちゃんと話をしながら、心穏やかに思うことができた。
「お母さん、もう家に着いてるよね…電話する」
「よし。そのあとケーキにするか?」
「うん」
お皿を運んだあと、私は少し迷って…お母さんのスマホでなく家の電話を鳴らした。
‘はい、佐藤です’
「お父さん」
‘良子。母さんが悪かったな、突然行ったんだって?父さんが仕事から帰って珍しくいないと思ったら、さっき帰って来て良子のところへ行ったと言うから驚いたよ’
「そうなの。驚いて私もあまり話せてないんだけど…」
‘顔を見ただけで十分だと思う’
「うん…お母さんと話したいんだけど…」
‘そうなのか?気遣いは無用だぞ。勝手なことしてるのは母さん自身もわかっている’
「うん」
‘ちょっと待って’
お父さんがお母さんを呼ぶ声が聞こえ、すぐにお母さんが出た。
‘良子、今日は突然ごめんね’
「うん」
‘ほんとは…会うまでは…もっと違うこと、職場の人はどんな人かとか、いつもどんなもの作って食べるのとか、買い物は近くなのかとか、病院とか健康診断とか…いろいろ聞きたいことあったのに、良子の顔見て、颯佑くんも仲良く一緒にいるのを見て…結婚だなんて、本当にごめんなさい。颯佑くんにも謝っておいてくれる?’
「うん、伝える」
‘急かすつもりはないから’
「うん」
‘また今度顔を見て同じように言っちゃっても、颯佑くんがビシッとブロックしてくれそうだけどね。颯佑くんの言葉は響いたよ’
「うん、いつもなの。いつも颯ちゃんは私に必要な言葉をくれる。優しいけど優しいだけじゃなくって頼りになるの」
‘いい子だね、子どもの頃から真っ直ぐで’
「うん」
‘デートじゃないの?’
「今から颯ちゃんが買って来てくれたケーキ食べるの」
‘いいわね。特別な日じゃないケーキはデートって言える’
「でしょ?」
‘また電話だけくれる?’
「うん」
‘そっちには行かないから’
「うん…でも、いつかきっとね…お母さん」
コメント
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颯ちゃんの言葉はやっぱり魔法の言葉🪄💫お母さんにも響いて。 いつかはわからないけど会える、ね。お父さんも一緒に☺️