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ペコリと頭を下げたサンナさんが、ワゴンを押して部屋を出ると、入れ違いに爺さんが入ってきた。
本を何冊か抱えた爺さんは、私を視界に入れるなり頭を下げた。
「これは奥様、本当に申し訳なかった!!」
なんのこっちゃ。
「とりあえずお入りください。ここではちょっと」
ドア開けっ放しですよ。
「あぁ、そうですな。では失礼して、まず資料を机に置かせていただきます」
「はいどうぞ」
本を置いて、向かい合ってソファに座った。
目の下に隈がばっちりあるし、顔色が悪いように見える。
で、何が申し訳ないことなのかな?
「いや、本当に申し訳ない。どこかから圧力がかかったようで、あんなことをしでかそうとするとは。もう二度と失礼なことはさせませんので、お許し願いたい」
「あの、私には心当たりがないのですが、何のことですか?」
「なんと、お聞きになっておられないのですか。リネが勇者様に迫ろうとしたのですよ。貴族派の一部が、勇者様の血を分けてもらうべきだと言い出しましてな。そちらは、宰相である儂が抑えておきましたので、もう問題は起こらんはずです」
え、勇者の血が欲しいって……うちの子まだ赤ちゃんですぜ。
今回は、哲人が勇者だって誤解させておいたからまだ良かったのかも。
勇者が赤ん坊なら攫っちまおうぜ!って考えそう。
うわ、隠しておきたい理由が増えたじゃないの。
「あらまぁ……リネさん、お怪我はなさってませんか?夫は、案外激しいところがありますので。私や息子を貶そうものなら、本気で手を出しかねません」
「はい、まさにご想像の通りで。実際には、哲人殿の魔力で押さえつけられたところを、騎士が駆けつけて引き取りました。命を狙ったわけではありませんが、その言動が不敬にあたりますし、国王の意に沿いませんのでまずは一室に軟禁処置しております」
爺さんは、ちょっとくたびれたように説明してくれた。
ていうか宰相だったんだ。
本物のお偉いさんだね。
きっと、貴族を抑えるうんぬんのあたりで、昨日あんまり寝てないんじゃないかな?
ご老体に鞭打たせるとは、それ何て虐待。
あ、間接的な原因は私か。
「とにかく、私には何も被害はありませんでしたから、気になさらないでください。私たちも、これからは気をつけておきますので」
だから哲人は寝に来るのが遅かったのね。
疲れた状態で魔法を使ったから、くたびれてまだ寝てるわけだ。
私が言うのもなんだけど、哲人って私と勇人のことをすごく大切にしているから、私たちを傷つけようとするような他人には容赦しないだろう。
疲れていたなら冷静さを失っていたところもあるだろうし。
リネさん、心に傷を負ってないといいんだけど。
「本当に申し訳なかった。国王にも進言しておきますが、何かご要望があればおっしゃってください。今回のこともありますし、できるだけお応えしますので」
宰相さんは、頭を下げたまま上げてくれない。
謝罪を受けないといけないようだ。
めんどくさいな。
「……分かりました。謝罪を受け入れるということで、何か希望を出すようにします」
「ありがとうございます。それでは、儂はそろそろ仕事ですので。何かあれば、サンナに申し付けてくだされ」
「はい、ありがとうございます」
まだ事後処理が残っているらしく、宰相さんから今日は部屋で大人しくしていて欲しいと言われた。
冒険者組合へは、貴族の息のかかっていない騎士を護衛として見繕ってからになるらしい。
ほかにも仕事があるんたろうに、ご苦労をおかけします。
そう言ったら、宰相さんは「思惑なく労ってもらったのは何年ぶりだろうか」と言って泣いた。
苦労人なんだね。
それにしても、強硬派の貴族がいたりしたら、私や勇人を人質に取ってでも動きそうだな。
その辺も対策しておかないと。
まぁ、私たちじゃいろいろと人質にならないだろうけどね。
宰相さんが部屋から出て少ししたころ、勇人の泣き声が聞こえてきた。
起きたか。
「おはよう、勇人。よく寝たね?」
「たたーた、たーた、たぁ!」
抱っこしたらすぐ泣きやんでご機嫌だ。
あぁ可愛い。
「おーはようぅ」
あ、哲人も起きた。
「おはよう、昨日は大変だったみたいね?」
にっこり笑顔を向けたら、哲人は顔を歪めた。
「誰に聞いたんだ?あの女、邪栄(やえ)ちゃんをおまけ、勇人をコブ扱いしやがったから、思わず魔法で捕縛した」
「やっぱり、そんなことだと思った」
哲人はため息をついて、ベッドの上に起き上がった。
抱っこしてる勇人はまだご機嫌だから、しばらくしゃべってても大丈夫かな。
「当たり前だろ?騎士の人たちが来てくれたときには、どっちが悪者か分からない状況だったから、誤解を解いて説明して説明させて、気付いたら夜中でさ」
「説明させてって……どうやって説明させたの?」
「ん?捕縛して動けない状態だったから、このまま自白魔法であますところなく全部吐かせてもいいけどどうする?って脅した。嘘はつけないように魔法かけたし」
「……そっか、お疲れ」
どうやら、相当腹に据えかねる言葉を言われたらしい。
哲人は、せっかく起き上がったのに、話していて思い出したのか眉根を寄せて、ベッドにダイブした。
「もーほんとありえない。こんな国さっさと出て行こうか?」
「まぁまぁ。権力者の一部が腐ってるのはどこでも同じでしょ?宰相の爺さんが徹夜で対策してくれたらしいし、もうちょっと様子見てもいいんじゃない?できるだけ情報は仕入れておきたいわ。何か要望をのんでくれるらしいから、欲しいものも考えたいし」
「んー、邪栄ちゃんがそう言うならもうちょっとここにいるかぁ」
「たた!だーだうむ、だっだー」
「そうかそうか、勇人もそれでいいか」
「哲くん、勇人はお腹空いたんだと思うよ」
「そ、そんな……」
「だーだー、あぅむやむ、やーむ」
指を食べてるし、間違いない。
「新しい部屋付きのサンナさんが朝ごはん持ってきてくれたし、食べよう」
「分かった……勇人、パパには勇人語はまだ難しいみたいだよ」
しょんぼりする哲人を急かしてリビングへ。
私たちはパンが中心だけど、勇人の離乳食は昨日と同じ白がゆだ。
好き嫌いせずにちゃんと食べてくれるから、ありがたい。