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「お稲荷さんの神使たちが、ビビってる?」
「そうなんだよー。 何だかね、ちょっと前からさー?」
ある日の夕刻。
西日《にしび》がジリジリと照りつける天野商店の店先にて。
今日も今日とて、冷凍機のメンテナンスをせっせと行っていた史さんは、思わず手を止め、眉を顰めた。
「うちの摂社の子たちもさーあ? みんなプルプルしててねー……。 國ちゃん何か知らない?」
「知らねぇし離れろや。 仕事の邪魔──」
「えー? ヒドくない? ねぇ、ほのほの。 今のちょっとヒドくない?」
「ねー? このヒトはこういうヒトなんですよ」
史さんを“國ちゃん”と親しげに呼ぶ彼女は、市の西部に鎮座する白砂神社の御祭神である。
彼女の兄神が史さんと昵懇の間柄ということで、この懐きっぷりにも納得がいく。
ただ、どうにも距離感が危うく見えて仕方がない。
「ねーねー? 協力してよー?」
「ぅ暑っつ……!? いいから離れろや!」
「えー? 國ちゃん温かくて気持ちいいんだよー」
ちょうど、おんぶをねだる子供のように、史さんの背中に伸し掛かる女性。
そう、見た目で言えば二十歳前後といったところか。
これはこれで、年齢の近い兄妹が、大人になってもなお、仲良くスキンシップをしていると、そんな風に見えなくもない。
ただ、何というか、危うい。
「だいたい、沖に頼みゃいいだろ? 俺んトコ来る前に。 また拗ねんぞアイツ」
「だってさー? 兄さま忙しいんだよー……」
水神・海の神にとって、この時季は言わば繁忙期だ。
水難事故を未然に防ぐという、最大にして最重要のお役目がある。
「それに國ちゃん、お稲荷さまと仲良いでしょー?」
「そんなんじゃ無え。単に顔見知りってだけだ」
そうする内、現場に幼なじみの二名が到着した。
本日は元々、商品のアイスクリームを入れ替えるので人手が欲しいと、そんな風に頼まれて駆けつけた次第である。
それが、店に来てみればこの有り様だ。
「ぬわ………?」
「ふおぉ?」
そんな顔になるのも無理はない。
私だって、どんな表情をすればいいものやら、いまだに決めかねてる。
とは言え、逡巡してばかりも居られない。
お稲荷さまの神使といえば、言わずと知れた狐だが、それが何らかの原因で怯えていると。
なにか、また良からぬモノが土地に入り込んだか、近づいているのか。
けれど、商店のふたりにそんな素振りは見られない。
狐にのみ作用する何か、天敵の気配とか、そういった話だろうか。
「ねーねーねーねー?」
「あー………」
かよわい狐に襲い掛かる、巨大な猛禽類の図。
そんなものを想像し、俄かに背筋を寒くしていたところ、ついに根負けした史さんが、手にした工具を放り出した。